虹川「ったく……皆、俺に恨みでもあんのかよ……」

月見里「恨みじゃねぇだろ。次期キャプテンとして当たり前」

虹川「皆、来たくなくて俺にキャプテンを押し付けたんでしょ」

月見里「まぁ、仕方ないだろ。決める日に熱出すお前も悪い」

虹川「それは瀬沼先輩のせい!」

月見里「来た以上は諦めろよ。俺だって来たくねぇっつーの」

虹川「はぁ……」


 今、新旧キャプテンである月見里と虹川は通称クドクド爺さんの元へ見舞に来ていた。  直接的に関係はないため、簡単にどんな人物と見舞いに経緯を話すと……


虹川「何で監督もあんな厄介な人を……」

月見里「あの人のおかげでうちの野球部もそこそこ強くなったんだろ」

虹川「コーチとしては良いと思いますけど、しつこくてうるさいんですもん」

月見里「まぁな」


 元々、高校の監督が顧問兼任だったことも受け、監督がコーチとして連れてきた人物だった。  近年、病で倒れてしまい入院することになってしまった。  それ以来、大会の報告云々を話にキャプテンが行くことが通例となっていた。


虹川「………………」

月見里「ここまで来たら小一時間ほど覚悟しろよ」

虹川「は〜い……」


 それから通称クドクド爺さんの病室に行き、小一時間ほど話に付き合わされた二人。  更に試合のビデオも持っていったため、その練習指示や説教を更に虹川だけ付き合わされた。


虹川「くっそ……月見里先輩めぇ……何が『自分たちはもう引退ですので 後に残る虹川君のために新チームでの練習指示をお願いします』だよ」


 早い話、月見里は簡単な話を早めに切り上げて試合のビデオを持ってきたと伝え  後は虹川にっと言い最初から逃げるつもりだったようだ。


虹川「ふぁ〜あ……しかし終わったし帰るか……っとん? あの娘は?」


美穂子「………………」


虹川「………………」


 虹川の視線にふと入ったのは夏の大会前に練習試合に向かってる時に  ぶつかったリムジンに乗っていた娘だった。  病院の花壇に咲いている花を見て一人微笑む彼女は虹川にはとても可愛く見えた。


美穂子「……あれ? あなたは……?」


 視線に気づき、美穂子が虹川へ視線を向けた。  話しかけて、見惚れていた自分に気づき一瞬戸惑ったが  すぐに現実に戻ってきて、言葉を繋いだ。


虹川「あっと……確かリムジンに乗ってた娘だよね」

美穂子「はい。覚えててくださったんですね」

虹川「まぁ、リムジンなんて乗る機会滅多にないからね」

美穂子「そうなんですか?」

虹川「そうなんですかって……」

美穂子「ごめんなさい。ちょっとあたし、ちょっと世間知らずで……」

虹川「(自分で言うか?)まぁ、普段から乗ってるような人は分からないよね」

美穂子「あの車、皆さん乗られないんですか?」

虹川「まぁ、一般人で乗ってる人はかなり少ないよ」

美穂子「へぇ、そうなんですか」

虹川「そういえばあの時も病院行くみたいだったけど、誰か入院してるの?」

美穂子「え?」

虹川「っとゴメン。ちょっと不謹慎すぎたね」

美穂子「いえ、いいですよ。実は私が通ってるんです」

虹川「え?」

美穂子「生まれつき先天性の疾患を持っていて、定期的に病院に来なければならないんですよ」

虹川「あ、そうなんだ……何かゴメンね」

美穂子「え?」

虹川「いや、そういうことってあんまり喋りたくないものじゃないの?」

美穂子「ん〜そうなのかな? 分かんない」

虹川「――ッ……」


 ニコっと笑う美穂子に一瞬空気の流れが止まった。  それは十七年生きてきて、初めての感覚だった。


美穂子「えっとあなたはどうして病院に?」

虹川「あー……ちょっと部のコーチだった人が入院しててね。そのお見舞いかな」

美穂子「あ、そうなんですか。じゃあ何回か来られてるんですか?」

虹川「まぁ……大会後は一応報告もあるし来てるんだけど正直会いたくない人なんだよね」

美穂子「どうしてですか?」

虹川「ちょっと高圧的というか言い方が嫌味っぽいんだよね。だから面と向かっては話したくないと言うか……」

美穂子「そうなんですか。大変ですね」

虹川「まぁ、コーチとしては世話になった人だからね。無下にも出来ないんだけど」

美穂子「じゃあ近いうちにまた来るんですか?」

虹川「いやいやいや、そんな頻繁には来ないよ」

美穂子「あ、そうなんですか……」

虹川「……? あ、君はいつ病院来てるの?」

美穂子「え?」

虹川「この間のお礼もしてなかったしね。今日は時間がないし 良かったら今度、お礼させてよ」

美穂子「そんな、お礼だなんて……悪いのはこちらですし」

虹川「いや……悪いのは百パーこっちだから……」

美穂子「なのでお礼と言わず、純粋に会って頂けませんか?」

虹川「え?」

美穂子「ダメ……ですか?」

虹川「え、あ……もちろんいいよ」

美穂子「本当ですか?」

虹川「もちろん。それで君はいつ来てるの?」

美穂子「基本的には火、木、土です」

虹川「あ、時間帯は?」

美穂子「午前中ですね」

虹川「あーそうか……休み中は良いけど、学校始まったら中々に厳しいな」

美穂子「土曜日は無理ですけど火、木は時間ずらせますよ」

虹川「ほんとに?」

美穂子「えぇ」

虹川「その辺は学校始まってからだけど調整できそうだな。良し、じゃあこれから出来るだけ来るようにするよ」

美穂子「楽しみにしてますね」


 こうして再会した二人は友人として関係を深めていった。  しかし虹川はこの時、まだ知らなかった……  美穂子の体がどのような状態なのか……そしてその先が後僅かなことも……







四章『それぞれの鐘』


 GW三日目、虹川、そして皆河らの召集で出場メンバーや監督、今回の対決に関わった  選手たちがいつもより早く球場に来ていた。  理由は簡単、前日倒れた連夜についてだ。


佐々木「は……? 漣が?」

虹川「あぁ、昨日熱を出して倒れた」

佐々木「何でまた……」

神木「試合終わってすぐなら疲れか?」

鞘師「そんな単純なものじゃないでしょう」

如月「だろうな。あいつ、肩痛めてただろ」

虹川「気づいてたのか!?」

如月「確信というわけじゃないが、誰だってその答えには行きつくだろ」

皆河「如月の言う通り。あいつは肩を痛めてた。熱もその炎症が原因だ」

藤浜「じゃあ当然、今日の試合は投げれないわけか」

皆河「えぇ」

八代「でもさ監督は追加要員は認めるって言ってなかったっけ?」


 八代の一言で全員の自然が腕を組んで目を閉じていた監督に集まった。  しかし監督は有無を言わず、逆に皆河が口を開いた。


皆河「しかし、問題が一つある。それは漣と監督との間で決められた制約がな」

佐々木「制約?」

皆河「お前らが監督との言わば賭けをした、その試合は?」

上戸「ダブルヘッダー、三日間の計六試合だろ?」

皆河「そう。その間、全試合漣が投げ切るという約束が取り決められていた」

神木「はぁ!?」

鞘師「それはまた……」

如月「とんでもない制約だこと」

皆河「だろ? 監督さん」


 監督は特に肯定もせず身動きをとらなかった。  これに対し声を上げたのは意外な人物だった。


谷澤「じゃあこの勝負、監督の勝ちってことだな」

藤浜「谷澤?」

谷澤「だってそうだろ? 漣が投げられない以上、公約違反だろ」

皆河「そこで早く集まってもらったんだ」

谷澤「何っ!?」

皆河「監督が認めれば俺と鴻池が試合に出る」

虹川「は?」

皆河「追加要員は認められてる。だが投げるのは漣っていうのがネックだったんだ。 監督がそこを折れれば全て事が済む」

青南波「漣以外の登板は認められないな」

皆河「チッ……案外、性根がまともかと思ったら……」

虹川「この四試合で漣は十分やったでしょう! もう良いんじゃないですか!?」

青南波「約束は六試合だ。出来なかった以上――」


ガチャッ


連夜「俺抜きで勝手に話を進めるなよ」

虹川「漣!?」

皆河「鴻池……お前……」

鴻池「悪ぃ、止められなかった」

皆河「はぁ……」

連夜「皆河余計なことすんな。心配しなくても投げてやるよ」

如月「……無理しなくてもいいぜ」

連夜「あ?」

如月「お前がどういう思いか知らんけど、そこまでする道理が分からねぇ」

連夜「分からなくてもいいよ」

如月「そうはいくか」

連夜「は?」

如月「お前がどういう思いで投げてるか知らんけど、あんまり一人で背負いこまれても周りは迷惑っつーこと」

連夜「………………」

青南波「確かに、漣。お前の目的を俺も聞きたい」


 今まで微動だにしなかった監督が目を開き、言葉を発した。  その鋭い眼は連夜のみを捉えていた。


連夜「目的って言われてもな……」

虹川「(漣の目的……確か監督のこの方針を変えるために監督がなぜ朝里に 言いなりになってるか調べ、解決するだっけか)」

皆河「(だが、根本的な解決にはならない)」

虹川「(え?)」

皆河「(んなもん、情報と金銭面次第だ。やつが野球で無理するメリットは一つもねぇ)」

虹川「(確かに……)」

連夜「そこの二人、お前ら勘違いしてるよ」

虹川「は?」

連夜「そもそも、彰規さんとの約束。そこを履き違えてる」

青南波「彰規……? ……――黒瀬のことか?」

皆河「履き違えてる……だと?」

連夜「彰規さんとの約束は『強い光星を取り戻してほしい』だ。少なくても彰規さんは監督のやり方に 反証を唱えてないし、故障がちだった彰規さんはむしろ感謝してるからな」

虹川「ちょ、ちょっと待てよ。お前は監督のやり方が間違ってると思ってこんな賭けやってるんだろ?」

連夜「あぁ。そうだ。俺はそう思ってる。だから裏で動かせてもらってる」

青南波「なっ!? まさか、お前……!?」

連夜「あーすいませんね。昨晩、息子さんに接触したのは俺が頼んだ人です」

清正「くっ……お前、どういうつもりだ!?」

連夜「これでもあなたと敵対するつもりはないのでご安心を」

佐々木「話が見えないんだが……」

連夜「悪い悪い。後で詳しくは説明するけど……」

虹川「それより、話は振り出しだろ! その黒瀬さんが言ったことと漣の行動は矛盾してる!」

八代「そうだなー。黒瀬さんはむしろ漣にこんなこと望んでないだろうしな」

連夜「彰規さんがどうかは分かりませんが、俺は彰規さんの意見を尊重しつつ 自分のために動いてるわけです」


 連夜の言葉に全員が頭を捻った。  佐々木たちは絶対的に情報が足りず、虹川と皆河は情報を持っていても考え付かなかった。  ただ一人、情報を持っており考えに辿りつける人物が声を挙げた。


鴻池「分かった……」

皆河「あん?」

虹川「(つーか何か失礼なこと言われてる気が……)」

鴻池「監督、一つ確認していいですか?」

青南波「……なんだ?」

鴻池「漣との賭けになぜ六大学の相手を固めたんですか?」

青南波「………………」

鴻池「理由は分かってます。漣に言われたから、ですね?」

皆河「……は?」

虹川「どういうこと?」

鞘師「桜坂先輩、今居先輩などレギュラークラスを出さず私たちは明らかに一年が主体のチームです」

如月「更に同世代の中で漣は比較的有名人だ。そんな男がピッチャーをやってるって来たもんだ」

鴻池「そう。それこそ監督との賭けを受けた漣の狙いだ」

青南波「なんだと……?」

鴻池「レギュラー選手がいない光星。だがその相手に負けたら相手校はどうする?」

神木「どうするって……」

藤浜「まぁ、警戒するだろうな。いい新人が入ったとか何とかで」

鴻池「えぇ。それこそが漣の狙い」

神木「どういうことだ?」

鴻池「いい新人が入り、更にレギュラーが控えてる。今年の光星は違うと思わせることが出来るだろ?」

虹川「そうなのか……漣?」

連夜「……半分当たりかな」

虹川「半分?」

連夜「鴻池が言ったことに更に俺ら、ルーキーも戦力になることをアピールしたかったんだ」

如月「何か今の言い方、俺らは必然的に選ばれたみたいな感じだな」

連夜「間違ってねぇよ。この意図を話したのは八代先輩と鞘師だけだ」

虹川「なっ!?」

連夜「上戸さんは俺にとっても予想外な戦力だった。だがそれ以外は俺の策略通り」

青南波「つまり他チーム、そして俺に対し一年は戦力になると言いたかったわけか」

連夜「平たく言ってしまえばですね」

青南波「………………」


 連夜の言葉に各々言葉を失った。監督でさえ口を噤んだ。  この沈黙を破ったのは皆河だった。


皆河「漣の目的も分かった。ここで一つ、提案があるんだが」

青南波「……なんだ?」

皆河「今日の試合、相手どこなんだ?」

青南波「何……?」

皆河「六大学つっても光星も含めてだ。つまり対戦相手は五つだろ」

虹川「あ……今日もダブルヘッダーだから……」

皆河「そう。六大学以外の対戦相手が混じってるってわけだ」

青南波「……その通りだ。今日は神緑大学のほかに神奈川学院大学と組んでいる」

藤浜「え!? 神院大と!?」

佐々木「強いんですか?」

藤浜「昨年の神奈川の覇者だ。選手権でうちの代表、宣秀と戦って勝ったチームだ」

佐々木「ゲッ……宣秀より強いんですか……」

皆河「どっちが最初だ?」

青南波「神緑も今日はダブルヘッダーということで午後からになってる」

皆河「つまり最初は神院大となわけだ。漣もここで投げるメリットはそんなにないだろ?」

連夜「……は?」

皆河「神院大戦は俺が投げる。神緑戦は漣っていうのはどうだ?」

連夜「なっ……!?」

青南波「――!?」

虹川「皆河……」

皆河「これでも譲歩したつもりだぜ? 今日は俺一人で投げる予定だったからな」

青南波「お前ら、この大学では大人しくしてるつもりじゃなかったか?」

皆河「事情が変わったんだよ。最も笹森や藤原は深くは関わるつもりはねぇみたいだけど」

青南波「……漣はどうだ?」

連夜「え?」

青南波「お前が納得するなら俺は皆河の提案を受けてもいい」

虹川「おっ!?」

連夜「俺は……」

如月「話がまだ良く分からねぇけど、漣が六大学を相手したいならここは皆河に任せちゃおうぜ」

虹川「俺もその方がいいと思う」

連夜「……分かった。皆河、頼めるか?」

皆河「あぁ。ただしキャッチャーは鴻池に代えるぜ。虹川じゃケガする」

虹川「分かってるよ」

青南波「ちなみにここで神奈川学院大学に負けても、ダメだからな」

如月「ん? ってことは守るのって俺ら?」

神木「当たり前だろ」

如月「あぁ、そうなんだ。てっきり俺らも休めんのかと思った」

藤浜「バッテリーが代わるわけだし、虹川が内野守れば休めるけど?」

如月「冗談。あいつがショート守るなら、俺が寝てた方がまだマシだ」

虹川「お前、俺をどんだけ下に……」

如月「ま、それは冗談だがお前も相当疲れてるだろ。午後までしっかり休んでろ」

虹川「如月……」

八代「んじゃ、試合はやるんだしアップでもしようぜ」

上戸「そうっすね」


ガチャ


 八代の一声で解散となり、順番にミーティング室を出ていく。  最後に残ったのは監督、皆河、鴻池、虹川、そして連夜の五人になった。


虹川「なぁ、俺から一つ質問していいか?」

連夜「何よ?」

虹川「結局、その彰規さんって人との約束って光星を強くしてほしいってだけか?」

連夜「あぁ。恐らく彰規さんは俺が入部して強くしてほしいって意味で言ったんじゃないかな」

鴻池「ほぉ……思ったよりバカじゃないようだな」

連夜「ちょっと黙ってろよ」

鴻池「はいはい」

連夜「だが彰規さんは言わなかったが俺は監督のやり方が間違ってると思った。 だから他の大学へのアピールをやりつつ、裏で動かせてもらった」

虹川「他の大学へのアピールっていうのは一年主体で戦うことか?」

連夜「そう。監督だって気づくだろうしな、一石二鳥だ」

青南波「………………」

皆河「それでテメェの肩壊してたんじゃ意味ねぇだろ」

連夜「……だがこれでは根本的な解決にはならない」

皆河「無視かい……」

青南波「だから人の息子に接触したのか?」

連夜「そんな怖い顔しないでくださいよ。ちょっと事情を聞いただけですよ」

青南波「貴様……!」

連夜「それに実際聞いたのは俺じゃない。実行犯に怒ってくれ」

鴻池「(酷いな……)」

虹川「で、分かったのか?」

連夜「大体な。良く考えたら本人はその辺の事情知らんだろうし」

鴻池「推測か」

連夜「まぁね。監督、息子さん……どうやら心臓を始め、臓器の何ヵ所か酷く悪いようですね」

青南波「………………」

連夜「それに眼……見えてないようでしたが?」

青南波「――ッ!?」

連夜「あぁ、喋ってないようですよ。聞いたやつの推測みたいです」

青南波「人の弱みを握って何がしたい?」

連夜「だから最初から敵対するつもりはないって言ってるでしょ」

虹川「そうか……! 手術費用か!」

連夜「正解。それがあなたの朝里の命令を聞き続ける理由だ。ですよね?」

青南波「……だったら何だ……俺は息子を助けるためなら何だってする!」

皆河「……間違った気合の入れ方だな」

青南波「貴様ら、ガキに何が分かる!?」

連夜「監督……俺は一つ、疑問に思うことがあるんです。何で朝里はあなたにそんなことをするんでしょう?」

青南波「はっ、分かるわけないだろ。金持ちの考えることはな」

連夜「いえ……言い方を変えましょう。今の朝里にいる上層部、誰だかあなたはご存知ですよね?」

青南波「………………」

連夜「あなた自身は関係が薄いかも知れませんが、あなたが『青南波』と名乗っている以上 “彼女”はそんな弱みを握ることしないと思うんです」

青南波「……なるほど。知っているわけか」

連夜「えぇ。あなたの奥さんは青南波麻衣子さん。一部では有名なようですね」

虹川「え、麻衣子さんってあの画家の?」

連夜「……お前、知ってんの?」

虹川「有名だぜ。会ったこともあるし」

皆河「お前、その割には監督との関連性はスルーしてたな」

虹川「いや、兄弟とかかなっと思って深く考えてなかった」

皆河「ふ〜ん」

青南波「お前の考えの通り、俺は朝里というより個人に金を借り、言いなりになってる」

連夜「いくら?」

青南波「言うわけがないだろ。言ったところでどうなることでもない」

鴻池「単純に移植手術なら、心臓は日本で出来ないし一億円以上はくだらないだろうな」

虹川「うわぁ……」

連夜「虹川、動かせるか?」

虹川「一億は分からんな。聞いては見るけど」

連夜「分かった」

青南波「お前たち……何を……?」


ガチャッ


谷澤「監督、神奈川学院大学が来ました」

青南波「ムッ……分かった。すぐ行く」

連夜「言ったでしょ。俺は敵対するつもりはないって」

青南波「……お前、一体何で?」

連夜「青南波麻衣子さんは何で朝里にいる親友にこのことを話さないか知ってます?」

青南波「………………」

連夜「彼女は立場を考えず、手を貸してくれるであろう。そう分かってるからじゃないですか? なら俺は彼女の息子として、彼女がするであろう行動をとってるだけです」

青南波「お前が……息子……だと!?」

皆河「最近まで知らなかったけどな」

連夜「良いところだからな、茶化しはいれんでくれ」

虹川「それより皆河と鴻池は試合出てくれるんだろ? そろそろアップいかなきゃ間に合わないぞ」

皆河「へいへい」

青南波「漣……詳しい話はまた今度な」

連夜「へーい」


ガチャッ


 監督、皆河、鴻池の三人もグラウンドに向かい残ったのは連夜と虹川の二人になった。


虹川「何か色々ありすぎて意味が分からんな」

連夜「お前は知らなくてもいい部分だけどな」

虹川「しかし麻衣子さんの子供さん、そんな重病だったとはな……」

連夜「そういや会ったこともあるって言ってたな。知りあいなのか?」

虹川「ん? あぁ、まぁちょっとな」

連夜「ふ〜ん……?」

虹川「それより試合に出ないっつっても応援しないわけにはいかないだろ。 俺らもベンチに行こうぜ」

連夜「俺はともかくお前は出番があるかもしれないしな」

虹川「あるか? あのメンツで……」

連夜「…………さ、行くか」

虹川「おい……」



…………*



 三日目、ダブルヘッダー一回戦、神奈川学院戦が始まった。  藤浜や八代の話によれば神奈川学院大学のスタメンはほぼレギュラーらしい。  恐らく監督が相手に頼んでここで蹴落とす作戦だったのだろう。


ズッバーンッ!


皆河「へっ、残念」


 しかしその前に立ち塞がるは皆河凛。  監督も神奈川学院大学が本気で来るということを想定して  皆河の先発を認めたのだろうが、この男の実力は並大抵ではなかった。


スットーンッ!


ブ――ンッ


皆河「うし、終わり!」

鴻池「ったく初回から投げやがって……」


 初回、三者連続三振で切って取る最高のスタートを見せた。


神木「スゲー落ち。フォークみたいだったな」

如月「つーか今の何だ? チェンジアップみたいな握りだったけど」

皆河「今のはインフィニティ!」

鴻池「バルカンチェンジっていうチェンジアップの一種だけど、用途や変化的にはSFFの方が近いかもな」

如月「ふ〜ん」

八代「守備面は何か大丈夫そうだし、先制して逃げ切っちゃおうか」

如月「ですね」


 光星の先頭バッターはもちろん八代衛太。  その初球を捉える。


キィーンッ!


虹川「そういやさ、メンバー集めるとき、その意図を八代さんと鞘師には喋ったんだろ?」

連夜「ん? あぁ……まぁな」

虹川「何かそれにも意図があったのか?」

連夜「いや……集めた理由が違ったからかな」

虹川「…………どういうこと?」

連夜「如月や神木なんかは俺がアピールを兼ねて集めたやつらだが 八代さんと鞘師は戦力を狙って集めたってこと」

虹川「ってことは、如月や神木を仲間にしたのはお前の狙いってこと?」

連夜「そういうこと。まぁ、最も戦力になるやつを選んだって点では一緒だけどな」

虹川「暇だし、どういう意図があって監督とこんな賭け試合やったのか教えてくれよ」

連夜「ん〜、まぁそうだな」


 試合は八代が二番如月のところで盗塁を決めたところだ。


連夜「ちょうど打席には如月だし、あいつの話でもするか」

虹川「適当だね……」

連夜「と言っても如月はお前もそれなりに知ってるんじゃないか?」

虹川「まぁ赤槻出身者はそれなりに親交あったからな」

連夜「如月は見ての通り華奢な体だが、技術でそれをカバーするタイプだ」

虹川「そうだな」

連夜「あいつのプレーは見れば凄いと思うだろうが、実際はあの体や体力で判断され使われるまでにいかない…… 現に高校時代、レギュラーをとったのは公式戦では三年の夏だけだしな」

虹川「確かに……それも正遊撃手だった岡村が足をケガしたからだろ?」

連夜「そうみたいだな。俺があいつのプレーを初めて見たのは二年の朝里の大会だが…… 鳥肌が立ったよ。あいつの守備を見てな」

虹川「けど如月は体は大きい方じゃない。特別身体能力が高いわけでもないしな」

連夜「そう。監督としては使うならお前が挙げた二点が高いものを優先して使われがちだ。 だから俺はあいつに目をつけた」

虹川「この賭け試合を通して如月の実力を監督に知らせるために!」

連夜「そうだ。他の大学への光星の戦力層アピール以外の狙いはそこだ」

虹川「なるほどな……じゃあ他のやつらも?」

連夜「亨介……佐々木はまぁ高校時代もだけど俺に色々と協力してくれてるからかな。 まぁプレイスタイル的に如月と似てるっていうのも確かにあったが」


キィーンッ


 如月もヒットで続き、無死三塁一塁のチャンスに打席には三番藤浜。


虹川「お前、さっき上戸さんは予想外って言ってたけど藤浜さんはどうなんだよ?」

連夜「藤浜さんは八代さんに頼んで入れてもらった」

虹川「へ?」

連夜「あの人も桜坂先輩や谷澤という二枚看板がいてスタメンを張れなかった人だ。 元々の実力は当然谷澤以上だっつーのによ」

虹川「ってことは何、藤浜さんのこと知ってたの?」

連夜「まぁ、その辺は八代さんに心当たりを聞いて連れてきてもらったって感じだけどな」


カキーンッ!


キィーンッ!


 藤浜、鞘師の連続タイムリーで初回に先制点を挙げる。  更にその二人をランナーに置き、五番上戸。


虹川「で、上戸さんは予想外ってどういうこと?」

連夜「そのまんまの意味。いると思わなかった」

虹川「お前……」

連夜「その証拠にポジションがおかしいだろ?」

虹川「あん?」

連夜「外野が四人になってて、鞘師に一塁にまわってもらってるだろ? 俺、本来一塁には別のやつを入れる予定だった」

虹川「ふ〜ん……なるほどね。でもさ、誰だか分からないけど誘えば良かったじゃん。 人数は多いに越したことはないだろ」

連夜「うん、そう思って誘ったけど断られた」

虹川「上戸さんいなかったら一塁抜きかよ!」

連夜「バカかお前? 鞘師を一塁にして八代さんと佐々木で外野守ってもらうよ」

虹川「(上戸さんがいてくれてほんと良かった……)」


パッキーンッ!


 その上戸の一発がさく裂。  光星大学、初回に集中打で五点を奪う猛攻を見せた。


虹川「で、神木はどうなん? あいつ、身体能力普通に高いだろ」

連夜「まぁな。だけど神木もどっちかというと藤浜さんと一緒かな。それに帝王での出来事が 神木に積極性を奪っているようだったし」

虹川「……ん? お前、帝王で起きたこと知ってんの?」

連夜「あぁ、帝王に知り合いいてね。昨年の夏に会った時に聞いたんだ」

虹川「なるほどね」

連夜「そういうお前も知ってるようだが?」

虹川「神木を誘う時に聞いた」

連夜「へ〜、あいつ喋ったんだ」

虹川「今の聞いたのを全てまとめると藤浜さん、如月、神木、佐々木は今後、光星の戦力に なるという監督へのアピールも兼ねてたってわけね」

連夜「何回も言ったけどその通り」

虹川「俺や八代さん、鞘師は?」

連夜「八代さんと鞘師は戦力。最悪この二人いれば点は入るっぽかったし」

虹川「俺は?」

連夜「人数合わせ」

虹川「はっ!?」

連夜「冗談、冗談。お前さ、向江達馬って知ってるだろ?」

虹川「えっ!? あ、あぁ……」


 いきなり思ってもいない後輩の名前が出て驚いた。  何よりなぜ連夜が知っているのか、それが不思議だった。


連夜「あれ、その反応……向江がどこの高校進学したか知らないんだ」

虹川「詳しくはな。野球部がないところに進学したって聞いたし」

連夜「はっ?」

虹川「え?」

連夜「向江は俺の高校の後輩だ。桜花学院に進学したんだよ」

虹川「な、なにぃっ!?」

連夜「マジで知らなかったんかい……」

虹川「いや、元女子校って聞いていたからさ。てっきり野球部がないところかと思って」

連夜「お前ね、野球部創立二年で甲子園出場、そして三年目で二季連続出場の快挙を 達成した高校だぞ? それなりに取り上げられたんだけど」

虹川「いや、お前の高校は知ってるよ。でもまさかそことは思わなかったんだよ」

連夜「まぁ、俺らが三年の大会も人数が増えてケガ持ちの向江はベンチから外れたからな。 仕方ないと言えば仕方ないか」

虹川「そっか……達馬、野球やってるんだ」

連夜「今、ピッチャーとして復活するために頑張ってるよ」

虹川「…………え?」

連夜「向江が言ってた。『投手としてまた投げれるようになって受けてほしい人がいる』ってな。 その時にお前の名前を聞いてたんだ。だからお前を仲間に引き入れた」

虹川「あいつ……またピッチャーとして投げれるのか?」

連夜「それは努力次第。だけど頑張ってるぜ」

虹川「そっか…………ん?」

連夜「今度は何だよ?」

虹川「お前、最初は俺をキャッチャーとして引きいれたんじゃね?」

連夜「そうだよ」

虹川「でも本職は内野手だって聞いて驚いたと」

連夜「あ、いやお前が内野手なのは聞いてたよ」

虹川「あん?」

連夜「向江がお前に受けてほしいって言ってたし、お前が理由は分からないけど 捕手に憧れてる時期があったって言うからな。はなっからお前にやらせるつもりだった」

虹川「……普通の捕手を仲間にした方が何倍も早くないか?」

連夜「そこが問題でな。実力的に半端者しかいなかったというのもあるが……」

虹川「(もう少し言い方があるだろ……)」

連夜「藤原や鴻池の野郎が早い段階でキャッチャーとしてアピールしやがって元々少なかった志望者が コンバート志願して本当に数えるぐらいしかいなくなったんだよ」

虹川「あーなるほど」

連夜「ったく鴻池は肩に爆弾持ってるっつーのに……」

虹川「え、そうなん?」

連夜「そうだよ。その鴻池に盗塁刺されてた虹川くん」

虹川「何で知ってんだよ……」

連夜「練習中あますところなくチェックはしてたからな」

虹川「(こいつ、普段は自分は関係ありませんよって顔してるくせに……)」

連夜「ま、というわけでお前に白羽の矢が立てられたわけ」

虹川「そういやお前、皆河たち誘ってたよな? 藤原や鴻池が仲間になったら俺はどうだったの?」

連夜「まぁ仲間になるとは思ってなかったけど、なったらキャッチャーはやらせてないよ」

虹川「ふ〜ん……つまり何もかもお前の思い通りってわけか」

連夜「まぁな。ただね、予想外がないわけでもないよ」

虹川「ん?」

連夜「全試合投げなくても良くなったこと、かな」

虹川「……午後、どうする気だ? その肩じゃ……」

連夜「とりあえず痛み止め打ってどうかなって感じかな」

虹川「いざとなれば降りろよ。俺らは監督との勝負、どうでもいいって思ってるから」

連夜「……分かったよ」


 それから二人はあまり口を開かず、試合を見ることに集中した。


…………*


   試合は初回に挙げた五点を皆河の快投で守っており、完全に光星ペース。  中盤には追加点を挙げ、大量得点差で九回……


皆河「それよっ!」


ズッバーンッ!


審判『ストライクッ! バッターアウトッ!』


皆河「はい、終わりっと」


 前年の新人戦で負けた相手に一年主体の光星が完封勝ちを収めた。  皆河の投球は当然見事だったが、新人戦に抑えられた投手から八点を奪った  打撃陣もまた見事と言えるだろう。


八代「いや〜、よく点とれたねぇ。あんだけ苦しめられたのに」


 新人戦の時、出場していたのは八代のみ。  ある意味、初見でかつ一年主体でなめていた相手の足元を掬った結果かもしれない。


皆河「よぉ、投げ切ったぜ」

連夜「……ナイスピッチング」

皆河「午後、どうしても投げるのかい?」

連夜「あぁ。痛み止め、今日の試合分もらってるしな。使わなきゃ勿体ないだろ」

鴻池「……無理はするなよ」

連夜「誰に言ってんの?」

鴻池「はぁ……お前、案外賢くないよな」

皆河「ハッキリ、バカって言った方がこいつのためだぞ」

虹川「同感だな」

連夜「お前ら……」


 午前の試合、皆河の助けも借りて快勝した光星大学。  いよいよ最後の試合となったが満身創痍は連夜に加え、慣れないポジションについてきた虹川や  そのバックアップをしてきた野手陣にも疲れが見えてきた。


シュッ!


ズッバァンッ!


連夜「……よし!」

虹川「何言っても無駄だろうけど、試合前に一つだけ言っていいか?」

連夜「ん?」

虹川「やっぱり俺、お前のやり方や考え方はわからねぇや」

連夜「………………」

虹川「だから試合で限界を感じたら本気で止めにいく。覚悟しとけ」

連夜「……ふふっ、それはまた新しい忠告の仕方だな」

虹川「勝とうぜ」

連夜「あぁ」


 いざ最後の試合へ……果たして試合の結末はどうなるのだろうか?



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