目標があるから人は努力しようとする。 だから人は目標に向かって頑張れる。
シュッ！
ズバァンッ！
虹川「ナイスボール！」
向江「先輩、キャッチング上手くなりましたね」
虹川「いや、めっちゃ痛いよ？」
向江「じゃあ別に無理しなくてもいいですよ」
直接、向江のボールを受けたいからと言ったことはなかった。 いつも冗談半分のような感じで言ってるため向江は他に理由があるものだと思っていた。
だから自然に相手してて、自然に相棒として支えてやれればいい、そんな風に思っていた。
しかし……現実、そう思い通りにはならなかった。
虹川「つ、疲れた……」
ガヤガヤガヤ
二人が部室前に行くと、部員たちや他の部活の人たちが集まっていた。
有馬「あ、キャプテン。実は向江のやつが……」
有馬「うわっ！？ 虹川先輩、どっから出てきたんですか！？」
バッ
それからの軽い練習も虹川はどこか上の空だった。 そして監督が戻ってきたのは部活動が終わる三十分ぐらい前だった。
ビューンッ！
霜月の言葉も虹川には届かず、物凄いスピードで向江の家に向かった。
努力は必ず報われるわけではない。むしろ結果が出ない努力の方が数多い。 一回の結果のために何万回の努力を繰り返さなければならない。
そして今、こうして向江が高校入学前から地元じゃそれなりに知名度あるピッチャーに なったのも人より何十倍もの努力をしたからだと虹川は知っていた。
ピンポーン
何でそんな向江がこうして努力に裏切られる結果にならなければならないのか…… そんな風に虹川は本気で思っていた。
ガチャ
虹川「おっ、その様子じゃ意外と軽かったのか？」
虹川は言葉を失った。けれど本人はもっとショックだろうと 次の言葉を何とか絞り出した。
そうは言ったものの向江の眼は薄らと陰りをみせていた。 これ以上、何も言えず虹川は他愛もない雑談を少し交え、帰路についた。
あんなにキャッチャーとしてやりたかったのに…… 向江がピッチャーを諦めて以来、虹川もキャッチャーをすんなりと諦めた。
大学に入ってちょっとした騒動に巻き込まれて、半ば強引にキャッチャーというポジションをやらされて ピッチャーのボールを受け、またあの時の気持ちが蘇ってきた。 思えば投げ方がおかしいと感じていた向江と同じような投げ方をしているピッチャー相手に……
連夜「虹川、そろそろ次の試合のアップ手伝ってくれ」
結局、根っこの部分なんて……人間の本質なんて分からないもんだ。 虹川がキャッチャーというポジションを志すキッカケ……向江はそれに過ぎなかったのかも知れない。
・
・
・
二章−試合２『対する者、決する者』
| 練 習 試 合 | ||||||
| 先 攻 | 後 攻 | |||||
| 光 星 大 学 | ＶＳ | 宣 秀 大 学 | ||||
| ３年 | ＣＦ | 八 代 | １ | 陣 崎 | ＣＦ | ３年 |
| １年 | ＬＦ | 佐 々 木 | ２ | 大 河 内 | Ｃ | ２年 |
| ３年 | ３Ｂ | 藤 浜 | ３ | 越 智 | ３Ｂ | ３年 |
| １年 | １Ｂ | 鞘 師 | ４ | 井 東 | ＬＦ | ４年 |
| ２年 | ＲＦ | 上 戸 | ５ | 野 中 | ２Ｂ | ３年 |
| １年 | ＳＳ | 如 月 | ６ | 真 田 | ＲＦ | １年 |
| １年 | ２Ｂ | 神 木 | ７ | 木 藤 | １Ｂ | ２年 |
| １年 | Ｃ | 虹 川 | ８ | 迎 | ＳＳ | １年 |
| １年 | Ｐ | 漣 | ９ | 須 山 | Ｐ | ２年 |
連夜「……ふぅ……」虹川「厳しいな」午前の芯逢戦が思った以上の接戦となったため、連夜はかなり体力を消耗していた。 軽く投球練習してみても、全然ボールが走らない。
鞘師「ストライク投げるだけなら私や如月でも出来ますよ」
如月「なんだったら、試してみるかい？」連夜「良いよ、如月と入れ替わったら守備がまずくなる」鞘師「だったら私と代わりましょう」連夜「打撃の要にピッチングまで任せられるかよ」鞘師「はぁ……大丈夫なんですか？」連夜「あぁ。何とかしてやるよ」虹川「………………」鞘師「分かりました。いざとなったら私たちもフォローするってことだけは頭に入れといてくださいね」如月「これで全部終わるわけじゃねーからな」連夜「了解」心配で投球練習を見に来た鞘師と如月が去ってから虹川は徐に連夜に近づいた。
虹川「おい、ほんとに大丈夫か？」連夜「虹川、この試合、頭から本気で行くぜ」虹川「……は？」連夜「宣秀って強いんだろ？ なら出鼻を挫く」
虹川「バカッ！ そう言う問題じゃねーだろ！」連夜「……問題ない。ただ力任せに投げるわけじゃないさ」虹川「どういうことだ？」連夜「俺はガキの頃、一応ピッチャーとしてのノウハウは聴いていた。キャッチャー出身でもある」虹川「投球術でかわすってことか？」連夜「そう。ひとまず、ここで負けるわけにはいかないからな」虹川「……分かった、信じて良いんだな」連夜「あぁ、任せとけよ」…………*
二日目、午後の試合は六大学でトップレベルを誇る宣秀大学。 スタメンも二、三年中心ながらほぼレギュラー陣で固めてきた。
連夜「向こうも勝つ気満々だな」佐々木「須山投手か」連夜「知ってんの？」
佐々木「だーかーら！ 高校時代戦ったろ。弟くんがいたところだよ」連夜「あぁ、そういやミーティングで言ってたな……」
八代「須山はシュートとスライダーを投げ分ける左打者にとっては非常に厄介な投手だ」藤浜「本人も左打者相手には自信持ってるようだしな」虹川「うち、左偏重チームなんですけど……」上戸「右は俺と佐々木しかいないもんな」連夜「な〜に、左だろうと良いバッターは関係ないのが鉄則だろ」如月「言ってることは最もだが、今回問題なのは須山投手が左相手を得意としていることだろ？
つまりこっちの得意、不得意はあんまり関係ない」神木「なるほど、それは確かに」鞘師「言ってても仕方ありませんし、一周り目で何とか打開策を見つけましょう」八代「そうだな」光星は一周り目は打つのを二の次に須山の投球と大河内のリードの傾向を 探るべく粘りに徹することにした。 結果、初回は三者凡退に終わるもそれなりの球数を投げさせることができた。
佐々木「つーか、キャッチャーの大河内って先輩だったんだね」連夜「あ、マジ？ じゃあリード傾向は分かるじゃん」鞘師「それでリード傾向は？」連夜「標準といえば標準。だけど要所で裏をかくのが上手いって感じかな」鞘師「……一番タチが悪いキャッチャーですね」如月「ま、ゆっくり攻めようか」神木「ゆっくり攻めるためにも守るは重要だぜ」連夜「五回までは持たせてやるよ」虹川「………………」一回の裏、宣秀大学の攻撃は俊足の陣崎。 八代とは同学年でタイプも似ているとあってお互いライバル意識している。
連夜「しっ！」ズッバァン！
陣崎「…………え？」連夜「悪いけど、隙は見せないよ」ググッ！
ガキッ
陣崎「くっ、スライダー……」如月「ほい」先頭、厄介な陣崎を抑え続いては連夜が良く知る選手の登場だった。
大河内「こういう形は考えてなかったな」連夜「ども、しばらく」捕手としてはもちろん、大河内が特出しているのはむしろバッティングだった。 肩に故障経験があり、その点が捕手としての評価を少し下げている部分もあるが 大学二年の捕手として二番を打っている実力が大河内の打撃評価の高さを物語っている。
カキーンッ！
連夜「………………」初球のストレートを弾き返し、センター前ヒット。 手を抜いたわけじゃないが、思ったよりあっさり打ち返され軽く呆然とする。
越智「よ〜し！ さすが大河内だな！」虹川「（あれ、この人……確か横浜海琳の……？）」連夜「（如月、神木、頼むぞ）」如月＆神木「（コクッ）」連夜からの視線で意図をくみ取った二遊間が軽く頷く。
連夜「（こういう巧さもパワーもあるバッターには……）」ビシュッ！
連夜「真っ向勝負！」
越智「おらぁっ！」ピキィーンッ！
左ピッチャーである連夜、プレートの端から右バッターの膝元へのストレート。 しかし越智もいわゆる黄金世代でハイレベルのバッター。 少し詰まらされながらも強烈な打球を放つ。
バシッ！
越智「何ィッ！？」藤浜「おし、セカンッ！」シュッ！
三遊間への痛烈な打球をサード藤浜が横っ飛びで捕球。 そのまま二塁へ送り、それを受けた神木が一塁へ転送し併殺打が成立した。
如月「やりますね」藤浜「あれを捕るのが名三塁手だろ？」如月「あれ〜、二塁手じゃなかったんですか？」藤浜「どうせやるなら両方極めた方が何かとお得だろ」如月「良く言いますね。ま、その考え方には賛同しますけど」…………*
二回の攻撃、光星は四番鞘師から始まるも三者凡退に終わる。 しかし初回同様、粘りを見せた。
一方の宣秀は左キラー野中に長打を食らい、木藤にもフォアボールを出すも 連夜が要所では力投を見せた。
連夜「真田も宣秀なのか」佐々木「八代さんじゃなきゃ抜けてたぞ……」鞘師「国立玉山の真田選手ですね。噂通りのバッティングセンスのようで」神木「やっぱ比べられた選手は意識するのか？」鞘師「まぁ、しないといえば嘘にはなりますね。タイプ的にも同じと言われれば尚更ですよ」虹川「（本当に思ってんのかな……）」三回は両チームランナーを出せずに三者凡退に終わる。
キィーンッ！
八代「おっし！」四回の表、光星先頭の八代がレフト前ヒットで出塁する。
八代「よっしゃ、いくぜ」須山「………………」八代「………………」須山「………………」八代「………………」カツッ
腹の探り合いだったが、ここは無理せず佐々木が送りバントを決める。 二塁に進んだ八代は若干不満そうだったが相手が相手だけに自重はしたようだ。
大河内「外野を考えてもワンヒットでは還って来れない。長打だけ打たすな」須山「あぁ」ググッ！
ガキッ
藤浜「チィッ！」落ち着いて三番藤浜をセカンドゴロに打たせる。 その間に八代は三塁へ。
八代「サードなんて珍しいね」越智「まぁ、俺はサード嫌いじゃないんだけどな。
やらせてくれないんだよ……」八代「そりゃあ、あんだけ送球ヘタじゃね……」八代がサードの越智と軽く談笑しているが場面は二死三塁。 一打先制のチャンスでバッターは四番の鞘師という緊迫した状況だ。
鞘師「………………」大河内「（大した集中力だな……）」ググッ！
ビシュッ！
初球のシュート、二球目のストレートとは内角に外れる。
鞘師「（歩かせる……ワケないですね。次の上戸先輩は右打者。須山投手からすればここで切りたいはずですし）」須山「（シュッ！）」鞘師「甘い……！」ククッ！
キィンッ！
鞘師「くっ……スライダー……ですか？」須山のスライダーはスラーブに近い変化。 予想以上に沈むボールに流石の鞘師も捉えきれなかった。
迎「よっ！」シュッ！
それでも三遊間へ上手く運ぶ辺り、鞘師のバッティング技術の高さが伺えるのだが ショート迎が好守を見せ、一塁アウト。 八代の生還は認められず、先制のチャンスも無得点に終わった。
如月「へぇ〜、こんなこともあるんだな」鞘師「私だって人間ですからね。ただあのショート、良い動きしますよ」如月「あぁ、迎だろ。当時、桜星抜けば東京都のNo.1ショートは俺かあいつだと思ってたぐらいだ」虹川「ちなみに俺も東京都のショートだったけど？」如月「お前が俺に勝ってるのは足だけだろ。笑わせるな」
虹川「………………」神木「鬼か……」ピンチの後にチャンスあり、野球ではよく言われる言葉だ。 もちろん、考えようによっては逆も言えることで……
カッキーンッ！
越智「うっしゃあっ！」連夜「ゲッ！？」ダァンッ
佐々木「危ねぇ……」レフトフェンスの最上部にあたる会心の当たりを打たれる。 先頭バッターを長打で出してしまった。
連夜「やっぱ二打席目には修正してくるか……」投げたのは一打席目抑えたインローへのストレート。 最も一打席目も弾道が上がらなかっただけで捉えられてはいたが。
虹川「（無死二塁で四番か……いっそフォアボールでもいい感じかな……）」藤浜「タイム！」連夜「ん？」ここでサードの藤浜がタイムをとりマウンドへ。 同時に虹川もマウンド上へ呼ぶ。
連夜「どうしたんですか？」藤浜「いや、軽く忠告な。状況的に四番と勝負避けそうだから」虹川「え？」藤浜「理想はここでランナーをなくしたいところだが、状況が状況だけに無理だろうし」連夜「まぁ、そうですが大丈夫ですよ」藤浜「ん？」連夜「野中さんの左投手が得意って情報は高校時代から持ってます」藤浜「……あぁ、地区が一緒なんだっけ」連夜「えぇ」虹川「五番には確かに一打席目、長打くらってるしな……」連夜「ここを切って一死二塁。ここで敬遠し真田勝負」如月「それもどうかと思うけどな」神木「ま、野中と真田、どっちが怖いかって言ったら野中だろ」如月「漣からすりゃ一緒じゃね？」連夜「どういう意味だ、あ？」如月「ライナー、飛びだしの可能性もあるし頑張りましょ」神木「………………」タイムが解け、試合再開。 無死二塁で打席には宣秀の四番、井東。
虹川「（二塁のまま打ち取るだから……内野フライが理想か）」連夜「（理想は三振だろ）」虹川「（良く言うわ……）」ビシュッ！
カキィンッ！
連夜「あー……」外角のストレートを逆らわずライトへ。 一応本気を出しているおかげか球威が勝り、ライト上戸が定位置から少し下がっての捕球。
パシッ
越智「ＧＯ！」上戸「どりゃあっ！」ビシュッ！
藤浜「（パシッ）ＯＫ」
越智「なっ！？」二塁からのタッチアップを狙った越智だったが ライト上戸の強肩が光り三塁クロスプレイはアウト。 バッテリーにとっては願ってもない形でランナーがいなくなった。
連夜「ナイス上戸さん！」上戸「（グッ！）」連夜が上戸に向かって両手を挙げグラブを叩くと それに応えるように上戸は拳を突き出した。
虹川「（ランナー無しとはかなりついてるな。ここで抑えれれば流れはうちだ）」キィーンッ！
虹川「………………」もちろん、そう簡単に抑えられるわけがなかった。
真田「締まらないな」連夜「ほっとけ」鞘師「本当ですね」如月「まったくだ」連夜「やかましい」二死から野中にヒットを打たれる。 打席には高校時代、地区のライバルとして幾度となく対決した真田。 その特筆すべきバットコントロールは世代トップクラスの評価を得ていた。
連夜「（真田はこの場面では一発を狙ってくるはず）」虹川「（ここはお前に任せる）」連夜「（ＯＫ）」シュッ！
ズバァンッ！
初球、高めのストレート。真田もスイングにいくも空振りする。
真田「（思ったよりキレがあるな……）」一打席目、三球目のスライダーを外野まで運んだ真田だったが その一打席目、全てスライダーだったためストレートを見るのはこれが初めてだった。
虹川「（問題は漣は球種が二つしかないこと……）」連夜「次ィッ！」ググッ！
プレートの端から膝元へ、今度はスライダーを投じる。
ガギッ！
真田「くっ！」これを真田が打ち損じる。 しかし打球は高く跳ね上がった。
藤浜「このっ！」シュッ！
捕ってすぐ送球するも真田の足が勝り、一塁は間に合わずセーフに。 打ち取った当たりだが不運な形でランナーを溜めてしまう。
藤浜「くっそ」連夜「今のは仕方ないっすね」二死からまたチャンスを作った宣秀は成長著しい七番木藤に託す。
木藤「………………」虹川「（いい構えだな……中距離打者って感じかな）」一打席目は制球が定まらずストレートのフォアボールを与えてしまったため 木藤がどういうバッターか、バッテリーは情報不足だった。
連夜「しっ！」カキーンッ！
バッ
神木「（パシッ）如月！」如月「ナイスだカミキー」セカンド横への打球、逆シングルで捌きベースカバーの如月へトス。 相変わらず味方の好守に守られ、ここも無失点で抑えた。
神木「お前、好プレイしたら止めるって……」如月「お前のキャラを立たせてやろうかと思ってだな」神木「いらんわ」…………*
五回の表、先頭の上戸がサード強襲の内野安打で出塁する。
如月「さて、どうする？」神木「送れ」如月「おっ？ 良いのか？」神木「ここで動きを見せなきゃずるずるいきそうだろ。何とかする」如月「ＯＫ、そういう心意気、嫌いじゃないよ、カミキー」神木「………………」カツン
仕事人、如月は初球できっちり決め一死二塁。 このチャンスに七番神木はなんと右打席に立った。
須山「おっ？」大河内「（このバッター、一打席目は左だったよな……）」この神木の行動に光星ベンチの微かにざわついていた。
如月「おっ、思い切ったことしたな」佐々木「いくら左で打ち辛いからって右に立つなんて……」連夜「そうかな？」佐々木「え？」連夜「俺ならともかく、帝王出身の神木が突発的に右に立つとは思えないんだけど」佐々木「自分で言っちゃうんだ……」連夜「人に言われるのは嫌いだからな」藤浜「でも漣の言う通りだと思う」如月「ってことは練習してたってことか？」鞘師「そういうことになりますね」バッテリーは警戒し、初球、二球目とボールで様子見る。 しかし神木は左打席に移らず、平然と見逃していた。
大河内「（やっぱ本物と思って勝負すべきだな）」須山「（当たり前だ。油断して痛い目みたくねーよ）」グググッ！
三球目、低めのスライダー。内角を狙ったボールが少し甘く入る。
キィーンッ！
神木「っしゃ！」そのボールを上手くバットに乗せ、右打ち。 打球はセカンド頭上を越え、ライト前へ。
ダッ
上戸「ゴーゴー！」二塁ランナー上戸は三塁を蹴ってホームを狙う。
真田「いかせん！」ビシュッ！
大河内「………………」ライトから素早い返球、しかし大河内は一塁よりにポジションをとっており ホームベースをブロックせず空けていた。
上戸「（しめしめ、返球が逸れてるんだな）」上戸はそのままホームベースに向かって滑り込む。
大河内「（バッ）」上戸「はっ！？」バシッ
しかし滑り込もうとした瞬間、大河内が上戸をブロックに来る。 そしてドンピシャのタイミングと場所に送球が来た。
審判『アウトッ！』
真田の好返球と大河内のフェイントブロックが決まり光星は先制のチャンスを潰された。
上戸「くっ、騙したな！？」大河内「こういう技もあるわけね」最初からブロックするとランナーは当然それを避けようとスライディングする。 しかし最初はベースを空けていると、ランナーは避ける必要はないから そのままスライディングしてくる。
神木「送球がよっぽど良くなきゃ出来ない芸当だな」迎「そしてキャッチャーの一瞬の判断な」神木「今のはやられたな」しかし送球の間に神木は二塁に進塁しており、チャンスはまだ続いている。 打席には八番、左の虹川。
ググッ！
ガキィン
虹川「くっそ……」内角に来たシュートを無理やり流そうとしたが打球はボテボテのサードゴロ。
越智「おっし、見せ場！」大河内「あ、無理しないで――ッ！」越智「これを捌けなきゃサードじゃない！ てりゃ！」ビシュッ！
ビシッ
木藤「くっ……」ワンバウンドの送球になり、一塁木藤が捌ききれずその間に虹川が駆け抜けた。 記録はサード越智のエラー。
虹川「ふぅ、ラッキー……」越智「くぉら、俺のエラーになっただろ」木藤「すいません、すいません」野中「いや、普通にお前のエラーだよ」越智「俺の代わりに一塁やってんだから今度腑抜けたプレイしたらはっ倒すぞ」木藤「了解です」野中「お前がサードやりてぇって言ったからこういう守備位置になってんだけど……」大河内「（だったら木藤をサードにすればいいのに……）」須山「ま、お前は元々守備悪くないから気にすんなよ」木藤「うっす」大河内が思ってる通り、本来は越智がファーストで木藤がそれに伴ってサードも兼任している。 だが越智のたっての希望により、この練習試合では越智がサードをやっている。 そして須山が言ってる通り木藤は元々守備は上手い方だ。今のは完全に越智の送球エラーである。
連夜「（三塁、一塁か……点取りたいところだよな）」大河内「よぉ、左でいいのか？」連夜「俺は別にスイッチじゃねーっすよ」大河内「去年の夏も何回か立ってたろ？」連夜「まぁ、奇襲ならともかくネタがばれてる先輩相手には使いませんよ」二死三塁一塁、相手のエラーでチャンスをもらった光星としては点にしたいところ。
須山「（高校時代、対戦あるけどはっきり覚えてるわけじゃないが……何か雰囲気違うな）」もちろん須山が思った雰囲気が髪が長い短い云々の話ではない。 その雰囲気は一緒にプレイしていた大河内も感じていた。
大河内「（あんだけ頼もしかった漣がこの場面で打てそうに見えないのは……
単に俺が相手側にまわったから、じゃなさそうだな）」連夜の左肩は、投球の影響で炎症を起こしていた。 その痛みを庇い、打撃フォームが狂っている。これが打撃不調の原因だった。
ガキィン
連夜「……チッ」迎「よっ」打球は平凡なショートゴロ。 迎がセカンドカバーの野中にトスしスリーアウト。
連夜「……んだよ？」鞘師「あなたは余計なこと考えなくていいです」連夜「あ？」鞘師「点は私たちがとります。だから集中力は切らさないでください」連夜「……あぁ、分かった」…………*
五回の裏、八番迎がバントヒットで出塁し送りバント後、二死から大河内に フォアボールを与えるも、越智を如月のビッグプレーに助けられ抑える。
カッキーンッ！
越智「おっし！」ズダッ！
如月「このっ！」ビシッ！
越智「んなっ！？」会心の打球だがショート如月がジャンプ一番、グローブに当てる。 しかし掴み切れず、グラブから零れ落ちる。
如月「もういっちょ」ダッ
着地後、そのまま背面に飛び捕球を試みる。
パシッ
如月「…………おっ？」越智「な、なんだとぉ！？」捕った本人も驚いており、グローブに入ったのはあくまで偶然。 だが最後まで諦めなかったからこそ生まれたファインプレーだった。
佐々木「お前、凄いな」如月「そうだよ、俺凄いんだよ」神木「本音は？」如月「ま、こういうこともあるのが野球だよね」神木「背面キャッチしたやつなんて初めてみるけどな」六回の表、一死から佐々木がヒットで出塁し藤浜が二死にしながらも送りバントを決める。
ググッ！
キィンッ
鞘師「…………ッ」須山「おしっ」しかし鞘師が抑えられてしまい、得点を奪うことが出来ない。
虹川「こういうこともあるんだな……」藤浜「そりゃそうだろ」上戸「ここまで来たら根競べだろ」その根競べ、連夜が先に崩れを見せる。
ズバァンッ
主審『ボールッ！』
野中「よし」連夜「あぁ、もう！」六回の裏、宣秀は四番の井東からの打順。 その先頭の井東にフォアボールを与えると続く野中にも連続で与えてしまう。
虹川「（厳しいな……）」結局のところ、先頭を塁に出してしまったため野中とは思い切って勝負出来ずに 更に逃げてしまったという悪循環。そしてその場面に出てくるは六番真田。 同級生だけに井東や野中より凄さはある意味身に沁みて分かっていた。
連夜「（真田唯一のウィークポイント……それは外角低めのストレート）」真田が大学進学を決めた理由の一つ、それがこのウィークポイントだった。 地区予選で徹底的に攻められ大事な場面で打てなかった。 そこを克服してからプロに進む、それが真田の決めたことだった。
虹川「（大学入ってまだ一ヶ月……まだウィークポイントには変わらないだろうけど……）」連夜「（ここはヒットで良い場面。狙い打ちならヒットにぐらいできるだろうな）」虹川「（……追い込んで外角低めでいこう）」連夜「（初球はスライダーか……）」虹川にサインを出すのを任せてる時は基本的に首は振らない連夜。 ここも一発で頷き、投球モーションに入る。
ググッ
審判『ボールッ！』
真田「球威落ちてるんじゃないか？」連夜「――ッ！？」虹川「（確かに、ここに来てコントロール以上に球威が落ちてる……）」早い話、抑えが効かなくなってきて双方落ちてる悪循環。
虹川「（ウィークポイントを攻めてみよう）」ここで虹川はリードを変えた。 追い込むまでいかないなら、とりあえず抑えれるか試す。 どの道、正攻法では真田は抑えられないだろう。
シュッ！
ズバァンッ！
審判『ボールッ！』
連夜「くっ……」しかしランナーがいるということが、甘いところにはいってはいけないと制止をかけ その制止が微妙なコントロールすら奪う。
虹川「タイムッ！」これには流石に虹川もタイムをかけ、駆け足でマウンド上へ。 それにあわせ如月と神木が軽く歩み寄っていった。
連夜「何だよ？」虹川「何だよじゃねーよ。ここまでストライク入ってないだろ」連夜「だからってマウンドに来られても出来ることないぞ」如月「ま、間を空けるだけでも意味はあるだろ」虹川「このまま逃げてても仕方ないし、むざむざ勝負にいったら打たれるだけだぞ」連夜「……今後のために言っとくけどキャッチャーはピッチャーの前で
そんなハッキリ言わない方がいいぞ」虹川「人を見て言ってるつもりだけど？」如月「正解だな」連夜「………………」神木「で、どうすんだ？」虹川「漣次第だな」連夜「あ？」虹川「逃げるなら逃げろ。勝負すんなら勝負しろ」神木「確かに中途半端はいけないしな」連夜「分かった」如月「んじゃ頼むぜ」一足先に二遊間の二人がポジションに戻る。 二人が十分に離れたと確認した虹川がミットを口元に持ってきて言葉を続けた。
虹川「実際、限界か？」連夜「さぁな。飛ばしたツケはまだまわってきてはいないようだけどな」虹川「え？」連夜「今、コントロールが定まっていないのは純粋に俺が勝負にいききれてないだけだ。
気持ちで中途半端だから、ボールも中途半端。お前が思ってる通りだよ」虹川「お前……」連夜「ようやく分かったよ。フォアボール出すぐらいならストライク投げて打たれろ、なんて
言ってきたけど、実際フォアボールを出してしまうピッチャーの心境がな」一点勝負だと分かって、なおかつそれでも勝負にいききれない投手の葛藤。 連夜がマウンドに上がって初めて分かる辛さだった。
虹川「……真田と勝負するのか？」連夜「悪ぃ……ここは逃げるわ」虹川「……分かった」満塁にしてまで真田と勝負を避けた。 それは虹川に初めて見せた、連夜の弱さだった。
真田「………………」鞘師「（らしくないですね……）」三連続フォアボールで無死満塁と絶体絶命のピンチ。 ここで連夜はマウンド上で大きな深呼吸をした。
連夜「……行くぜ！」木藤「――！？」虹川「漣……」このピンチに連夜は笑みを浮かべていた。 深呼吸しただけで表情が変わった……いや、最初から 無死満塁からが勝負だと思っていた？ そう思ってしまうほどの表情だった。
連夜「しっ！」ズッバァンッ！
木藤「ッ……」この試合、良いところに決まっている右打者の膝元へのボール。 そしてこの試合、一番の走りを見せていた。
木藤「（落ち着け……外野に飛ばせば一点なんだ）」シュッ！
木藤「このぉ！」ガキーンッ！
連夜「チッ！」スライダーに体勢を崩されながらも狙い通り外野まで運ぶ。 打球はライト定位置。そして上戸は強肩だ。
パシッ
ダッ！
上戸「このぉ！」ビシュッ！
ズシャアァッ
審判『セーフッ！ セーフッ！』
虹川「しまっ……」タイミングは微妙だったがブロックが甘く、ランナーが生還しやすい状況を作ってしまった。 六回の裏、ついに先制の一点が宣秀に記録された。 更にクロスプレーの間にランナーが進塁し一死三塁二塁に。
虹川「くっそぉ……」連夜「ドンマイ、っつーか今のは仕方ねぇよ」虹川「だけど今のは……」連夜「一点なら問題ない。うちには自動得点マシーンがいるからな」そう言いながら一塁ベース付近で腕を組んでいる男に軽く視線を送る。
虹川「自動得点マシーンって……」言い方には苦笑したが、その頼もしさはもう何試合も通じて体感したこと。 そして頼りっぱなしにならないよう、ここはこの一点で抑えてやろうって気になった。
迎「………………」虹川「（スクイズも警戒しよう。状況的になくはない）」連夜「（あぁ……）」シュッ！
バシッ
初球は大きくウエスト、二球目は内角に決め、三球目は外角に軽く外す。 いずれでも打者迎にスクイズの動きはなかった。
ビシュッ！
ガキィンッ！
連夜「おっと」迎「くぅ……」打ちにいった迎だったが打球はショートへの弱いゴロ。
ダッ
如月「――おっと！？」このゴロで三塁ランナー野中がホームへ突っ込む。 如月は驚きつつも慌てずバックホーム。
ドガァッ！
虹川「どうだっ！」今度はしっかりブロックし、相手のホーム突入を防いだ。
連夜「様になってきたじゃねーか」虹川「後一つ。絶対抑えるぜ」バッターランナーの迎はアウトに出来ず、二死三塁一塁。 九番ピッチャーの須山のところに代打が出た。
連夜「しっ！」ズッバァンッ！
連夜「初見で打たれるほど甘くねぇよ」ズダッ
ググッ！
虹川「くっ！」ストライクをとるも迎に盗塁を許し、ピンチが広がる。
連夜「気にするな。下手に投げて真田に突っ込まれても困る」虹川「あ……」真田「……チッ」あわよくばダブルスチールを狙っていた宣秀。 しかし迎のスタートが良すぎて送球までいけなかった虹川。 ツキという点ではまだ光星にも味方しているかもしれない。
ズッバァンッ！
連夜「しゃあっ！」虹川「オッケ、ナイスピッチン！」三球三振でこのピンチをしのいだ。 一点先制はされたがまだ、流れは宣秀に傾いたとはいえなかった。
…………*
代打が出だ関係で宣秀はピッチャーが代わった。 四年エース、赤堀がマウンドに上がった。
藤浜「あー……出てきたか」連夜「あれが宣秀のエースですか？」八代「本格派だね。コントロールもいいし、厄介だよぉ」佐々木「凄く軽く言いますね」八代「いや、ほんとに」連夜「一点取られた以上は取らなきゃいけないわけだし、早い回に鞘師に回したいな」鞘師「そうしてもらえると助かりますね」七回の表、光星は五番の上戸から。
上戸「絶対打ったる！」赤堀「須山が抑えた以上、打たれるわけにはいかんよ」ズバァンッ！
上戸「わぉ！？」クククッ！
ブ――ンッ！
上戸「………………」大河内「相変わらず散らすと狙えない男だな」上戸「うっせいやい」ストレート、変化球共に万全の調子のようで、呆気なく上戸が三振に倒れた。
如月「俺はそう簡単には終わらんよ」一死ランナー無し、打順は六番の如月。
大河内「（ここまで送りバント一つか。ただ一打席目を見ると佐々木と結構似たスタイルかもな）」ここまでの如月は一打数でヒットなし。そして犠打を一つ決めている。 一周り目は全体で様子見にまわったため影を潜めていたが大河内は佐々木、鞘師と 同等の粘り、バットコントロールをしていたことを当然覚えていた。
キィーンッ！
大河内「んなっ！？」投手が代わったばかりで佐々木と同じタイプの選手なら初球は様子見てくるだろう。 だろう、という思い込みが結果的に如月を更に生かす要因となってしまった。
如月「ようやく仕事が出来たかな」一死一塁、一点を追う光星としては神木にも続いてほしいところ。
神木「（最低進塁させなきゃな……如月が走塁面は巧いが足が速いわけではない）」大河内「（八代さんならともかく、この場面で盗塁はないだろう）」先ほど右打席に立った神木だったが右投手の赤堀相手ということもあり左打席に立っている。
赤堀「しっ！」ビシュッ！
キーンッ
野中「（パシッ）」神木「ぐっ……！？」追い込まれながら決めに来たストレートを弾き返すもセカンドへのハーフライナー。 ランナーを進めることが出来ず、ツーアウトになってしまう。
ガキッ
虹川「早いって……」続く虹川も打たされ内野ゴロに終わる。 如月がランナーに出るも後続が続けず、結局無得点。
連夜「俺らバッテリーは辛抱するしかない」虹川「あぁ……散々足引っ張ってきたもんな」七回の裏、宣秀は一番の陣崎からという好打順。
連夜「俺にも意地があるんだよ」ビシュッ！
ズッバァンッ！
陣崎「（これはヒットには出来ないな……）」連夜「悪いけどもう点はやらないぜ」ビシュッ
カンッ
陣崎「しまった！？」連夜「オーライっと」セーフティバントを試みるも小フライになってしまう。 ピッチャー連夜が軽く捌いてワンアウト。
大河内「（球威、キレどっちをとっても一級品だな。何でこのピッチングが出来て
高校時代投手じゃなかったんだか……）」最も高校は選手数も足りなく、左利きである連夜を希望通り捕手に添えなければならない戦力だった。 それを考えれば違う意味で仕方はないと思わざるおえないが……
連夜「いくぜ！」クククッ！
ブンッ！
大河内「くっ……」ビシッ
虹川「しまっ……！？」キレのいいスライダーで空振りを奪うも、虹川が後ろに逸らしてしまう。 その間に大河内が振り逃げで一塁に生きる。
虹川「すまん」連夜「いや、俺の方こそ悪い。ちょっと曲げ過ぎた」キレ、変化量共にある程度までコントロールできると言う連夜だが 根本的な面で投手素人であり、そういった点ではコントロールしきれてはいなかった。
虹川「だが、次は越智さんだ。思いっきり曲げて来い。止めてやる」連夜「……あぁ、頼むぜ」表の光星同様、一死一塁という状況。 宣秀は三番越智というチームで最も頼りになるバッターを迎える。
如月「うちは大して頼りにならん神木くんだった、って言われてるぞ」神木「言ってない言ってない。お前が屈曲させすぎなんだよ」ビシュッ
ガキンッ
ガシャン
初球、ストレート。捉えきれず打球はバックネットに当たるファール。
虹川「（でも後ろに飛ぶってことはタイミングは合ってるってことか……）」連夜「（いつ崩れるか知らんし、一気に行くぜ）」虹川「（ＯＫ！）」シュッ！
ズッバァンッ！
越智「なんだと！？」ストレート待ちだった越智だが連夜の球威が勝り、空振りを奪った。 これでツーストライク。越智はミート力も優秀だが三振は 決して少ないバッターではなかった。
越智「ぐっ……次こそは……」虹川「（流石に三球連続は合わせてきそうだな）」連夜「（曲げるか）」虹川「（あいよ）」ググッ！
ブ――ンッ！
越智「だぁっ！？」虹川「このっ！」シュッ！
ズシャアッ
大河内「ふぅ」ツーストライクから一塁ランナー大河内がスタートを切る。 変化球で越智を三振に抑えるも、変化球では盗塁を刺せず二塁はセーフ。
神木「気にすんな、ツーアウトだ」連夜「あぁ、最初から気にしてねぇ」如月「少しは気にしろよ」神木「………………」二死二塁、得点圏にランナーが進み四番の井東。
連夜「（次の野中を考えるとここで切りたいところだな……）」五番の野中は対左投手に絶対の自信を持っている。
ビシュッ！
ズバァンッ！
主審『ボール！』
連夜「チッ……」しかし意識すればするほど力が入ってしまいコントロールが定まらない。
シュッ！
連夜「――ッ！」虹川「おっと」投げた瞬間、連夜はマウンドの土を蹴りあげた。 虹川が手を伸ばしてようやく捕球できるほどのボール球で井東を歩かせてしまう。
鞘師「タイムお願いします」ここでいち早く、鞘師がタイムをとりマウンドへ歩み寄る。
連夜「あのな、タイム取り過ぎは審判の印象を……」鞘師「そう言ってる場合じゃないですよ」如月「同感だな」鞘師「二死二塁一塁。ここで野中選手では分が悪すぎます」虹川「つっても次は真田だ。満塁にしても怖いものがあるぜ」藤浜「漣はどう思う？」連夜「俺が決めて良いのなら、真田との勝負で」虹川「――！？」鞘師「妥当でしょうね」如月「同級生同士の方が燃えやすいだろうしな」虹川「わざわざ満塁にするのか？」神木「塁が詰まってんだ。二塁一塁でも満塁でも一緒だろ」虹川「いや、絶対違うだろ……」藤浜「うちの場合、投手がやりたいようにやるのが一番だろ」虹川「藤浜さんまで！？」藤浜「どうせこうなっちまった以上、漣に賭けるしかないんだ」虹川「――！」連夜「……ありがとうございます」鞘師「ビシッとお願いしますね」如月「頼むぜぇ」神木「自信持って投げろ」三者三様の言葉を残しそれぞれのポジションに戻っていった。 そして藤浜はポンっと軽く腰をグラブで叩き、サードへ。
虹川「んじゃ、真田勝負で良いんだな？」連夜「あぁ」虹川「ＯＫ、抑えてやろうぜ」連夜「……あぁ！」最後は二人が拳をぶつけ合う。 そしてお互い笑みを零し、虹川はポジションに戻っていった。
シュッ
野中「――！？」次打者、野中の打席で虹川は座ることなく立ち上がり投球を受けた。 その瞬間、宣秀側も野中を敬遠すという事実を知ることとなった。
真田「俺との勝負を選ぶか……」虹川「漣たっての希望でね」真田「……面白い！」連夜「…………！」野中が一塁へ歩き、二死満塁。 打席に立った真田の鋭い視線が連夜を捉え、連夜も負けずに視線を返す。 お互いの鋭い視線が交差し、この緊迫した場面に更なる緊張感を生み出す。
虹川「（やっぱり勝負球はアウトローになるんだよな……）」連夜「（抑えるのに何も三振でなければならないってことはないんだよなぁ）」虹川「（初球からアウトローか……）」最初は虹川がサインを出したが、すぐさま連夜がサインを送り返した。
真田「（この打席……）」連夜「（一球勝負！）」ビシュッ！
ガキィンッ！
真田「なっ！？」連夜「神木！」打球は平凡なセカンドフライ。 神木が大きく手を広げ、しっかり捕球した。
鞘師「……らしくありませんね」真田「あ？」鞘師「今、あなたは漣との力勝負に走りましたね。確実に打っていけばヒットぐらい打てたでしょう」真田「……面白くねぇだろ」鞘師「私情を挟むのなら、あなたは良い打者にはなれませんよ」真田「そうだろうな。だけどな、漣如きの真っ直ぐ、真っ向から叩けないで良い打者も何もないだろ」鞘師「それは漣が投手ではないからですか？」真田「どっちしろだよ。俺は鈴村以上のストレートを投げるやつを知らねぇ。鈴村と比べたら
本職だろうと何だろうと一緒だよ」鞘師「あなたが大学に進学した理由……分かる気がしますね」真田「同じニオイしたか？」鞘師「……マスコミの評価もたまには役に立つようですね」真田「ふっ……」一点リードされていながら、二死満塁のピンチを切り抜けた光星。 少しずつだが、確実に流れは光星に向き始めていた。
…………*
八回の表、光星の攻撃はラストバッターの連夜から。 一点を追う光星としては一番にまわるこの回で追いついておきたいところ。
連夜「（一夜の話じゃ俺は自然と肩を庇っているみたいだな）」自分でも不思議だった。 何でこんなに自分のバッティングが出来ないのか？
大河内「（ここまでらしくないな。どうもフォームが狂ってるようにみえるが……）」それでも鞘師を始め、仲間が打ってくれたから…… 自分はピッチングに専念したかったから…… そこまで意識はしてなかった。
連夜「（だけど、ここで負けたら意味がねぇ）」スッ
大河内「（ん？）」連夜「（ズキッ）（……ってぇ……）」連夜は意識的にフォームを変えた。 無理やりなため自分では違和感が大きく、また肩が酷く痛んだ。 その痛みが一夜の言葉が正しいと思わされた。
大河内「一発狙いか？」連夜「……えぇ。追いついておきたいですからね」連夜はヒット狙いと長打狙いでバッティングフォームを変える。 フォームを変えること自体、あからさまのせいでバレてしまえば脆い。 しかし、その分、違う打者が立っていると思わせるほど変わる。
大河内「（この時の漣は確か内角、そして緩急に弱かったな）」連夜「（意識しなければまた肩を庇うと思って昔のフォームにしたけど
キャッチャーが大河内さんじゃ一振りにもかけれねぇか……）」大河内「（初球、内角低めに落ちるカーブ）」赤堀「（ＯＫ）」連夜「………………」シュッ！
シュルシュルシュル
連夜「――成った！」カッキーンッ！
大河内「なんだと！？」赤堀「――！」大河内の要求通りのボールを連夜のバットが捉えた。 打球は綺麗なアーチを描き、ライトスタンドへ！
連夜「さすが大河内さん。二年前だというのに覚えてたんですね」大河内「お前……弱点、改善したのか？」連夜「まさか。したなら俺はこの打法使ってますよ」大河内「だったら……」連夜「出会い頭ですよ。まぐれまぐれ」左打者である連夜にとって引き手となるのは右手。 つまり左肩が痛くても一点を狙い打ちすればバットコントロールは 普通に打つ以上に必要としない。
連夜「（当然、ほぼ右腕一本で打つ以上……ストレートじゃ打てなかったろうな）」反発力を考えればスピードのあるストレートの方が飛ぶのは道理だが スイング自体、普通より落ちている今、ストレートでは捉える事が出来なかっただろう。 つまり内角低め、カーブ一本狙い。
連夜「（大河内さんが俺の思ってるレベルのキャッチャーなら成った狙い打ち。
さすがですね、先輩……）」大河内は連夜が認め、そして尊敬するキャッチャーだった。 だから高校時代、捕手に固執していた連夜が大河内復活に伴い 外野コンバートを受け入れたというエピソードもある。
八代「ナイスバッティング！」連夜「うっす！」八代「漣は怒るかも知れないけどさ」連夜「はい？」八代「あのキャッチャー、黒瀬先輩にプレイスタイル似てるよな」連夜「……何ですか、唐突に」八代「何となく思っただけ。黒瀬先輩の近くで結構野球やってたからさ」連夜「ふぅ……その先輩がそう思うなら似てるんでしょうね」八代がボソっと口にしたことは高校時代から感じていたことだった。 だからこそ、大河内を認め、そして憧れ、スキルを盗もうとした。 少しでも理想のキャッチャー像に近づくために……
…………*
シュッ
カッキーンッ！
連夜「――！？」一対一、自らのＨＲで同点に追いついた後の八回の裏。 先頭の七番木藤が初球の甘いボールを捉えた。
タッタッタ
佐々木「……よし」パシッ
しかし後ひと伸び足りず、レフト佐々木がフェンス直前で捕球する。 この一球で不安を感じた虹川がすかさずマウンドへ行く。
虹川「肩は大丈夫か？」連夜「……後、二イニング。踏ん張るよ」虹川「漣……」明らかにバッティングの影響が出ていた。 それは連夜の言葉の違いに表れていた。決して後ろを見せなかった連夜が 初めて使った、瀬戸際の言葉……
連夜「お前がそんな不安そうな顔すんな。キャッチャーは常に
冷静でいなければならないんだぞ」虹川「……ここから三番までは長打はないだろう。低めにさえ投げればそこまで痛手はないはずだ」連夜「ＯＫ」しかし細かなコントロールがなくなってきており、八番迎にフォアボールを与えてしまう。 そして宣秀は投手赤堀に代打は送らず、赤堀はそのまま打席へ。
虹川「（うちは次、鞘師からだ。もしかしたら、その点も考えたのかもな）」連夜「（ってことは送りかな？）」虹川「………………」シュッ
赤堀「（サッ）」バシッ
虹川「このっ！」ビシュッ！
迎「うわっ！？」一塁審『セーフッ！』
赤堀は最初からバントの構えをしていなかったため、様子見で一球外す。 そしてリードの大きかった迎に虹川が一塁牽制球。 惜しくもセーフになったが、それは鞘師が牽制球が来ると思っておらず 捕るのが精一杯でタッチにはいけなかったからだ。
連夜「（この場面、まさか盗塁を読んでいたとはね……）」虹川「さ、落ち着いていくぞ」たった五試合、その五試合で虹川は捕手として凄まじい勢いで成長していた。 人はいつ、何時、どんな才能が発揮されるか分からない。 虹川にとってキャッチャーは本当に天職なのかも……しれない！
カツッ
バッ
虹川「セカンッ！」ビシュッ！
如月「いい動きするじゃねーか！」パシッ！
迎「させるか！」如月「そらよ」シュッ
鞘師「（パシッ）」虹川「しゃあっ！」連夜「虹川……！」送りバントだったが、打球が死にすぎてキャッチャー前へ。 素早く拾い、セカンドへ送球。ランナー迎が崩しにかかるも ショート如月は難なく交わし、一塁へ転送しダブルプレーが決まった。
鞘師「如月もナイスプレーです」如月「ニジーの動きが良かったからな。あれでダブルとれなかったら格好悪いだろ」鞘師「後は私の仕事ですね」神木「何だったら一人で決めて来い」鞘師「元よりそのつもりですよ」神木「（ほんと、よく言いきれるよな……）」…………*
一対一の同点のまま回は九回に突入した。 光星の攻撃は四番、鞘師から。
鞘師「………………」大河内「（先頭バッターで良いと思うべきか……）」大河内は一つ懸念していた。 今日の試合の鞘師は当たってはいないが高い技術自体は披露しているし 甲子園での鞘師を知っているため、迂闊に攻められない気持ちがあった。
大河内「（厳しいコースをついて、最悪フォアボールでもいいだろう）」赤堀「（……大河内が言うなら余程か……）」ビシュッ！
大河内「――え！？」カァンッ！
鞘師「………………」真ん中付近のストレート、引っ張り過ぎてファールになる。 いきなり甘いボールが来るとは鞘師も思っておらず、力んでしまった。
大河内「た、タイム」赤堀「んだよ」大河内「いえ、初球から甘いボールが来たので……」赤堀「練習試合なんだしさ、真っ向勝負させろよ」大河内「え？」赤堀「向こうのピッチャーと真田がやったように、俺も久々に楽しみたい」大河内「先輩……」赤堀「先頭から歩かせてもいいなんて思いたくねーし」大河内「それが本音ですね」赤堀「くっくっく。ま、リードは任せるよ」大河内「分かりました」大河内がポジションに戻って試合再開。
クククッ！
主審『ストラーイク！』
鞘師「………………」一転、内角の厳しいところにスライダーが決まる。 結局のところ、大河内の逃げでもいいリードが気に食わなかっただけで 普通に厳しいところに投げ切れる制球力は持っている。
虹川「流石の鞘師もあのピッチングされたら厳しいな」連夜「虹川、お前の目は節穴か？」虹川「え？」如月「初球の甘いコース、何で打ち損じたと思う？」虹川「え？ えっと……」神木「まさか初球からっていう思いからだろ」如月「正解」虹川「で、でもよ。良い打者ほど、投手の失投を確実に叩くもんだろ？」如月「それも正解」藤浜「案外勝負どころでの失投というのは打者も打ち損じることも多い」虹川「確かにそう言いますね」藤浜「俺が見たところ鞘師は……」カッキーンッ！
虹川「…………え？」連夜「鞘師は相手のベストピッチを打ってこそ四番の仕事と考える男だ」藤浜「故に初球の甘いボールをファールにした」虹川「ファールに……した？」鞘師の放った打球はバックスクリーン左、深いところに飛びこむ勝ち越しアーチ。 外角低めに決めに来たストレートを完ぺきに打ち返した。
赤堀「よぉ、初球はわざとか？」鞘師「……いえ、良い球過ぎて力んでしまいました」赤堀「ふ〜ん……ま、そういうことにしとこうか」今までの鞘師のバッティングを考えれば初球程度のボール、ヒットにすることぐらい容易いだろう。 あえて鞘師の言葉を真意とするなら一発を狙ったからこそ、初球はヒットに出来なかった。
連夜「この見解が正しいんだろうな」虹川「す、凄ぇな……」連夜「プロに入るやつは認められてるやつらっていうのはやっぱ俺らとはどこか違うんだろうな」宣秀のエース赤堀との一騎打ち、鞘師が制し光星が勝ち越し点を挙げた。 しかし赤堀もプロのスカウトが認める右腕……そしてエースの意地か、後続を抑えた。
如月「ん〜……崩れなかったか」神木「鞘師の一発で追加点挙げられると思ったんだけどな」上戸「やっぱ、あの姿がエースなんだろうね」如月「そうですね」後続が抑えられようと、九回の表に勝ち越し点を挙げたのは事実。 裏、宣秀の攻撃を抑えることが出来ればこの接戦を制することができる。
虹川「漣！」連夜「……何だよ？」虹川「後三つ。長引かせずに終わろうぜ」連夜「――！ ……だな」止めて無駄なら乗せるに限る。 どうせここまで来たんならとりあえず試合に勝っておきたい。
虹川「（後のことはそれからでもいいや）」その先が例え闇で見えなくても、進まなければ分からない。 虹川はいい意味で、後先考えないようになっていた。
…………*
陣崎「うし、一点ぐらいなんだ！ 絶対追いついたる！」虹川「（ツイてないのは一番からということだな）」九回の裏、宣秀は一番陣崎からの好打順。
シュッ！
ピキィンッ
陣崎「あちゃ……」会心の当たり。だが自分が思ってる以上に打球が伸びてしまっている。 本来なら外野前に落ちる打球も右中間へ飛んでいる。
ダダダダダッ！
八代「オッケー」パシッ
しかし陣崎は打った瞬間、顔を歪めた。 センターを守っている男の守備範囲を知っているからだ。
八代「ワンアウト！」神木「ナイスプレーです」如月「さ〜てポンポンと抑えて終わろうぜ」連夜「あいよ」一死ランナーなしで打順は二番の大河内。
虹川「（苦手なコースもないみたいだし、ここまで来たら持てる力出し切れ）」連夜「（出しきったら明日の試合、無理だぜ？）」虹川「（それはそれで構わない）」連夜「（そう来たか……）」ククッ！
大河内「ハッ！」ピキィンッ！
連夜「どわっ！？」大河内得意のピッチャー返し。連夜の足元を抜けセンター前へ。
如月「今の捕れねぇか？」連夜「ピッチャーって怖いな」藤浜「次で切ればいい。集中しろよ」連夜「うっす」一死一塁、ＨＲが出れば逆転サヨナラの場面でクリーンナップへ。 その先陣を切って三番越智が打席に入る。
越智「いや〜さっすが大河内。良い場面で回してくれたねぇ」連夜「（五番野中には回したくないな）」虹川「（だがこの越智さんはミートも上手い……）」連夜「（一番勝負しやすいのは四番か）」虹川「（それもおかしな話だけどな）」ズバァンッ！
主審『ボールッ！』
連夜「次ィッ！」ビシュッ！
越智「このぉ！」カキーンッ！
外角にやや外れたボール、それを捉え大飛球を放つもライトへのファールになる。
ククッ
越智「………………」次のスライダーは力んでしまいワンバウンドしてしまう。 そして四球目、二球目より外角に外れたボール。 今度は見逃して、これでスリーボール。
越智「むっ、まさか歩かせ半分か！？」連夜「あ、バレたか」ここで越智がバッテリーの意図に気づく。
ククッ！
越智「むぅ……」主審『ボールッ、フォアボール！』
越智「くそぉ……良い場面だったのに」虹川「（ちょっと可哀そうだな）」結局、スライダーが決まらずフォアボール。 一応打てる範囲には来たが流石に無理に打ちにはいかなかった。
連夜「よし、ここで終わらせてやる」井東「何だと？」連夜「越智さんよりミート力がなく、野中さんほど怖くない。
俺にとってはあなたが一番楽なんだよね」井東「ッ……言ってくれる！」虹川「（今居さんの時と一緒だ……）」虹川は最初の試合を思い出していた。先輩たちと戦った試合を。 実力が劣る分、駆け引きで勝負を挑む連夜。
ビシュッ！
プレートの左端から右打者の井東の内角を狙う対角線投法。
井東「なめるな！」グッ！
ガキィンッ
井東「なっ！？」パシッ
如月「神木！」シュッ
バシッ
神木「（バッ）」二塁審『アウトッ！』
詰まらされた打球はショート如月へのハーフライナー。 二塁ランナーの大河内もそこまで飛びださなかったのだが 一瞬、打球が飛んだ瞬間体重が三塁方向へ向いた。
神木「お前、ほんと速過ぎ……」如月「捕れるところに投げてるでしょうよ」そのぐらいのロスがあれば如月にとっては十分過ぎた。 捕ってすぐに二塁へ送球。神木も素早くカバーに入り 送球を受け、二塁審にアピールしダブルプレーが成立した。
藤浜「良く投げたな」連夜「………………」藤浜「……漣？」連夜「え？ あ、ありがとうございます」藤浜「…………？」井東「ちょっと良いか？」連夜「……すいませんでした」井東「ん？」連夜「さっき言ったことは場面と自身のピッチングスタイルからであって
井東さんの実力を侮ったわけではないです」井東「あぁ、それは構わない。勝負事、あそこで熱くなった俺の負けだよ」連夜「井東さん……」井東「俺が聞きたいことは最後のボールさ」連夜「え？」井東「最後のはストレートか？」連夜「いえ、少しスライドさせました。ストレートでしたらショートの頭上を破っていたでしょう」井東「やっぱりか……それが聞けて良かった、ありがとな」連夜「こちらこそありがとうございました」越智「次は勝負しろよ」連夜「はい、すいませんでした」藤浜「………………」六大学トップの実力チーム、宣秀大学相手に二対一という接戦を制した光星大学。
光星野球部員「凄いな、漣たち……」光星野球部員「あぁ……明日も勝っちまうんじゃね？」
皆河「当たり前だろ」部員「え？」皆河「何事も信念が強ぇ者が勝つんだよ。たかだか練習試合だが
漣たちは信念がある。負けてられるか」
鴻池「だが信念だけじゃ越えられない問題もあるぞ」皆河「だな。そっちを俺らも突いておくか」鴻池「それは笹森と藤原が行ってる」皆河「あ、そうなの？」鴻池「俺は今日の試合のデータをまとめるがお前はどうする？」皆河「あー俺はパス。ちょっくら出てくるわ」鴻池「はぁ……分かったよ」順調に勝利を重ねている連夜たち、その姿を見て他の部員たちは揺れ動いていた。 そして監督までも……
青南波「俺は一体どうしたら……」
笹森「こんな馬鹿げたこと止めればいいんじゃないですか？」青南波「だ、誰だ！？」
藤原「監督だって気づいてるわけですよね。何が正しいか」青南波「お前ら……」笹森「漣はあなたが考えてる以上の男だ。そしてあなたの味方であろうとしてる」青南波「何……？」笹森「なぜ、あなたが朝里に……いえ朝森昌志に加担するのか教えて頂けます？」青南波「なっ！？ お前らには関係ない！」藤原「俺らに関係ない。最もだけど、漣はもっと関係ないんだよ。そんな男が
あんたのために文字通り体を削ってるんだ」青南波「俺が頼んだわけじゃない！ あの男が勝手に……」笹森「分かりました。一度引きましょう」藤原「隠してもすぐ調べ上げるんだけどね」笹森「監督、せめて漣が投げ続けなければならない、あれだけ撤回してもらえます？
あいつはもう限界だ。ここまでの勝ったのでも十分でしょう」青南波「………………」笹森「あ、追加要員は認めるってことでしたのでそれが認められれば
うちの大エースが投げるそうなんでよろしくお願いしますね」青南波「――！」微笑を浮かべ、笹森と藤原はその場を立ち去った。 残された監督だけ、きつく奥歯を噛みしめていた……
…………*
試合を終え、それぞれが帰路につく中、連夜は球場を出たところで肩を抑え蹲っていた。
連夜「……ってぇ……マズイな、これは……」皆河「よぉ、どうしたい？」連夜「（バッ）み、皆河……？」皆河「何をそんな焦ってるのよ？」連夜「い、いや何でもない」皆河「ふ〜ん……じゃあ俺から切り出すけど、肩大丈夫？」連夜「……別に」皆河「痛み止め、切れちゃった？」連夜「――！？」皆河「あれ、気づかないとでも思った？」連夜「……何で？」皆河「どう言えば納得する？ 試合を見てれば分かるって言っておくけど」連夜「綾瀬か……あいつ、いらねぇことばかり……」皆河「あいつなりに気ぃ遣ってんのよ。今のお前の状態、あいつのせいだからな」連夜「俺が望んだことに変わりはないだろ」虹川「今の……どういうことだ？」連夜「に、虹川！？」皆河「あ〜あ、いたのか……」虹川「痛み止めってお前そんなの打って投げてたのかよ」連夜「……虹川……」虹川「なぁ、漣。俺には分からねぇよ……何でお前がそこまでしなきゃいけないんだよ！」皆河「黒瀬彰規との約束だからって理由だけじゃねーだろ？」連夜「あ？」虹川「黒瀬って……この大学出身でプロ入りした？」皆河「あぁ。このバカはその男に言われてこんな真似をしてるわけよ」連夜「……お前に何が分かる？」皆河「虹川も言ってたけど分からねぇよ。けどな、お前は黒瀬のこと崇拝してるだろ？
黒瀬はお前にこんなこと望まないってお前だって分かることだ」連夜「………………」虹川「じゃあ一体どうして？」連夜「……監督があの人だからだよ」皆河「は？」連夜「…………ッ……」ガクッ
虹川「漣！？」急に膝から崩れた連夜。倒れこむ前に虹川がすぐに支える。 息が荒れ、額に汗をかいていた。
虹川「熱ッ！？ 発熱してるぞ！？」皆河「チッ、本格的に炎症し始めたか」虹川「ど、どうすんだよ！？」皆河「お前、携帯持ってんだろ？ 貸せ」虹川「お、おう！」ピッポッパ
皆河「あ、俺、皆河だけど、漣が熱出して倒れた。あぁ、まだ球場から動いてねぇ。うん、よろしく」ピッ
虹川「誰に電話したんだ？」皆河「鴻池。あいつ、免許持ってっから」虹川「へぇ……」皆河「へぇ、じゃねーよ。そのウィンドブレーカーかけるとかしろよ。
来るまで時間あるぞ。体を冷やすな。風は体に悪いんだ」虹川「お、おう！ ……ってお前も着てるだろ？」皆河「俺、こう見えて寒がりなんだ」虹川「………………」痛み止めまで打って試合に出ていた連夜。 しかしその体も限界に近付いていた…… 残り二戦、一体どうするのか？ そして監督との賭けはどうなるのか？
BATTLE-01⇒
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