キーンコーンカーンコーン


虹川「おっしゃ、終わりィッ!」

同級生「お、おいっ!? そんな急いでどこいくんだよ!?」

虹川「あっ? ちょっと野暮用だ! 止めるなマツ!」

マツ?「誰がマツだよ! 部活は!?」

虹川「出るよ! それまでには戻る!」


ガラァッ!


柄峰「あいつ、最近あーなんだよね」

マツ?「何なんだが……ってどうでもいいけど、何でお前は初登場なのに台詞名ついてんの?」

柄峰「気にすんなよ、マツ」

マツ?「だからマツじゃねーって! 俺の名前は――」


 虹川は夏休み明け、決まって六限目が終わってすぐ教室を飛び出していた。  理由は単純明快、夏休みに出会った子に会うためだ。  火と木だけだが五日のうち二日もあれば誰だっておかしいと思うだろう。


虹川「ハァ……ハァ……まだ来てないのかな?」


 学校から病院までは走って二十分くらいのところ。  近いのか遠いのかやや判断に困るぐらいの距離だが  一応現役の野球部員にとってはわけない距離と言える。


スーツの男「………………」

虹川「(……ん? 何だ、あの人、ずっとこっち見てるけど……)」


 いつも待ち合わせは再会した花壇のあるところとしている。  芝生があり、大きな木もあり日陰にもなり涼むには絶好の場所だ。


スーツの男「………………」

虹川「(……気のせいだよな……?)」


 もちろん直視できず、近くにあるベンチに座りながら脇見や神経を研ぎ澄ませ、男を意識する。  自分の過剰な思いだったらいいのだが……  そう思っているとこっちに向かって歩き出した。


虹川「(うわわ……通り過ぎますように……!)」


 そんな虹川の願いとは裏腹に思いっきり目の前で立ち止まった。


スーツの男「虹川様ですね?」


 しかも思いっきり話しかけられた。  この時点で頭が真っ白になったが……すぐに現実に戻された。


虹川「そ、そうですけど何で俺の名前を?」

スーツの男「お話があります。着いてきてもらえませんか?」

虹川「え? えっと……あなたは?」

スーツの男「これは申し訳ありません。わたくしは美穂子様の執事である椎名と申します」

虹川「はぁ……」


 執事なんて漫画の世界だけだと思っていたが目の前の男は  確かにそのイメージで作られた執事像に当てはまっていた。


執事「改めて美穂子様とのことでお話があります。来ていただけませんか?」

虹川「今日、美穂子ちゃんは来てないんですか?」

執事「いえ、普通にいらしています。虹川様をお家にご招待するということで先に行ってもらうことになってます」

虹川「(なってるって……)」

執事「わたくしたちにとっても、あなたにとっても、美穂子様にとっても大事なことです。もちろん虹川様にも都合があると思いますが……」

虹川「いえ、大丈夫です。行きましょう」

執事「ありがとうございます。ではこちらへどうぞ」


 執事に案内され、人生二度目のリムジンに乗車した。  それから飲み物などをサービスされながら、走ること三十分ぐらいで車が停車した。


執事「虹川様、お着きになりました」

虹川「あ、はい。ところで話があるとのことでしたが病院でも良かったんじゃないですか?」


 家に着いてから言うことではないが病院で話しかけられてから今まで頭が真っ白だった。  ようやく落ち着き頭が動き出したというところだろう。


執事「わたくしが話があるわけではございません。ご当主がお呼びされた次第です」

虹川「ご当主……って?」

執事「簡単に言ってしまえば美穂子様のお父上ですね」

虹川「えぇっ!? な、何で!?」

執事「それはわたくしからは言えませんし、分かりません。直接お話しください」

虹川「怒られるわけじゃないかな?」

執事「さぁ? わたくしは何とも……」

虹川「………………」


 執事の含み笑いが一層、虹川に不安を与えつつ、案内され敷地内を進んでいく。  歩くこと十分、ようやく家の入口に着くという広さだ。  虹川はなぜこんなところにいるのか、根本的な疑問を抱くほどだった。


コンコンッ


執事「椎名です。虹川様を連れて参りました」


 中から入れ、という言葉が聞こえると共に扉が開いた。  両サイドにいる椎名と名乗る執事を同じ格好の男性二人が虹川が入った瞬間、同時に頭を下げてきた。  まさに虹川にとっては漫画の世界の光景がそのまま繰り広げられていた。


??「椎名、お疲れ様。虹川くん、わざわざすまないね。私は千葉成仁だ。美穂子がいつもお世話になっているようだね」

虹川「あ、いえそんなことはないです」

??「ふふっ、美穂子が言っていた通り、優しそうな方ね」

虹川「えっと初めまして、虹川和幸です。話というのは?」

成仁「そう焦るな。私たちは君とひとまず話してみたかった、それが大前提だ」

虹川「はぁ……」

??「あ、あたしはまだ挨拶してなかったわね。あたしは亜紗子、千葉亜紗子よ。よろしくね」

虹川「あ、よろしくお願いします」

成仁「和幸くんは確か高校生だったね?」

虹川「はい。大允規高校に通っています」

成仁「部活は何かやっているのかね?」

虹川「あ、野球をやってます」

成仁「おぉ、いいな。ファンチームとかあるのかね?」

虹川「ん〜そうですね。やっぱり一番最初に知ったってこともあって巨人は好きですね」

成仁「なるほど。私も巨人は好きだよ。強い時代も知っているしな」

亜紗子「年齢がバレますよ」

成仁「別に隠したって仕方ないだろ」


 成仁の豪快な笑いが部屋に鳴り響く。その横で亜紗子も微笑んでいるが  その二人を前に虹川は冷や汗をかき続けていた。  そんな虹川を後ろから見て内心笑っていた執事の椎名が助け舟を出した。


執事「成仁様、亜紗子様、そろそろ本題に入られてはいかがでしょう? 虹川様のことは美穂子様から毎日聞かされているでしょう? それに虹川様だってお忙しい身。今も部活動の練習時間を割いて来て頂いているのですから」

虹川「(知ってて連れて来たのか、この人……)」

成仁「おっとそうだな、すまんすまん」


 笑っていた成仁が執事の椎名の言葉で真面目な顔に変わった。


成仁「和幸くん、これから言うことは他言しないでほしい」

虹川「は、はい」

成仁「美穂子がなぜ、病院に通っているか知っているかね?」

虹川「いえ……美穂子ちゃ……いや、美穂子さんも言いませんし、あえて聞かないようにしてました」

成仁「そうか……まぁ聞かれても美穂子も中々答えられないだろう」

亜紗子「あたしたちにも明確な答えを言えないものね」

虹川「それって……どういうことですか?」

成仁「美穂子が原因不明の不治の病にかかっている。先天性のな」

虹川「先天性……生まれつきってことですか」

成仁「そう。体の筋肉が自然と衰えていくと言ったら良いのかな?」

虹川「え?」

亜紗子「いつ体が動かなくなってもおかしくないそうよ。最初は身体を動かす筋肉から…… そして動けなくなったら臓器にもダメージがいくと言われています」

虹川「そ、そんな……美穂子さんは分かっているんですか?」

成仁「一応、大人だからな。一通りは教えてある」

虹川「えっと……すいません、空気が読めない質問するんですけど」

成仁「何かね?」

虹川「美穂子さんって何歳なんですか?」

成仁「………………」

亜紗子「………………」


 虹川が聞いた瞬間、成仁と亜紗子の表情が崩れた。  亜紗子に至っては口元をハンカチで覆い、完全に笑いを堪えていた。  後ろからもクスクスと笑い声が聞こえてくるが、これは完全に椎名だろうと察しついた。


成仁「ちなみに和幸くんはいくつだと思っていたのかね?」


 声には出していないが目が完全に笑っている成仁から逆に質問された。


虹川「えっと……正直年下かなっと……なので十六歳以下だと思ってました」

成仁「くっくっく……そうか。美穂子はな二十歳だよ。法律上は立派な成人だ」

虹川「――!?」

執事「虹川様、確か美穂子様のこと、ちゃん付けで呼ばれてましたね」

虹川「年齢は聞かなかったし……確かに勝手に決めつけてはいたけど……」

亜紗子「まぁ、あの子も別にそこは何にも言ってませんよ。子供っぽいのも事実ですし」

虹川「やっぱり病気っていうのもあるんですか?」

成仁「成長の度合いというか、確かに人よりは遅かったりするが、まぁこいつを見て分かる通り血筋でもある」

亜紗子「あら、どういう意味ですか?」

成仁「オホン! ま、まぁそういうことだ」

虹川「………………」


 何となく血筋と言うのも分かってしまう虹川だった。  そしてまだここで執事の椎名が横から軌道を修正し、本題へ入る


成仁「美穂子も病気に対しては諦めすら抱いていた。表向きには笑っていたが、心で泣いていた。 私にはそう見えていた。つい最近まではな」

虹川「最近まで?」

成仁「ある日、突然嬉しそうな顔をして帰ってきた。美穂子の心からの笑顔を久々に見た気がしたよ」

亜紗子「聞けば友達が出来たって言うのよ。次、会う約束までしたって次の病院の日を楽しみになるようになった」

虹川「それって……」

成仁「そう、君と出会ってからだよ。君と出会って、あの子は大分変わった」

虹川「………………」

成仁「正直、医者の話では美穂子はもう長くはない」

虹川「なっ――!?」

成仁「あくまで普通に暮らせるという意味でだがな。体が大人になるのを境に病気が進行しやすく 歩けなくなるのも時間の問題らしい」

虹川「そう……なんですか……」

成仁「それを踏まえた上で和幸くんのお願いがある」

虹川「は、はい?」

成仁「残り少ない時間……あの子の……美穂子の傍にいてやってくれないか?」

虹川「え?」

成仁「これは君の気持ちを一切考えていない、私たちのエゴだということは分かっている……! だが、私たちはあの子に僅かでいい、幸せを感じて欲しいんだ!」

虹川「………………」


 成仁は一目見たときから威厳や風格を持ち、笑っていても言葉一つ一つに  重みを持つ人だという印象を受けていた。  そんな成仁が今、この瞬間一人の父親の姿に変わったように感じていた。


亜紗子「和幸くん、勝手なお願いだということは分かってるわ。でも……」

成仁「……和幸くん、どうだろう?」

虹川「……そうですね……」


 そう口にしてから、虹川は顔を落とし口を噤んだ。  少しの間、沈黙が部屋を支配した。  そして虹川は顔を上げ、成仁たちに背を向け部屋の出口に向かって歩き出した。


執事「虹川様、どこへ!?」

虹川「お断りですよ」

成仁「――!」


 虹川の言葉は沈黙を破るには少し刺激が強すぎた。  今度は誰もが口を開こうとして、言葉が出ない……そんな沈黙が部屋を支配していた……







四章−試合『天翔る者、地を這う者』


練  習  試  合
先   攻 後   攻
光  星  大  学 VS 神  緑  大  学
3年CF八   代 陽   原 1B3年
1年SS如   月 大   山2B 3年
1年1B鞘   師 鳥   谷RF3年
2年RF上   戸 岩   瀬DH3年
3年3B藤   浜 楽   留 3年
1年DH皆   河 水   木CF3年
1年2B神   木 利   剣LF3年
1年LF佐 々 木 土   澤SS 3年
1年虹   川 畑   山3B3年
1年  漣   一 文 字 3年


連夜「最後……だな」

虹川「肩は?」

連夜「今のところ、大丈夫」

??「よぉ、漣っつったっけ」

連夜「……あなたは?」

虹川「バッ! うちのエース、沢村さんだよ!」

連夜「あぁ、あなたが……」

沢村「昨日はスタンドで見させてもらったがいいピッチングするね。今日は間近で見させてもらうよ」

連夜「ふふっ、そんなんじゃないですけどね」

沢村「謙遜することはない。君には投手の素質がある。俺も君と同じだからな」

連夜「え?」

沢村「俺も高校時代は捕手で、大学から投手にコンバートしたんだ」

連夜「――!」

沢村「まぁ、今日ベンチに入れてもらったのはそれだけが理由じゃないけど……」

連夜「…………?」

??「さわむらぁ〜! ここで会ったが三日ぶり! 絶対負けないぞ!」

沢村「来たな、八神」

八神「今日、お前は投げるのか?」

沢村「投げねーと思う」

八神「なんだと?」

沢村「そういうお前は投げんのかよ?」

八神「あったりまえだ! 一文字、俺、菊咲で三イニングリレーだ!」

沢村「だってよ。勝負は四〜六イニング目だな」

連夜「は、はぁ……」

虹川「(今のって結構重要な……)」


バキィッ


陽原「アホか、お前は」

大山「けっけ、八神は基本考えなしだからな」

八神「な、なにをする!」

陽原「はいはい、戻るぞ」

大山「じゃ沢村、良い勝負しような。けけっ」

沢村「あいよ」


 暴れる八神を陽原と大山が引きずってベンチへと戻っていった。


虹川「今のは?」

沢村「八神っていうのは高校が一緒なんだ。ま、昔からの幼馴染なんだけど」

連夜「あ、そうなんですか」

沢村「あいつも高校野球の時、肩や肘を痛めて満身創痍で投げてた」

連夜「そうなんですか……でもあの人、さっき投げるって言ってましたよ?」

沢村「あぁ、八神は高校時代右投げだった。そして爆弾を爆発させてしまった」

連夜「……………」

沢村「でもあいつは大学で左投げとして……そう、利き腕を変えてまで努力し、そして投手として復活した」

連夜「――えっ!?」

沢村「あいつは元々左利きだったつーのもある。ま、理由はどうあれ、人間努力すりゃ何だって出来るもんなのよ」

連夜「………………」

沢村「ま、どうやらあいつらは三年中心みたいだな。三年といえどレギュラークラスだ。気を引き締めろよ」

連夜&虹川「はい!」


 こうして最後の試合、神緑戦が始まった。  なお、神緑サイドの申し出によりこの試合はDH制での試合となった。  そのため急きょ、皆河がDHとして出場することになった。


皆河「いや〜、途中で漣が倒れてもいいように裏で用意してようと思ったんだけどな」

虹川「ところで、バッティング良いのか?」

皆河「何それ? 頼んどいて、そりゃないだろ」

虹川「いや、六番に入れてるしどうなんだろうっと思ってな」

佐々木「ま、普通に見て俺とかよりは普通に頼りになるぜ」

皆河「いやいや、俺は佐々木の代わりにはなれねぇよ」

連夜「ま、俺が打線に入るよりは厚みは増すだろ」

皆河「今のお前より役に立たんやつはいねぇよ」

虹川「………………」


 神緑の先発は三年の一文字。世間で騒がれている黄金世代の一人で  すでに大学ナンバーワン右腕と言われている。


八代「うし、来い!」


ビシュッ


ズッバァンッ!


八代「……相変わらずえげつない球だぜ」


 その最大の武器はサイドハンドから繰り出されるストレート。


クククンッ


ガキッ


八代「キュッ!?」


 更に切れ味抜群のシンカ―も持つ。  そのシンカ―を引っ掛けショートゴロ。


如月「やっぱ前評判も一定のレベルまで行くとアテになるね」

一文字「………………」

如月「(嫌なんだよな、この手のタイプは……)」


 如月は打撃も守備も抜群のセンスを持ち、技術面は人よりはるかに優れている。  だが、自身の身体能力はそれほどでもない。


ズッバァンッ


如月「………………」


 変化球をカットするという点ではバットコントロールを要求されるが  ストレートをカットするには速ければ速いほど、スイングスピードも要求される。  如月は鞘師などに比べれば、スイングスピードって点では劣っていた。


ズッバァンッ!


如月「…………チッ」


 途中で挟んだ変化球をカットするも、最後はストレートを放られ空振り三振。


鞘師「珍しいですね」

如月「速いな。速いし、余計速く見える」

鞘師「なるほど。厄介な投手のようですね」


 二死で打席にはこの試合、三番に入っている鞘師が打席に向かう。  鞘師の打順を上げた理由は単純にまわってくる打席数を増やすため。  八代、如月の出塁率が高いコンビでランナーがいる時に確実に回すためだ。


連夜「ま、初回は上手く行かなかったわけだけどな」」

虹川「そういうこというなよ」


キィーンッ!


虹川「おっ?」


シュタタタッ


パシッ


大山「けけっ」


シュッ


鞘師「……堅いですね」


 一、二塁間への鋭い打球だったがセカンド大山が素早い動きで回り込み捕球。  そのまま一塁に送球してスリーアウトチェンジ。初回の攻撃は三者凡退に終わった。


皆河「俺の力が借りたきゃいつでもどうぞ」

連夜「そうだな。んじゃ、試合が終わってから病院の手配でもしてもらおっか」

虹川「シャレになってねぇよ」


 一回の裏、神緑の攻撃。  トップバッターの陽原が左打席に入る。


陽原「ふぅ。行くぜ」

連夜「(この人、ファースト守ってた気が……)」

虹川「(体格的にも強打のトップってわけでもなさそうだが……)」

連夜「(こういうとき、様子見出来るボールないって厳しいよな)」

虹川「(自分で言うなよ)」


キィーンッ


 初球のストレートを打ち返され、センター前ヒット。  先頭の陽原がヒットで出塁する。


虹川「(シャープなバッティングするなぁ)」

連夜「(俺は東芝が良いな)」

虹川「(知らんわ。意味違うし)」


ズダッ


虹川「んなっ!?」


ズシャアァッ


陽原「不用心過ぎるぜ、バッテリー」

神木「(速いな……この人……)」


 完璧に盗まれ、初球スチールを決められる。


連夜「(ん〜ポジションに騙されたけど、純粋に俊足好打の一番みたいだな)」

虹川「(次はもっと警戒した方がいいな)」


カツッ


大山「けけっ」

虹川「ボール、一つ!」

連夜「あいよ」


 二番大山がきっちりと送りバントを決め、一死三塁。  ここで神緑はクリンナップを迎える。まずは三番鳥谷。


鳥谷「………………」

虹川「(素直な構えか……三番なら好打者が普通か)」


 対戦経験のある藤浜や八代からある程度、情報はもらっていても  藤浜たちも主に現四年などのレギュラークラスが中心であり、打者は特に情報不足だった。


ビシュッ


カァァンッ!


連夜「ギャッ!?」


パシッ!


如月「……チッ」

陽原「危ねぇ……」


 快音を残した打球は三遊間への鋭い当たり。  前進守備の如月のクラブにすっぽりと収まった。


連夜「ナイス」

如月「上手い人はあそこは三遊間に運ぶだろうからな。予想したような選手で良かったよ」


 三塁ランナー陽原はすぐに三塁に戻り、二死三塁。  まだチャンスは続き、打席には四番岩瀬。


虹川「(体格いい人だな……見たまま長距離バッターだろうな)」

連夜「(真っ向勝負させてくれる?)」

虹川「(初球内角のストレートか……ま、俺がとやかく言える立場じゃねーか)」

連夜「(サンキュ)」


ビシュッ!


岩瀬「むっ!?」


ズバァンッ!


連夜「……へへっ」

岩瀬「……面白い……!」


 この試合、幾度となく迎える四番との対決。  連夜対岩瀬、その第一ラウンド。


連夜「しっ!」


ビシュッ!


岩瀬「おらぁっ!」


キィーンッ!


バシッ


藤浜「よし」

岩瀬「くぅ……」

連夜「藤浜さん!」


 サードへの痛烈な打球、ワンバウンドで藤浜が軽快に捌き一塁へ転送。  先頭バッターを塁に出し、三塁まで進まれるもクリンナップ二人を抑え、結果無失点に。


連夜「しかし、流石だな……」

虹川「越智さんといい、一流どころはあれを詰まらず打つもんな」

連夜「まぁいい。あれを一打席目で打てる実力がある。それが分かったのも収穫って言えるんだぜ」

虹川「どんな情報でも、キャッチャーにとってはプラスな情報ってか?」

連夜「生かすも殺すもお前次第だ」


…………*


 二回は光星は三者凡退、神緑は六番水木がヒットで出るも、後続を断たれお互い無得点。  三回の表、光星の攻撃は七番の神木から。


ズッバーンッ!


神木「ッ……」


ググッ


ガキッ


佐々木「あぁ……」


 しかし一文字の前にあっという間にツーアウトとなってしまう。


虹川「右左関係なしだな」

連夜「三回でマウンド降りるなら次で良いんじゃね?」

虹川「やる気削ぐようなこと言わないように」


 二死ランナーなし、打席にはラストバッターの虹川が入る。  キャッチャーを守っているが元々は内野手。  そして足には自信があり、二死からチャンスも広げられるバッターだ。


虹川「(投手が代わるなら尚更、終われるかよ。一矢報いてやる)」

一文字「(ふ〜ん……いい眼してるな)」


シュッ!


カキーンッ!


虹川「抜けろッ!」


ビシッ!


畑山「どわっ、しまった!」

土澤「落ち着け。まだ間に合うぞ」


ズダダダッ!


畑山「は、はえっ!」


シュッ!


ズダッ


一塁審『セーフッ!』


虹川「セーフッ!」

陽原「チィッ」


 両手を広げながらセーフをアピールした虹川とほぼ同時に一塁審の両手も開いた。  サード畑山の送球が短く、伸びきっての捕球分、足が離れてしまった。


一文字「いつになったらその焦る癖治るんだ!?」

陽原「少しは俺(ファースト)の立場になれや!」

畑山「すんません、ほんとすんません」

大山「足も速いわけだし、もう外野に行ったら? けけっ」

一文字「うちの外野陣は鉄壁だしな。あえて畑山を外野に運ぶメリットもない」

陽原「うむ……つまり、お前はいらんってことだな」

畑山「酷っ!」

土澤「まぁ、ドンマイ。二死だしここで切ろうぜ」


 しかし野球に置いて、一つの能力が優れているということはそれだけで武器になる。  他のスポーツ以上にはオールラウンドを問われるスポーツではないからだ。


ズダッ!


一文字「――!」

楽留「初球からキャッチャーがスタートだと!?」


シュッ!


 虹川の予想外のスタートが一文字のリリースをわずかに狂わせる。


八代「てぃりゃ!」


ピキィンッ!


三塁審『フェア! フェア!』


 そしてそのわずかは八代ほどのバッターになれば安易にヒットゾーンへ運べる。  打球はサードの頭上を越え、レフト線に入る長打コース。  左打者特有のスライスがかかり、レフトのファールゾーンに打球が転がる。


ズダダダダッ!


ズダッ


畑山「ランナーいったぞ!」

土澤「このっ!」


ビシュッ!


 スタートを切っていた虹川が一塁から一気にホームを狙い……


ズシャアァッ!


主審『セーフッ!』


虹川「よっしゃあ!」

如月「ナイスラン!」


パチンッ


 そして生還。三回の表、相手のエラーと八代の長打で光星が一点を先制した。


ズバァンッ!


主審『……ボールッ! フォアボール』


一文字「チッ!」

如月「おっと?」


 更に二番如月がフォアボールで出塁し、チャンスを広げる。  好投手一文字が見せた、唯一の綻び。


鞘師「(思ったより崩れやすいですね)」

楽留「………………」

一文字「ふぅ……」

鞘師「(……って決めつけるのは良くないですね)」


ビシュッ!


ズバァァンッ!


主審『ストライクッ!』


一文字「………………」

鞘師「(流石……ですね)」


 どんなに好投手だって、一試合で全て完璧なわけではない。  優れた投手ほど自分で微調整が出来る。  やはり一文字は世間が、プロのスカウトが評価するに値する投手だった。


クククンッ!


ガキィッ


鞘師「………………」

大山「けけっ」


 鞘師のバットはシンカ―を捉えきれず、平凡なセカンドゴロ。  更なる追加点の場面だったが、いずれにせよ光星は一点を先制した。


虹川「先制はしたけど、守ろうって気にならなくていいぞ」

上戸「そうそう。いくらでも点とってやるからさ」

連夜「えぇ、お願いしますね」


 三回の裏、神緑の攻撃は九番の畑山から。  自身のエラーが得点に結びついてしまったとあって気合が入っていた。


シュッ!


ガキィンッ


畑山「あ――ッ!」


 緩急が使えるわけでもない。だが打ち気に逸る打者を牛耳るのは  連夜の投手としてのスキルでもあった。


如月「ほれよ」


 どんなに俊足な選手でも内野手が普通に捌けばまず間に合わない。  ショートへの平凡なゴロを如月は確実に捌きワンアウト。


連夜「(次は問題だな……)」

陽原「よぉ、キャッチャーくん」

虹川「は、はい?」

陽原「君、いい足してるねぇ。足が速いってことは野球ではそれだけで武器になるもんだ」

虹川「は、はぁ……」

陽原「だけど、もう少し上のレベルに行くには違うところも磨かなきゃいけないね」


ビシュッ!


カァンッ


ビシュッ!


ズバァンッ


主審『ボールッ!』


連夜「なっ!?」

虹川「(際どい……)」

陽原「ふっふ〜ん♪」

虹川「(この人、凄い選球眼がいいな。ポジションさえ抜けば理想のリードオフマンってことか)」


ズバァンッ!


連夜「チッ!」


主審『ボール、フォア』


陽原「毎度!」


 投げた瞬間、連夜は振り向きマウンドを蹴り上げた。  際どいところはカットし、きっちりとボールを見極め陽原がフォアボールで出塁。


大山「けっけ。今日は一番の仕事に徹してるんだねぇ」

鳥谷「珍しいこともあるんですね」

大山「んじゃ、俺もいつも通り仕事するよ。けけっ」


 一死一塁、一打席目に盗塁も決めている俊足陽原を塁に置き、二番の大山が右打席に入る。


陽原「ほれほれ、リーリーリー!」

連夜「(大きいリードだが、俺の牽制で刺せるわけないだろうし……)」


シュッ


陽原「おっと」

鞘師「(パシッ)


 試しに牽制をしてみるも、陽原は悠々帰塁。  鞘師も受け取るだけでタッチする行為をせずに、連夜に返球する。


虹川「(幸いワンアウトだしバッターオンリーで行こうぜ。走らせてもバントされたと思えるし)」

連夜「(だな。そうしよう)」


ズダッ


連夜「だからって易々と走られるのもなぁ」


シュッ!


大山「けっけっ」


キィーンッ


連夜「ゲッ!?」

虹川「エンドラン!?」


 ほぼ確実に決まりそうな盗塁をしてから攻撃に移ると  思っていたバッテリーはこれには驚いた。


ダッ


神木「(パシッ)


ズシャアッ


如月「おっ?」

連夜「神木!」

神木「ふぅ、ほらよ」


シュッ


 セカンド神木が一、二塁間を破ろうかという打球に飛びつき捕球。  神木の好守で三塁一塁になるところを二死二塁とピンチを広げずに済んだ。


ズバンッ


主審『ボール、フォアボール』


虹川「おい」

連夜「悪い悪い」


 しかしその甲斐なく、三番鳥谷にはあっさりとフォアボールを与えてしまう。


岩瀬「さ〜てと、追いついておかないとな」

連夜「むしろこの方がスイッチが入れやすい」

虹川「まったく……」


 連夜対岩瀬の第二ラウンド。場面は光星一点リードの二死二塁一塁。


連夜「(一打席目、俺のインコースのストレートを詰まらずに打った。 まだ二打席目だが早い段階で使っておくか)」

虹川「(井東さんを詰まらせたあれか)」


 宣秀の四番バッターとの対決。最後の打席で使ったボールは弟に握りを教わったボールだ。  ストレートと変わらない球速から沈む、対右打者用切り札。


連夜「いくぜ!」


ビシュッ!


グッ!


岩瀬「ふんっ!」


ピキィーンッ!


連夜「な、なにぃっ!?」


 一打席目内角のストレートに詰まらされた岩瀬だが  今度は更に内に僅かに沈んだボールを詰まらされずに鋭い打球を外野へ放つ。


ダァンッ!


佐々木「くのっ!」


 打球はレフトフェンスダイレクト。  佐々木が素早く返球するも、二塁ランナー陽原は俊足を飛ばしてホームイン。  更に一塁ランナー鳥谷もホームを狙う。


如月「……無理か」


ズシャアッ


 鳥谷も一塁から長躯ホームイン。  陽原に負けず劣らずの足を見せた。


岩瀬「どーでい?」

連夜「……チッ、甘かったな」

虹川「ドンマイ。流石は四番だな」

如月「ま、ここで切ってもらえれば全然楽勝だろ」

連夜「あぁ、了解」


 続く楽留にも会心の当たりを打たれるも、センター八代の守備範囲に助けられた。  しかし岩瀬の二点タイムリーツーベースで逆転に成功した。


岩瀬「ん〜、惜しい」

連夜「これで終わりじゃないですからね」

岩瀬「おっ、いいねぇ。そうこなくっちゃ」


…………*


 逆転を許した光星、四回の表の攻撃はこの試合、四番に入っている上戸から。  そして試合前言っていた通り、神緑にも動きがあった。


八神「てりゃあ!」


ビシュッ!


 先発一文字がマウンドを降りて、代わってサウスポーの八神が二番手としてマウンドに上がった。


虹川「おっ、ほんとにピッチャー代わったよ」

連夜「まぁ、練習試合だからな。相手にバレたって予定は変えないだろうけど」

上戸「あの人の特徴は?」

藤浜「俺なんかより、沢村の方がよっぽど詳しいだろ」

沢村「荒れる速球派だな。突っ立っていればホームに歩いて来れるんじゃね?」

虹川「どんだけですか……」

連夜「大学で左に変えたんですよね? それで速球派ですか……」

沢村「まぁ元々左利きだったらしいからな。右ではあいつ、軟投派だったし」

虹川「極端ですね」

藤浜「コントロールにバラつきがあるなら、狙わない手はないな」

上戸「そうですね」


 投球練習を終え、試合再開。  先頭バッターの上戸が右打席に入る。


楽留「(いきなりフォアボールじゃ締まらないし、とりあえず入れて来い)」

八神「(あいよぉ!)」


ビシュッ!


パッキーンッ!


上戸「……あれ?」


 初球、ど真ん中への棒球をいとも簡単にレフトスタンドに放り込む同点弾。  打った上戸も半信半疑でベースを回り始めた。


楽留「お前、何度言ったらその癖直るんだ?」

八神「いや〜、やっぱりコントロール重視って難しいわ」

陽原「でも楽留がいつもフォアボール出すなって指示のとき、HRだよな」

大山「HRじゃ守り関係ないしな。けけっ」

楽留「その通り。余計なことは言わないから、打たれてもいい気持ちで来い」

八神「いや、そういう気持ちだから打たれたんだけどね」

楽留「じゃあ絶対抑える気持ちで投げてください」

八神「お、おう」

畑山「(というかあくまで励ましの言葉であって……)」

土澤「(ピッチャー本人は打たれてもいいって思わないもんじゃ……)」


 二対二の同点に追いつき、まだノーアウト。  打席には俊足好打の五番藤浜が打席に入る。


虹川「選手タイプ的にも藤浜さんが回の実質先頭というのはついてるな」

如月「そうだな。制球難な投手相手にするなら、ここらで逆転しときたいし」


ズバァンッ!


ズバァンッ!


スバァンッ!


ズバァンッ!


主審『ボール、フォア』


藤浜「………………」

楽留「ダメだこりゃ……」


 まったくストライクが入らず、ストレートのフォアボールで歩かせてしまう。  無死一塁となり、打席にはDH制ということで急きょ試合に出ることになった六番皆河。


皆河「よ〜し、俺が漣のために一発打ってやる」

連夜「期待しねぇで待ってるよ」


 ピッチャーながらバッティングも悪くない皆河。野手としてのセンスも十分だ。


八神「てりゃあ!」


ビシュッ!


楽留「(おっ、入ってきた)」

皆河「好球必打!」


ピキィンッ!


皆河「おっし!」

八神「あまーい! ツッチー!」


ダッ


パシッ


皆河「んなっ!?」

土澤「セカンド!」


サッ


大山「けけっ」


シュッ!


一塁審『アウトォッ!』


 ピッチャー右を抜ける痛烈な打球だったが、ショート土澤が打球に追いつきグラブトス。  そのトスを受けた大山が一塁へ転送にダブルプレー。一気にランナーがいなくなった。


皆河「ったく、なんだあのショート。デタラメな守備力だな」

虹川「まったく動きに無駄がなかったな」

如月「………………」


 ランナーはいなくなったが、二死からでもランナーが出れば機動力を使えるメンツが揃ってる。  その一人である、七番神木が右打席に入る。


虹川「おっ? 神木のやつ、右に立ったな」

藤浜「本格的にスイッチになるみたいだな」

連夜「いつから始めてたんだか知らんが、短期間であることは間違いないだろうにな」

虹川「なんでだ?」

連夜「甲子園で神木は右で打ったことないからさ」

鞘師「そうですね。うちとやった時も左の藤真相手に左でしたからね」

虹川「ってことは年単位は経ってないってことか?」

連夜「どんなに見積もってもな。ま、公式戦で試せずにこっそりなら話は別だけど」

如月「どちらにせよ、実戦や試合で試せないんじゃ一緒だろ」

虹川「そ、そうだな……」


キィンッ!


神木「抜けろ!」


パシッ


土澤「(ビシュッ!)


 三遊間への打球、逆シングルで捌き、ノーステップで一塁へ。


陽原「ナイス」


パシッ


一塁審『アウトッ!』


八神「さっすがツッチー!」

土澤「どーも」


 代わったばかりの八神を攻めるも、好守に阻まれ追加点とはならなかった。  しかし上戸の一発で二対二の同点とした。


…………*


 四回の裏、神緑の先頭バッターは左の水木。


キィンッ


ビシッ


鞘師「………………」

神木「(まったく動じてないな……)」


 一塁強襲、記録は鞘師のエラーとなり出塁する。  更に次打者、利剣の打席。送りバントをするが……


コツッ


虹川「セカンッ!」

連夜「オッケーッ!」


ビシュッ!


パシッ


二塁審『セーフッ! セーフッ!』


如月「……は?」


シュッ


一塁審『セーフッ!』


 セカンドの判定がセーフとなり、如月の送球がワンテンポ遅れてしまう。  一応投げるも間に合わず、一塁もセーフ。連夜のフィルダースチョイスとなる。


連夜「今のセーフ?」

神木「今のはアウトでしょ?」


二塁審『いやセーフ』


如月「ま、仕方ないだろ。それより一塁アウトにできなかったのは痛いな」

神木「いや、それはお前が……」

如月「思ってもない言葉が飛んでくりゃ驚くさ」

神木「驚いてたんだ……」


 無死二塁一塁となり、八番土澤は送りバントを決める。  一死三塁二塁と勝ち越しのチャンスを広げ、九番畑山。


連夜「しっ!」


ズバァッ!


主審『ストライクッ! バッターアウトッ!』


畑山「えぇ!?」


 右バッターの膝元、内角低めにストレートが決まり見逃しの三振。  守備でもエラーをした畑山、ベンチ前で八神と岩瀬にボコボコにされていた。


ガキッ


大山「け〜!」

神木「おっしゃ」


 一番陽原を半ば勝負を避けたように歩かせ、満塁となるが  二番大山をセカンドゴロに抑え、このピンチを脱する。


虹川「やるねぇ」

鞘師「まさか無失点とは思いませんでしたね」

如月「微妙な判定でピンチが広がった後を抑えるのはかなり意味があるな」

連夜「何か素直に喜べないな」

藤浜「………………」


 守備で耐えた分、攻撃に転化したい光星、先頭の佐々木がフォアボールで出塁。


佐々木「………………」

楽留「手を抜かんでも一緒じゃねーか」

八神「んだとぉ!? 下位打線だから良いかな、って思って手を抜いたんだい!」

楽留「なにぃっ!?」

土澤「八神……言い訳の仕方が間違ってる」

八神「あ、そう?」

陽原「アホは言いとして、楽留。ここはバントシフトで良いかな?」

楽留「あぁ。一点取ってくるだろう。防ぐぞ」


ビシュッ!


虹川「このっ」


カコーンッ


虹川「ギャッ」

楽留「オーライっと」


 八神の速球に打球を殺すことが出来ず、上げてしまう。  高く上がったため、佐々木は一塁に帰塁するも送ることが出来なかった。


カァ〜ン


八代「あ〜! しまった!」


ガキッ


如月「……チッ」


 その後、後続も呆気なく倒れてしまい、ランナー一塁に残塁、無得点となった。


虹川「悪い!」

連夜「俺に謝ったって仕方ないだろ。ミスはプレーで取り返せ」

虹川「ミスはプレーで……」

鞘師「そうです。謝ってミスが取り戻せるならいくらでも謝りますよ」

虹川「凄く説得力あったね」

連夜「境遇はお前と一緒だしな」

虹川「は?」

如月「慣れないポジションについてるって点だろ?」

虹川「あーなるほどね」

佐々木「それは漣も一緒だろ」

連夜「分かってるよ。俺もやれるだけはやってやる」


…………*


ピキィンッ!


鳥谷「おしっ!」

連夜「くっ……」


 五回の裏、神緑先頭の三番鳥谷が右中間を破るツーベースヒットで出塁。  勝ち越しのチャンスを作り、打席には四番岩瀬。  三回にはインコースのマッスラ(と連夜は呼んでいる)に詰まらされず同点となる二点タイムリーを放っている。


岩瀬「次は勝ち越しタイムリーかな?」

連夜「そう易々と許しませんよ」


 連夜対岩瀬の第三ラウンド。ここまで二打数一安打二打点。内容で言えば岩瀬が勝っているといえる。


虹川「(だがどうすんだ? 初見であの微妙なボール打ち返したんだぞ?)」

連夜「(微妙に曲がるボールだ。微妙なボールって言うな)」

虹川「(今、細かいところつっこむなよ)」

連夜「(まだ岩瀬さん相手にスライダーは使ってない。何とか追い込んで……だな)」

虹川「(その追い込むまでがな……)」

連夜「………………」


ビシュッ!


岩瀬「ふんっ!」


パッキーンッ!


虹川「――!」

連夜「………………」


 完璧に振り抜いた打球はレフトへ大飛球。  しかし打球自体はファールゾーン。所謂、引っ張り過ぎた結果となった。


岩瀬「よぉ、どうした?」

連夜「今ので仕留めれなかった。そのことに後悔してください」

岩瀬「……言ってくれる!」

虹川「(……だけど言うほど力んではいない。挑発に容易く乗るタイプでもなさそうだな…… どうする気なんだ、漣?)」

連夜「………………」

虹川「えっ?」

岩瀬「ん?」

虹川「あ、いや……」


 連夜からのサインに驚き、つい声を上げてしまった。  なんせ、二球目のここで決め球にすると思われていたスライダーを投げると言うのだから。


ビシュッ


クククッ


岩瀬「このっ!」


カァンッ!


 打球は三塁側のファールゾーンへ転がっていった。


岩瀬「(カーブのようなスライダーだな。というか今のはほぼカーブみたいだったな)」

虹川「(今のスライダー……遅かったな……)」


 岩瀬は他のバッターからの情報でスライダーを投げると聞いていた。  一方、いつも受けている虹川も今のスライダーには疑問を抱いていた。  ……そう、いつもと変化が違ったのだ。


連夜「らぁっ!」


ビシュッ!


ズバァンッ!


岩瀬「釣られねぇよ」

虹川「(ほんと、ピクリともしなかったな)」


 三球目、高めの釣り球投じるもまったく見向きもされずに見送られる。  これでカウント、ツーストライクワンボール。  これまでの打席で岩瀬からはまだ空振りを奪えていなかった。


虹川「(いくら野球は三振以外でもアウトがとれるといってもストライクゾーンの見逃しもない。 空振りを奪えてるわけでもない。ましてや初見でインコースの微妙に曲がる球やスライダーを当ててるんだ……)」

連夜「タイム!」


 色々と考えて俯いている虹川を見て、マウンドの連夜がタイムをとりマウンドに呼ぶ。


連夜「あれこれ考え過ぎ」

虹川「だ、だってよ、もう投げるボールが……」

連夜「スライダーを投げる」

虹川「は? だって二球目にもう……」

連夜「お前、気付かなかったか?」

虹川「いや、確かにいつもより遅かったというか……」

連夜「そう。あえて球速を落とした。もはやカーブと言えるぐらいにな」

虹川「……どういうことだ?」

連夜「岩瀬さんに使ったスライダーはその一球。どんなに他の人から情報をもらってようと 自分で見たものこそが正しい情報と思うのが人間ってもんだ」

虹川「………………」

連夜「そこで、今度は通常の俺のスライダーを投げる。球速を上げてな」

虹川「同一変化球による緩急か!」

連夜「そう。帝王の諏訪がこのピッチングをやっていただろ?」

虹川「しかし、そんなことできるのか?」

連夜「いつかの試合に言っただろ。変化程度なら操れるってな」

虹川「いや、そうだけど……」

連夜「任せろよ。ここで抑えなきゃ、流れは完全に向こうにいっちまう」

虹川「……分かった」


 虹川がポジションに戻り試合再開。  セットポジションにつき、二塁ランナーを一度目で牽制する。  そして投じた第四球目。


ビシュッ!


岩瀬「(ストレート……? いや違う!)」


グググッ!


虹川「ゲッ!?」


ブ――ンッ!


ビシッ


虹川「おっと……危ねぇ」


審判『ストライク、スリー!』


 変化が大きかったスライダーを弾いてしまうが、何とかフォローできる程度に留めた。  このボールに岩瀬は空振り。弾いたのは確認し、一応振り逃げということで軽く一塁へ走り出す。


連夜「虹川、一塁」

虹川「あ、そうか」


 落ち着いて一塁に転送し岩瀬はアウトに。  第三ラウンドは連夜が空振り三振を奪った。


岩瀬「くそ……っ!」

陽原「何をそんな悔しがってるんだ?」

大山「ほんと、三振なんていつも通りだろ。けっけー」

岩瀬「やかましい! ただ、何となくあいつとの勝負が楽しいだけだよ」

陽原「まぁ、いい球は投げるな。荒削りだけど」

大山「そういう意味じゃあいつと似てるからじゃね?」


 大山の指差す先には次の回に備えてキャッチボールをする八神がいた。  それに対し陽原と岩瀬もどこか納得するように笑みを浮かべていた。


カァァンッ!


連夜「神木ッ!」

神木「くっ!」


 五番楽留が甘く入ったスライダーを上手く打たれ、ライト前へ。


上戸「てりゃあっ!」


ビシュッ!!!


鳥谷「――! っと……」


 並の外野手ならタイムリーになるところだったがライト上戸の強肩が光り  二塁ランナー鳥谷は三塁を蹴ったところで、急ブレーキ。三塁に帰塁した。


神木「ふぅ、ついてたな」

連夜「後、会心だったしな。少し当たりが弱ければ上戸さんでもどうだったか」

神木「まともに打たれたことを良かったとは思うなよ」

連夜「何事もプラス思考にだよ」

神木「まぁ……ピンチは続いてるんだ、頼むぞ」

連夜「あいよ」


キィーンッ!


鞘師「(バシッ)

楽留「あ……」

鞘師「……ほんと、さっきからついてますねぇ」


 水木の当たりは痛烈だったが、ファースト鞘師の真正面。  一塁ランナーがいるため、ベースについていたことが幸いだった。  当然、ランナーが戻れるはずもなく、鞘師がベースを踏みダブルプレーに。


連夜「運も実力のうちってな」

藤浜「じゃあ、ツキがあるうちに点とろうぜ」

沢村「八神もこの回までだろうしな。頑張れよ」

虹川「………………」


 六回の表、光星の攻撃は三番鞘師から。  過去二打席は共にセカンドゴロに倒れている。


八神「この回までだもんな……うし、しっかり抑えてやる!」


ビッ!


楽留「(おっ? いいボール……)」


ピキィーンッ!


八神「へ?」


 初球、外角に素晴らしいボールがいったが、そのボールを逆らわず左中間へ運ぶ。  鞘師はスタンディングで二塁へ。五回裏の神緑同様、先頭がツーベースで出塁。


藤浜「向こうの四番は三振だった。こっちは頼むぜ」

上戸「わぁお。そんな露骨にプレッシャーかけます?」

藤浜「感じるタイプには見えないがな」

上戸「ふっふっふ、任せてくださいよ」


シュッ!


上戸「おりゃあっ!」


パッキーンッ!


八神「キャ――ッ!」

上戸「むっ……しまった、いい球過ぎて力んでしまった……」


 打球は大きくレフトポールの左側へ逸れていった。


楽留「(飛ばすなぁ。しかし八神とタイミング合うのかな……)」

八神「(さっきも打たれてるし……いかんな。ここで打たれるのはまずい……)」


ビシュッ!


ズバァンッ!


主審『ボールッ、フォア!』


八神「あ……」


 あまりに警戒しすぎて、結局歩かせてしまう。  無死二塁一塁となり、五番藤浜。


藤浜「送るぜ」

皆河「りょーかいっす」

神木「自信あんだな」

皆河「バッティングは嫌いじゃないしね」


コツッ


八神「このぉ!」

楽留「バカッ、無理だ! 一つ一つ!」

八神「チッ!」


 藤浜の送りバントが決まり、一死三塁二塁と勝ち越しのチャンスを作る。  そしてこのチャンスに六番の皆河が左打席に入る。


皆河「このチャンスは生かしてやらないとな」

楽留「(低めに投げろよ。犠牲フライでも一点なんだから)」

八神「(了解)」


ビシュッ


楽留「だから低めって――」


カァァン


皆河「あ〜……まぁ最低限かな」


 真ん中に入ってきたボールを捉え、打球は左中間へ。  センターの水木が左中間のややセンターよりのところで捕球。  三塁ランナー鞘師がタッチアップからホームイン。光星に勝ち越しの一点が入った。


キィーンッ!


八神「ギャッ!?」

神木「っし!」


 更に続く神木が三遊間を破るヒットで三塁一塁とチャンスを広げる。


神木「(やっぱ右だと球筋見やすいな……)」

陽原「よぉ」

神木「あ、どうも」

陽原「お前が元帝王の神木?」

神木「え? あ、はい、そうですけど……」

陽原「ふ〜ん、やっぱあいつが見込んでいただけあっていいバッティングするな」

神木「あいつ?」

陽原「帝王の相川。知ってるだろ?」

神木「え、えぇ……相川さん、そんなこと言ってたんですか?」

陽原「あぁ。ま、実際見て俺も納得だよ。頑張れよ」

神木「あ、ありがとうございます」


 更に得点のチャンスで八番の佐々木が右打席に入る。  神木と陽原が話していた時に実はタイムをとっており、八神と楽留がマウンドで話していた。


佐々木「………………」

楽留「(一文字には合ってなかったし、二打席目は一球も振らずにのフォアボールだもんな。 八番だからって侮るわけじゃないが……打つタイプにも見えないな)」

八神「(うし、じゃあ速球で詰まらせてやろう!)」

楽留「(それ以外、お前何が出来るんだ?)」

八神「いくぞぉ!」

楽留「………………」


 そして光星でも佐々木が打席に入る前に如月と言葉を交わしていた。


藤浜「さっき、佐々木と何話してたんだ?」

如月「まぁ、ちょっと雑談ですよ」

藤浜「…………?」


ビッ!


カァァンッ!


八神「ンギャッ!?」

佐々木「よし!」


 快音を残した打球は八神の頭上をかすめセンター前へ。  三塁ランナーの上戸はゆっくり生還し、更に追加点を奪い四対二、二点差とした。


連夜「初球か。珍しいな」

如月「あいつ見てると人事に思えないんだよね。だからちょっとね」

連夜「まぁ、指示で初球から打つことがなかったわけじゃないが……」

上戸「ほとんどツーストライクから打つよな、佐々木って」

如月「佐々木ってさ、自分の仕事に徹し過ぎるみたいだな。どんなチーム状況下でやってきたか分からないけど 随分、自分を過小評価して脇役に徹しようとしている」

連夜「ふむ」

如月「俺も暁やキヨ……清村とかがいたからさ、その気持ちは分かるし、俺も実際同じ考えでやってた。 でもある一点で俺とは考えが違うんだよな」

藤浜「それは?」

如月「ここ一番で目立ってやろうって気持ちさ」

藤浜「……な、なるほど」

如月「野球の打順なんて、打順通りの仕事をする時って初回以外にはあんまりないんだ。 だから二番でも七番でも四番の仕事をする場合だってある」

連夜「まぁ、そうだな。四番から始まるイニングだってあるわけだしな」

八代「早い話、早い打順のほど打順が多くまわってくるってことだしね」

如月「えぇ。ですが、佐々木は良くも悪くも、いつも自分の仕事に徹する。それは決して悪いことではない」

連夜「でも更にもう一歩、進んだ仕事もあいつなら出来る、そういうわけか?」

如月「そういうこと。小手先の俺とは違って佐々木の粘りは身についた粘りだからな」

上戸「え? どういうこと?」


 同じようなタイプに見えても如月と佐々木では違いがあった。  如月が今のタイプの選手になったのは高校の途中から。そして粘りも卓越したバットコントロールを持っているから。  だから速いストレートやキレ・変化の大きい変化球に空振りすることも意外と多い。


如月「だけど佐々木はきちんとカットしてる。どのボールが来ても対応できるようにな。 バットに当てて逃げてる俺とはちょっと違うんですよ」

上戸「ん〜……なんか俺からすれば一緒に聞こえるんだけど」

如月「それに佐々木の様子を見てると、結構長い年月を経てのプレイスタイルに見えるしな」

連夜「だがカットする技術は佐々木が上でもバットコントロール自体は…… ミートセンスは如月が上だ。それこそ鞘師と対等なぐらいな」

鞘師「いえ、ミートに関しては如月の方が上ですよ」

如月「けっ、よせやい。俺はあんなにヒット打てねぇよ」


ズッバァンッ!


 その間に虹川が三振に倒れ、光星の攻撃が終わった。  しかしこの六回の表に皆河の犠牲フライと佐々木のタイムリーで四対二と二点勝ち越しに成功。


虹川「またこのパターンかい……」

連夜「ほれよ」


サッ


虹川「お?」

連夜「お前の仕事は守ること。キャッチャーやんならその辺の切り替えはしっかりな」

虹川「……まぁ、ミットだけ渡されても困るがな……」


 その裏、神緑は一死から土澤がバントヒットで出塁するも……


ダッ!


虹川「おらぁっ!」


ビシュッ


二塁審『アウトッ!』


神木「ナイス送球」


 キャッチャー虹川が奮起し、盗塁を刺して結果的に三者凡退に抑えた。  そして試合は終盤へと入っていく。


…………*


 七回の表、トップバッターの八代からの好打順。  そして神緑もピッチャーを交代してきた。


八代「あ、代えてきたな」

沢村「三イニングずつって言ってたし、最後は菊咲か」

如月「菊咲っていうと横海出身の?」

沢村「そうそう」

八代「フォークがえげつないんだよな〜」

如月「……? いやに余裕ですね」

連夜「八代さんはいつもそんな感じだろ」

藤浜「いや、八代はなぜか菊咲と相性がいいんだよな」

虹川「(つーか、今の漣の発言は問題だろ……)」

八代「流石に三点差なら余裕だろ」

連夜「かなり楽になりますね」

八代「オッケー! ってことで如月、鞘師、後は頼んだぞ」

如月「了解」

鞘師「分かりました」


 菊咲の投球練習が終わり、八代が左打席に入る。  八代との相性の悪さはバッテリーも重々承知だった。


楽留「(タチが悪いのは歩かせても走られて長打と結果変わんないってことがあるんだよな)」

菊咲「(刺せないのはお前が悪いだろ)」

楽留「(じゃあ打たれないでください)」

菊咲「(すいませんでした)」

楽留「(とにかくストレートには意味がわからんぐらいタイミングが合ってる。ここは変化球主体でいこう)」

菊咲「(分かった)」


スットーンッ!


八代「むっ、いきなりフォークか……)」


スットーンッ!


ブ――ンッ!


八代「まさか二球連続とは……」

楽留「(遊び球なしでっていきたいところだが、単調に連投続けてるしな。あえて同じリズムで投げて来い。 決めるつもりで外角シュート。甘くなるぐらいなら思いっきり外していいからな)」

菊咲「(コクッ)


ククッ!


楽留「(おし、いいコース!)」


カキィーンッ!


八代「うっしゃあ!」

楽留「……嘘やん……」


 外角低めに逃げていくシュートを完璧に捉え、打球は左中間真っ二つのツーベース。  抜群のコースに来た最高のボールとも言えるボールだったが  八代はまるで甘いボールと言わんばかりに打ち返してしまった。


如月「おぉ、ほんとに出塁したよ」

鞘師「どうします?」

如月「聞くのか?」

鞘師「じゃあしっかりお願いしますね」

如月「あいよ」


 無死二塁、俊足の八代を塁に置き二番の如月。  如月は早くも送りバントの構えをしている。


楽留「(ここは決めさせたくはないな)」

菊咲「(高めでいくか。それともフォークでやらせないか)」

楽留「(とにかく厳しいところをついていくぞ。三塁に進めるのだけは避けたい)」

菊咲「(分かった)」


スットーンッ!


コツッ


楽留「………………」


 初球のフォークを絶妙なバントを見せる。  まさかここまできっちり決められると思っていなかった楽留は  少し呆然としつつ、一塁に転送し結果送りバント成功。


藤浜「ナイスバント」

虹川「ほんと、難なく決めるよな……」

如月「バントは手こずったら流れが変わったりするからな」

神木「一発で決めるっていうのは地味だが大事なことだよな」

連夜「っと、やっぱりこうなったか」

虹川「ん?」


シュッ


審判『ボール、フォア』


 一死三塁、バッターは鞘師だったが神緑バッテリーは勝負を避けた。  キャッチャー立ち上がっての敬遠し、四番上戸との勝負を選択した。


上戸「うし、外野に運べば一点なんだ」

楽留「(ここはフォーク連発だ。三振奪うぞ)」

菊咲「(当然)」


スットーンッ!


ブ――ンッ!


審判『ストライク! バッターアウトッ!』


上戸「何でランナー三塁でそんなにフォーク連発出来るのよ……」

藤浜「高校からずっとバッテリー組んでるだけはあるな」

上戸「ワンヒットでいいんで、お願いしますね」

藤浜「あぁ」


 アウトカウントが増え、二死三塁一塁。五番藤浜が左打席に入った。  二点差つけているだけあって、もう一点欲しいところ。  全ては藤浜のバットに託された。


楽留「(ミートの上手い藤浜か。案外五番にいるって厄介だな)」


 藤浜は甲子園出場経験もなく、光星でも桜坂や谷澤に埋もれていたが  同世代では割と知られている実力者だったりする。


ビシュッ!


バキィッ!


藤浜「ッ……!?」

菊咲「あっ……」


 厳しいところを攻めようとした結果、藤浜の右腕に直撃。  打席内で藤浜は右腕を抑え、蹲ってしまった。


皆河「大丈夫すか?」

楽留「おい、大丈夫か?」

藤浜「……ッ……まぁ、何とかな」

菊咲「………………」

藤浜「ふぅ……」


 マウンド上で申し訳なさそうにしている菊咲に左手で制して  立ち上がり、一塁にゆっくりと向かっていく。


皆河「(……あんまり無事に済んでなさそうなんだけどな)」


 藤浜がデットボールでこれで二死満塁。  この試合の山場となる場面で打席には六番DHの皆河。


楽留「(今日ヒットはないが、八神から犠牲フライを打ってる……一打席目も一文字相手に いい当たりは放っていたしな。要注意か……)」

皆河「ふっふ〜ん」


ビシュッ!


スットーンッ!


ガキッ


皆河「ありゃ……」

菊咲「ほい」


 決め球フォークをかすらせるのが精一杯、ピッチャー菊咲が打球を捌いてスリーアウト。  先頭の八代が出塁するも得点するまでにはいかなかった。


虹川「リードしてるんだ。腐るなよ」

連夜「腐るかよ。一筋縄でいかないことぐらい分かってんだからよ」


 七回の裏、二点を追う神緑の攻撃も光星同様一番の陽原からという好打順。


キィーンッ!


連夜「くっ!」

陽原「どうでぃ!」


 外角ストレートを逆らわず三遊間へ運ぶ。


如月「ざけんなっ!」


パシッ


陽原「ん?」

如月「ショートが名手なのはそっちだけじゃねー!」


ビシュッ!


一塁審『アウトォッ!』


陽原「なんだと!?」

如月「よし」


 逆シングルから無駄のない送球で俊足陽原を刺した。


神木「鞘師も良く捕ったな」

鞘師「低めに来てもノーバウンドでしたからね。あれがショートバウンドでしたら 確実に弾いていたことでしょう」

神木「あ、そう……」

連夜「ナイスプレー、如月」

如月「ん? あぁ……」

連夜「……どうかしたか?」

如月「いや、何でもない」

連夜「…………?」

如月「(藤浜さんの様子がおかしいな。今の藤浜さんの守備範囲ならむしろサードの打球だし……)」


 一死ランナーなし、打席には二番大山。


ガキッ


神木「おしっ」

連夜「ふぅ……」


 セカンドゴロに抑えるも、十四球粘られどっと疲れが噴出した感覚にさせられた。  肩で息をするように激しく上下しているのが目に見えて分かった。


連夜「ただでは転ばないか……」

神木「大丈夫か?」

連夜「あぁ。いくら粘られても抑えればいいよ」

鞘師「打たれたらピッチャーは倍以上疲れた感覚になるみたいですからね」

如月「打った側はうっしっし、って気分になるけどな」

神木「(うっしっし?)」

連夜「ここは三者凡退に終わらせたところだな」

鞘師「ところではなくお願いしますね」

連夜「あいよ」


カァァンッ


連夜「………………」


八代「オーライっと」


 上手く打たれ、右中間に運ばれるも八代の守備範囲。  いい当たりを続けられるも結果的には三者凡退で抑えた。


キィンッ!


菊咲「くっ!」


 八回の表、この回先頭の神木が叩きつけピッチャー頭上を越えるセンター前ヒットで出塁する。  それを佐々木が送りバントを決め、一死二塁とまたチャンスを作る。


連夜「今日の菊咲さん、良くないんですかね?」

沢村「ん〜打席に立ってるやつが一番分かると思うが……確かに当てられすぎてるな」

八代「フォークは落ちてるけど、キレがちょっとないかなって感じだな」

沢村「なるほどね。菊咲の典型的な悪い時だな」

佐々木「調子悪くても、フォークは落ちるんですね」

沢村「落差だけはそりゃ多少良し悪しはあるが、並の投手以上のもんは投げるよな」


キィーンッ!


連夜「おっ!?」


 打席に立っていた九番虹川が上手くレフト前へ運ぶ。  二塁ランナー神木は三塁を蹴ってホームへ。


利剣「おらぁっ!」


ビシュッ!


バシッ!


神木「ゲッ!」

楽留「ほい」


 レフト利剣の強肩が光り、悠々タッチアウト。


如月「次の八代さんを考えたら無理しなくても良かったんじゃないか?」

神木「いや、定位置にいたし意外と打球が緩かったからさ。間に合うと思ったんだが……」

八代「利剣はスゲー肩いいからな。上戸よりいいかもよ?」

神木「そういう情報はもっと事前にください」


カキーンッ!


鳥谷「(パシッ)

八代「あ〜伸びすぎた!」


 相性のいい八代もアウトになり、再三チャンスを作りながらも追加点が奪えない光星。


連夜「でもまぁ、二点リードしてて後二イニングだし」

虹川「油断はないだろうが……少しでも違和感を感じたら言えよ」

連夜「分かってるって。しつこいぞ、お前」

虹川「しつこく言っても言うこと聞いてくれそうにないけどな」

連夜「ははっ、違いねぇ」

虹川「お前のことだよ」

佐々木「………………」


 リードしつつも、あまりいい流れとは言えない光星。  八回の裏、神緑の攻撃は四番岩瀬から。


岩瀬「ランナーなしでの対戦は初めてだな」

連夜「とはいえ先頭バッターですからね。そこまで真っ向勝負にはいきませんよ」


 対岩瀬、第四ラウンドは無死ランナーなしで迎えることになった。


ビシュッ!


岩瀬「(とか何とか言いつつ、いきなりインかよ!)」


グッ!


岩瀬「――!」


ガキィ


 インコースに来た微妙に沈むボールを引っ掛け三塁線へのファール。  連夜は取るべくしてワンストライク目をとった。


連夜「しっ!」


グググッ!


 二球目、三打席目で三振を奪ったスライダーを選択。


キィーンッ!


連夜「やばっ!」


 低めのボール球になる予定が少し高めにいってしまいストライクゾーンに入る。


佐々木「(パシッ)


 しかし当たりが良すぎてレフト真正面のライナー。  第四ラウンドは結果的には連夜が抑えた形となった。


岩瀬「ぐっ……」

水木「ドンマイ」

岩瀬「だがもう八回だぞ!? 二点差は大きいぞ!」

水木「それはそうだが……」


 そう、試合は光星が四対二でリードしている。  しかも相手にとっては二流とも思える連夜相手にいい当たりを放ちながらも  後、一本が……得点を挙げることが出来ないでいる。


ググッ!


ガキンッ


楽留「しまっ……」

如月「(シュッ)


カキーンッ


八代「よっと」


 焦れば焦るほど連夜の術中にはまっていく。  人の裏をかくのが得意な連夜、投手だろうが捕手だろうが  打ち気に逸る選手を抑えるのは得意中の得意だった。


連夜「よっしゃ、後一イニング」

神木「ナイスピッチング」

八代「おぉ、勝てそうだな!」


 意気揚々とベンチに戻っていく光星ナインに置いて三名は少し難色を示していた。


如月「虹川」

虹川「ん?」

如月「ラスト、皆河に頼めないのか?」

虹川「え?」

鞘師「如月も見たんですね」

如月「あぁ……あいつ、最後に投げ終わった後、思いっきり顔を歪めてやがった」

虹川「ほんとか?」

皆河「更に言えば、その前からしきりに左肩を抑えていたしな」

虹川「皆河……」

鞘師「この神緑打線を八回まで二点に抑えている時点で無理してると判断すべきでしたね」

皆河「ここまで来てしまった以上、泣き言言ってても仕方ないだろ」

如月「皆河の言う通りだな。後はなるようになれだ」

虹川「今の俺らに出来ることって……?」

如月「俺と鞘師は追加点をとる。お前らは出来るなら説得して九回はマウンド降りてもらえ」

虹川「お前……」

如月「……ランナーには出る。頼むぜ、鞘師」

鞘師「……分かりました」


…………*


ガキッ


三塁審『ファール!』


ズバァンッ


主審『ボールッ!』


カァンッ


如月「ふぅ……」

菊咲「………………」


 現在、九回の表、光星の先頭バッター如月が粘っているところ。  すでに十一球投げられているが一球たりとも甘いボールが来ていない。


如月「(短いイニングとはいえ、ここまで完璧だとちょっと困るな)」


ビシュッ!


如月「――!?」


ズバァンッ!


 内角低め、完璧なコースにストレートが決まった。  流石の如月も手が出せなかったが……


主審『ボールッ! フォアボール』


如月「ヒュー……危ねぇ」

菊咲「(……チッ……)」


 ボールと判定され、如月が一塁へ歩く。  ストライクと言われても文句言えなかったコースだがともかく  先頭の如月が塁に出て、光星はクリンナップへと打順がまわる。


鞘師「さて、どうしましょうかね」

楽留「(無理に勝負はしたくはないが……)」


スットーンッ


主審『ボールッ』


楽留「(ダメか……)」


 二球ほどフォークでその高すぎるミート力を逆手にとって普通の打者なら空振りする決め球を  引っ掛けないかと期待したが簡単に見逃され、ボールが先行した。  しかし、その後鞘師は誰もが驚く行動をした。


カツッ


楽留「なっ!?」

如月「バントかよ!」


 一塁ランナー如月すらも驚いてスタートが遅れたが、そのバントは  きっちりと打球を殺した見事なバントだったため、二塁は刺せず一塁に転送され見事に決まった。


上戸「さ、鞘師……?」

鞘師「お願いしますね」

上戸「よ、よし任せろ!」


 一死二塁、外野は前進守備。上戸のパワーなら上手く当てれば悠々外野の頭を越せるだろう。


楽留「(正直、このバントは助かった。次のバッターはさっきフォークにタイミングが合ってなかった。 ここはあまり遊ばず一気に決めるぞ)」

菊咲「………………」

楽留「(菊咲?)

菊咲「(あ、あぁ……悪い、了解)」

楽留「(…………?)」

菊咲「(なんかそう簡単にはいかなそうな気がするな……)」


 菊咲は本能的に察していた。好打者、鞘師がバントを決めたってこと自体場面としては異質なのだから。  つまり、前の打席まったくフォークに合っていなかった上戸が急に打ってくるんじゃないだろうか?  など、嫌な予感が頭を巡っていた……そしてそんな状態で投じた一球は……


ストッ


菊咲「しまっ!」


 正確無比に投げ込んできた決め球フォークが甘く真ん中に入ってしまう。


上戸「もらったぁっ!」


カッキーンッ!


 菊咲はすぐさま頭上を越えた打球を目で追うべく振り返る。  打球は鋭く、外野を深々と破ろうとしていた。


上戸「くっ、弾道が低いか?」


 手応えは感じたが、甘く入ったとはいえキレがあったフォークを完ぺきには捉えられなかった。


上戸「ん?」


 俊足の上戸、一塁を蹴った段階で先の塁を見ると如月が  二塁と三塁間のハーフウェーで打球の行方を見ていた。


シュタタタッ


水木「このっ!」


パシッ


 センター水木が低く鋭い打球を背走し、後ろ向きのままグラブを差し出し捕球する。  そして振り向きざま、素早く二塁に送球する。


如月「ふぅ、危ねぇ」


 しかし、ハーフウェーにいた如月がゆっくりと二塁に戻った。  水木は当然大ファインプレイだが、如月もまたファインプレーといえる。


鳥谷「ナイス。よく追いついたな」

水木「あぁ……だけど、二塁ランナーのやつ、飛びだしてなかったんだな」

利剣「ほんと、あの打球で冷静なやつだな」


上戸「あ、あれを捕られるの!?」

如月「コントロールが甘く入っただけで、フォーク自体はきっちり投げられてたみたいですね」

上戸「でもセンターオーバーは確実だと思ったんだけどな……」

如月「あのセンター、かなり打球反応がいいみたいでね」

土澤「へぇ、見てたのか」

如月「えぇ。まぁ越えてくれればあそこからでもホームに還れると思ったんで」

上戸「くそー……どっちにしろ悔しいな……」

土澤「(打者が打つときは当然内野を見てるのが普通なのに……)」

大山「(水木同様、こいつもそれなりに打者の打球の傾向を察知する能力に長けてるってわけか)」


 神緑、水木のファインプレーでツーアウトとするも光星もまだ二塁に如月を置いている。  このチャンスに五番、好打者の藤浜。ヒットで良い場面では頼れるバッターだ。


藤浜「………………」

楽留「(ん? なんか構えが低いか?)」

如月「(やっぱり様子がおかしいな)」


 藤浜は基本に忠実ともいえるスタンダードな構えなのだが、楽留から見て  バットのグリップが今までよりやや低く感じた。  そしてその藤浜の異変をいち早く気づいていた如月が動く。


ズダッ!


土澤「ランナースタート」

菊咲「なっ!?」


シュッ!


バシッ


楽留「なめるなっ!」


ビシュッ!


ズシャアァッ


三塁審『セーフッ!』


畑山「くっ」

如月「ふぅ……危ねぇな。あそこまで肩が良いとは思わなかったった」

鴻池三塁ランナーコーチャー「何だその変な言葉は」

如月「驚いた時って語尾を繰り返したりしない?」

鴻池「しねぇよ」

如月「うん、俺もそう思う」

鴻池「………………」

如月「(これでフォークはないだろう。あっても少しはワイルドピッチの可能性だって出てくるしな)」


 スタートは完璧に盗んでいたが、そこは強肩の楽留。  きっちりとアウトのタイミングで放ったのだが  サード畑山がタッチに慌てて落球してしまい、セーフとなった。


菊咲「………………」

畑山「ゴメンなさい……」


 しかしこの盗塁には光星ナインも驚き、そして疑問を抱いていた。


虹川「あいつ、この場面で走るか……普通……」

佐々木「まぁ……普通は有り得ないよな」

連夜「レフトの肩、見たろ? センターやライトも相当守備力が高い」

鞘師「ワンヒットで確実に還るためですか?」

連夜「でも、藤浜さんの次は皆河だぜ?」

八代「あの場面は俺でも走らないぜ。ましてや菊咲と楽留のバッテリーだもんな」

虹川「八代さんほど如月はバッテリーの脅威を持っていたわけではないでしょうが……」

神木「だが三盗自体リスクが高い作戦だ。この場面で如月が走った以上……」

連夜「あぁ、あいつなりに何か感じたんだろうな」


ズバァンッ!


主審『ストライークッ! バッターアウトッ!』


藤浜「くっ…………」

楽留「………………」


 バッテリーも警戒していたが並行カウントからのストレートを見逃し、三振となる。  この五球の間、藤浜は一回もスイングを行わなかった。


八代「どうした〜?」

藤浜「……悪ぃ」

八代「ん〜?」

如月「漣、二点差だ。終わらせよう」

連夜「あぁ、分かってるよ」

鞘師「すんなり終わればいいんですけどね」

虹川「鞘師……」


…………*


 ついに試合は九回の裏まで来た。  しかも光星が四対二と二点リードするという思ってもいない展開。  ベンチの監督は複雑な心境でマウンドに上がる連夜を見ていた。


皆河「このままだと漣たち、勝ちますよ」

青南波「そう……だな」

皆河「漣が勝った場合、どうするんでしたっけ?」

青南波「今の年功序列システムを止めて実力制にしろだろ」

皆河「それはちょっと考えを捻じ曲げすぎですよ。漣だって上下関係自体は弁えてますよ」

沢村「自分も正直、漣の考えには賛成です」

青南波「沢村……」

沢村「これまでの監督のやり方を否定してるわけじゃありません。黒瀬先輩だって言ってましたけど 下地をきっちり作れましたし、それに徹することが出来ますからね」

皆河「監督は朝里に……いや、朝森政志に逆らえない」

青南波「……あぁ、そうだよ」

皆河「だけど監督として、選手のために出来ることをやってきたことは俺らも そしてマウンド上にいるあいつも分かってますよ」


カキィンッ


利剣「抜けろッ!」

連夜「如月ィッ!」


ビシッ


如月「あいよ!」


シュッ!


一塁審『アウトォッ!』


利剣「なっ……なにっ!?」


 ピッチャー右を抜けようかというところ、連夜が打球を弾き三遊間にボールが転がる。  その打球を如月がカバーして一塁に素早く送球、間一髪アウトとなった。


利剣「な、なんでショートがあの打球を捌けるんだよ……」

鞘師「ほんとですよね」


 打球はピッチャー右、つまりセンターへ抜けようかという打球。  つまりショートは二遊間へ動いているため、三遊間へはまったくの逆への反応になる。


鞘師「本来なら捕球するのがやっとでしょうね」

利剣「つまりあのショートは予め、三遊間に動いていたってことか?」

鞘師「いえ、正確には三遊間寄りにポジショニングをとっていたんですが 打球が二遊間に来たので、そっちに最初は反応したんです」

神木「だけど、漣の動きを見てすぐに三遊間へ体勢を変えた。こっちに弾くと読みとったんでしょう」

利剣「マジかよ……それだったら反射速度はうちのツッチーや大山よりいいじゃねぇか……」


 如月の好守備でワンアウトを奪う。  神緑は八番の土澤と下位打線ということも光星にとってはプラスに向いている。


皆河「だからこそ、監督をチームのためだけに集中できるようにしてあげたいと 漣は体を張って頑張っているわけです」

青南波「……あいつの……あいつらの気持ちは分かる。俺だって 今、このチームに必要なのは競争意識だってこともな」


 リーグでもいつも良い位置につけている光星大学。そういつもいい位地にしかいけていない。  その最大の理由は下地を上手く作っても、それを勝負どころで生かせない。  実戦での経験不足以上にチームでの競争意識……『俺が』という勝負意識がないのが最大の要因だった。


青南波「だが、いくら漣が頑張っても俺は朝森さんに逆らうことができない…… いや、最初から逆らう気などないがな」

鴻池「だからあいつは裏でも色々動いてるんですよ。きっとあなたは自由の身になれる」

青南波「なぜだ?」

鴻池「………………」

皆河「さっき漣が自分で言っていただろ」

青南波「俺が麻衣子と結婚したからか……」

皆河「漣にとって青南波は母親と繋ぐ点。だから救いたいんですよ。母親ならそうしただろうと思いながらね」

青南波「漣……」

虹川「それに黒瀬さんって人との約束か……」

皆河「そう。漣に関わった人は皆、漣は人のためにしか動かないって言うんだけど 俺はあいつが一番エゴイストだと思うね」

鴻池「人のために動くことこそ利己主義とするか……面白い見方だな」


ガキッ


連夜「よっし」


サッ


鞘師「(パシッ)


 一塁側に叩きつけられた打球は高く上がるも連夜が落ち着いて処理しツーアウト。  ついに二点差のまま、残すはワンアウトとなった。


陽原「お前、今日守備で足引っ張ってんだからな。俺までまわせよ」

畑山「これから打席に入る男を脅すか、普通?」

陽原「励ましてやりたいが、お前で終わって負けたら誰もが納得できないからな」

畑山「分かりましたよ……」


キィーンッ!


ビシッ


藤浜「ぐっ!」

如月「よっ!」


シュッ!


畑山「なろぉっ!」


ズダッ!


一塁審『セーフッ!』


 鋭い打球をサード藤浜が弾く。素早く如月がカバーし一塁に転送するも  俊足畑山の足が一歩速かった。記録はサード強襲の内野安打。


藤浜「すまん」

連夜「いや、大丈夫です。後一人ですし」

陽原「おいおい、そう簡単に終わると思ってんのか?」


 二死ながら俊足畑山を塁に置き、打順はトップに戻って陽原の五打席目。  この試合、二打数一安打。二つのフォアボールを選び、一つの盗塁も決めている。


虹川「(左対左だというのにまったく苦にしてないもんな……)」

連夜「(つーかそんなもん好打者の条件の一つなもんだろ)」

虹川「(どうせ俺は苦手で好打者じゃありませんよ!)」

連夜「(俺も得意じゃないから気にすんな)」

虹川「(お前から振っといて……)」

連夜「(それより走ってくるかもしれないから意識してろよ)」

虹川「(分かった)」


ズダッ!


畑山「おらぁっ!」

連夜「初球からかよ!」


シュッ!


 左ピッチャーのため、スタートが目に入り驚くも初球は外角に外すと決めていたバッテリー。


虹川「(ビシュッ!)


 ここ数試合で見違えるほど成長した虹川が鋭い送球を見せる。


ズシャアッ


二塁審『セーフッ!』


如月「ん〜惜しい」

畑山「おっしゃあ!」


 タイミングはアウトにとれそうだったが更に虹川の送球がやや高く  タッチまでに時間が僅かにかかりその間に足が先にベースに入った。


神木「(凄いな……最後までトップスピードで滑り込んでる……)」


 神木もスライディングが得意で十分高レベルなものを持っているのだが  元々の脚力も違いもあるが、畑山のスライディングは神木以上のものを持っていた。


如月「よぉ、感心するのもいいが後一つ、集中しろよ」


シュッ


神木「分かってるよ」


 如月が連夜にボールを返しながら神木に向かって言葉をかける。  思えば、ここぞという場面如月がいつも中心となって集中していたかもしれない。  打撃の要が鞘師なら、守備の要は間違いなく如月だった。


連夜「(何だかんだいっても周りに気を使ってるんだよな、如月って)」

虹川「(誰かさんそっくり)」

連夜「(……早くサイン出せよ)」

虹川「(変化球で交わすのは得策じゃないだろ。ここは思いっきり来い)」

連夜「(同感だな)」


ビシュッ!


陽原「ふんっ!」


ピキィーンッ!


 内角からやや真ん中よりに入ってしまったストレートを捉え打球は右中間へ。


シュタタタッ


八代「くっ」


 センター八代が快速を飛ばすも追いつけず、打球は外野を破る。  二塁から畑山がゆっくりとホームに還ってくる。


上戸「このっ!」


ビシュッ


神木「(パシッ)

陽原「おっと」


 ライト上戸が上手くバックアップをして素早く内野に返し、三塁を狙いかけた陽原を二塁で止めた。  しかしタイムリーツーベースとなり四対三と一点差に詰め寄られる。


虹川「(明らかに球威が落ちてきてる……)」

連夜「ふぅ……」

虹川「(だが後ワンアウトなんだ……後一人さえ抑えてしまえば……)」


 場面は二死二塁、打席には二番大山を迎える。  今日の大山は一つバントを決めているも残りの三打席ではヒットなし。  しかし粘られるなど、ここまで多く球数を投げさせられているバッターでもある。


虹川「(外野は前進。如月や佐々木のような嫌らしいバッターみたいだが見た目通りパワーはない。 いくら俊足の陽原さんでもうちの外野陣の守備力を考えればワンヒットじゃ還って来れないだろう)」


 虹川の指示で外野は前進守備、外野を抜かれれば同点といった場面だ。  球威が落ちている連夜では大山がいかにパワーがないといえ  少々危険守備隊形だが最もセオリーとも言える。


連夜「……はぁ……はぁ……」


 しかし、その連夜が疲れを表面上に出し、肩で息をし始めている。  どんなに辛くても表面上では強気でいた連夜が……


ビシュッ!


カァンッ


主審『ファールッ!』


大山「(あの状態で思ったより生きたボール投げてくるじゃん)」


ググッ


キィンッ


大山「けけっ」

虹川「(粘っこい……如月とか相手にすればこんな感じなんだなっていうか……そうだったな)」


ズバァンッ


主審『ボールッ!』


 最初はストライクコースに投じて早々に追い込むもそこから大山の真骨頂。  粘りをみせ、徐々に連夜のコントロールにブレが生じてきた。


ビシュッ!


連夜「あっ!」

虹川「どわぁ!?」


バシッ


 最後は虹川が立って捕球するほどの大ボールで大山を歩かせてしまう。  これで二死二塁一塁。打順はクリンナップへ。


ズダッ!


連夜「――!?」

如月「はっ!?」

虹川「なにぃっ!?」


 何と三番鳥谷のところで初球、二塁ランナー陽原と一塁ランナー大山が同時にスタート。


虹川「このっ!」


ビシュッ!


三塁審『セーフッ!』


虹川「ぐっ!」


 完全に虚をつかれたダブルスチールに刺すことが出来ず、三塁二塁とピンチが広がる。


藤浜「どっちにしろ後一人だ。打者集中だ」


サッ


連夜「……え、えぇ……」


 わざわざサードから近づいてきてまるで隠し球をするかのようにグラブ同士でボールの受け渡しをする。  それに違和感を覚えたとき、妙に藤浜の顔色が悪いことに連夜も気づいた。


如月「先輩、どうかしました?」


 その異変にいち早く気づいていた如月がたまらず声をかける。


藤浜「いや、何でもない。後一つなんだ。集中しろ」

如月「……分かりました」


 ここまで来たら何を言っても一緒か、と如月が諦めた。  ここを切ってしまえば終わるのだから。


連夜「悪い、皆、最後にもう一つ我がままに付き合ってくれるか?」

如月「あん?」

神木「え?」

鞘師「………………」


 内野手に向かってそう告げ、キャッチャーに正対しサインを出す。  グラブを左下から右上に差し出す、誰もが分かるサイン……いやジェスチャー。


虹川「け、敬遠!?」


 確かに九回の裏、一点リード。三塁二塁なら満塁の方が守りやすいのも事実……  とりあえず連夜のサイン通り、三番鳥谷を敬遠し満塁とした。


岩瀬「第五ラウンド。これが最後の大勝負ってことか」

連夜「えぇ、そういうことです」


 疲労感を漂わせていた連夜がふと笑みを浮かべた。  この後のない状況下をまるで楽しむかのように。


鞘師「………………」

虹川「(鞘師……)」


 一塁から送られる鞘師からの視線に虹川は考え、そして頷いた。


虹川「タイムお願いします」

連夜「あ?」


 ツーアウト満塁、現在四対三で守っている光星大学が勝っている。  しかし場面は九回の裏、ワンヒットで逆転サヨナラ負けというピンチ。  誰もが緊張している中でマウンド上に立っている男は笑っていた。


虹川「……もういいんじゃないか?」


 そんな状況を見かねてタイムをとりマウンドに向かった。  それを見て内野もゆっくりと近づいてきた。


連夜「は? こんな状況で何を言ってるの、虹川や」

虹川「お前は良くやったよ。もう代わろう?」

連夜「あほ言うな。ここまで来て引き下がれるか」

鞘師「分からないですね」

連夜「あ? 何だよ、鞘師」

鞘師「こんなところで野球人生終わらせてどうするんですか?」

連夜「さぁね? お前が気にすることでもねぇだろ。わざわざ忠告ご苦労さんだけどな」

鞘師「…………あなた、バカですね」

虹川「そんなハッキリ言うなよ。気づいてないの漣だけなんだら」

連夜「誰がバカだ」

鞘師「皆河たちも言っていたでしょう。こんなこと何の特にもならないって」

連夜「じゃあ何でお前は俺に協力してくれた?」

鞘師「………………」

連夜「皆、気づいてんだよ。これじゃあいけないってな。だから誰かが動かなきゃ始まらないんだ」

虹川「だからってテメェの人生かけてまでやることかよ!」

連夜「俺は誰かのために犠牲になる役がお似合いなの。ほらさっさと帰れ、俺と岩瀬さんの勝負の邪魔すんな」


 グローブで二、三度払い、各ポジションへ帰そうとする。  全員、仕方なく戻っていこうとするなか一人だけ一歩だけ下がったまま戻ろうとはしなかった。


連夜「おい」

虹川「一つ約束しろよ」

連夜「あ?」

虹川「なんで俺がキャッチャーやったと思う?」

連夜「知るか、そんなもん」

虹川「お前に憧れてたからだよ」

連夜「…………………」

虹川「これからもバッテリー組みたい。ここで散るようなマネは許さないからな」

連夜「……へっ、ど素人が良く言うぜ」

虹川「ど真ん中でいい。打たれて楽になっちまえ」

連夜「それがこの場面でピッチャーにかける言葉かよ」

虹川「ピッチャーにかけてねぇ。お前自身にかけたんだ」

連夜「……くくっ」


 全員ポジションに戻り、ようやくタイムが解けた。  打席には神緑大学の主砲、四番岩瀬が立つ。


岩瀬「後悔するなよ」

連夜「後悔する人生ならもうとっくに歩んでいるんでね」


 満塁の場面、連夜は外野を定位置に戻した。  二塁ランナーがサヨナラのランナーのため普通なら前進守備が定石だが  球威・制球をとるため、セットではなく通常のモーションに入った。


連夜「シィッ!」


ビシュッ!


岩瀬「らぁっ!」


カッキーンッ!


連夜「………………」

虹川「………………」


 振り向かずとも分かった、この打球の行方が。
 投げたときに落ちた帽子を拾い、顔を上げて真っ先に目に入ったのは  にっこりとほほ笑むの虹川の顔だった。



虹川「(大丈夫、切れる……!)」


タッタッタッ


佐々木「………………」


 小走りでレフトの佐々木が打球を追うも、追う必要のないくらい明らかにスタンドインする打球。  しかし、その打球は僅かにレフトポールより外側を通った。


岩瀬「まさか、その程度で終わりじゃないよな」

連夜「……くくっ」

岩瀬「ん?」

連夜「終わりなわけないじゃないですか」

岩瀬「そうこなくっちゃな」

連夜「………………」


ビシュッ!


グッ


岩瀬「らぁっ!」


ピキィンッ!


連夜「………………」


 打球は連夜の頭上を超えセンター前ヒット。  もちろん三塁ランナーが生還し四対四の同点に。  しかし前進守備、八代の素早い返球で二塁ランナーは三塁で釘付けにした。


岩瀬「(最後、少し沈めてきたな。最後の最後に自分の球威を信じられなかったか)」

鞘師「もしストレートだったら……」

岩瀬「ん?」

鞘師「いえ、すいません、何でもありません」

岩瀬「仮にストレートだったらバックスクリーンに入ってたんじゃないかな?」

鞘師「……そうですね。そうかも知れません」

岩瀬「(まぁ、投げそこなわない限りは凡フライだったかもな……最も今のも外野は悠々超える予定だったんだけど)」


 試合は振り出しとなってしまったが、状況は変わらず二死満塁。  打順は五番の楽留。岩瀬に引けを取らない強打者だ。


連夜「タイム」

虹川「ん?」


 ここで連夜がタイムをとり、マウンドを降りていく。  塁線を跨いだところで虹川に向かって指でこっちに来いと合図をする。


青南波「どうした?」

連夜「皆河、後頼んでいいか?」

皆河「……なんだと?」

虹川「あ、後ワンアウトなんだぞ?」

連夜「それはそうだが、裏のイニングに点をとれる保障はないし何より岩瀬さんに打たれた…… 俺にはもう、ここを凌ぐ力はないよ」

皆河「勝負に負けても、あくまでこの試合の勝ちをとるっていうのか?」

連夜「勝負?」

鴻池「監督との賭けだよ。忘れたのか?」

連夜「あぁ、あんなのどうでもいいよ」

青南波「――!」

連夜「って言いたいけど、ここで降りれば負けは負け。だけど、あいつらだけは勘弁してやってくれないか」


 連夜は監督を見ながら握り拳から親指を出し、グラウンドを指した。  当然、六試合もの間、連夜の後ろを守り続けた七人のことだ。


連夜「監督だって好きでこんな制度とってるわけじゃないって分かってる。信用してないわけじゃない。 けど、一応俺の言葉で伝えておきたい。あいつらは見ての通り戦力になるんだ」

青南波「………………」

皆河「どうせ負けなら投げてみればいいだろ。お前が打たれて負けた方があいつらも納得するんじゃね?」

虹川「そうだぜ! ここまで来てどうしたんだよ!?」

連夜「さっきは止めてたやつとは思えないな、虹川」

虹川「そ、それは……まぁ……」

連夜「この試合、負けちゃダメなんだ。言っただろ、今年の光星は違うんだって相手に思わせなきゃいけないんだ」

皆河「……分かったよ。鴻池、準備しろ」

鴻池「あぁ」

連夜「悪いな」

鴻池「漣、外に綾瀬たち呼んであるからさっさと病院行け」

連夜「サンキュ……」


 そのまま連夜は左肩を抑えながら、球場を去って行った。


青南波「で、鴻池は虹川と交代でいいのか?」

皆河「ん〜、ここで虹川を下げるのはなぁ」

虹川「俺、お前のボールはとれねぇよ?」

皆河「如月は気付いているようだが、藤浜先輩の様子がおかしい。ちょっと聞いてみろ」

虹川「え?」


 ここで更に藤浜をベンチに呼ぶ。その際に気になっていた如月も後から一緒にベンチに来た。


藤浜「なんだ?」

虹川「先輩、どこか様子がおかしいってことだったんで……」

藤浜「いや、大丈夫だよ。早く試合に戻るぞ」

皆河「隠さなくてもいいっすよ。漣が交代する関係で、虹川も交代します。 こいつは元々内野手ですから。なっ?」

虹川「まぁね」

藤浜「――!」

如月「やっぱ降りるのか」

皆河「限界だとよ」

如月「……限界か……」

鴻池「ということで先輩も隠す必要はありませんよ」

藤浜「……そっか、分かった」

虹川「どうしたんですか?」

藤浜「デットボール食らった時にね」


 そういって右腕を見せる。その腕の当たった個所が真っ青になっていた。  明らかにヤバい状態なのは一目瞭然といった感じだった。


如月「よくこの腕でプレーしようとしましたね」

虹川「歩く振動でも痛みがきそうだな」

皆河「鴻池、綾瀬に連絡してもう一人ケガ人いるって伝えろ」

鴻池「もう伝えたよ」

皆河「さっすが。じゃあ先輩、駐車場に俺の友人がいるんで漣と一緒に病院に行ってください」

藤浜「……分かった。すまないな」


 藤浜の負傷退場となり、ようやく審判に守備位置変更を申し入れた。  DHを解除し、ピッチャーに皆河。藤浜の打順に鴻池が入りキャッチャー。  キャッチャーの虹川がサードにまわった。


如月「で、お前サード出来んの?」

虹川「元々内野手だっつってんだろ」

如月「いや、君ショートだったっしょ?」

虹川「サードも経験あるし、ショートは俺が守るよりお前が寝てた方がいいんだろ?」

如月「あ、根に持ってたのね」

鞘師「それより皆河は投げられるんですか?」

皆河「ん? どゆこと?」

鞘師「規定の投球練習だけで肩を作れるのかって意味ですよ」

皆河「あぁ、大丈夫。どこかで出番なるかと思って地味に作ってたんだ」

鞘師「なるほど、抜け目ないですね」

皆河「だが相手は一流だし、俺も前の試合割と本気で投げて疲れてるってことで 打たれる可能性もあるからちゃんと守れよ」

神木「それはいいが、ピッチャーが偉そうに言うな」

虹川「(漣と性格はそっくり)」


 規定の投球練習を終え、四対四、ツーアウト満塁で試合再開。  打順は五番の楽留。


楽留「(ここで投手交代か。第一印象は右の本格派だが……)」

皆河「いっくぜぃ」


ビシュッ!


ズバァンッ!


 まずは初球、大胆不敵に高めにストレートを投げ込む。


皆河「へへっ」

楽留「(球速以上に速さを感じるな。いい投げ方をしている)」

鴻池「………………」


ビシュッ!


皆河「どわっ!?(バシッ)


 しかし低めに要求していた鴻池の反感を買ってしまったようで  思ったより早い返球に驚いて声を出してしまった。


如月「お前の勝手で打たれたら俺らも残念すぎるんだけど」

皆河「分かってるよ。仮にも一試合俺の後ろで守ったことあんなら黙って守ってろ」

如月「へいへい」


ビッ!


キィーンッ!


皆河「ゲッ!?」

如月「言ってるそばから……!」


パシッ!


如月「おっ?」

虹川「神木!」


シュッ!


神木「(パシッ)


 三遊間への打球、如月が逆シングルで捕球を試みようとした瞬間、サード虹川がカットイン。  膝をついたまま、二塁に転送しスリーアウトチェンジ。  本来内野手の虹川がこのピンチを救った。


如月「へぇ〜、反射速度いいね」

虹川「お前に褒められると裏がありそうで嫌だな」

如月「純粋に褒めてんのに……」

神木「………………」


…………*


皆河「うっし、んじゃこのまま勝ち越しといきますか」


 試合は同点のまま、両校の意向により延長戦へ。  十回の表、光星の攻撃は六番皆河から。


菊咲「あ〜あ、誰かさんが打ってれば終わってたのにな」

楽留「悪かったな」


 一方、九回で終わる予定で三人を三イニングで回していた神緑の  マウンドには引き続き菊咲が上がっていた。


菊咲「(初球からフォークか。警戒してんね)」


スットーンッ!


キィーンッ


菊咲「は?」

皆河「しゃあっ!」


 低めに決まるフォークを上手く拾ってセンター前へ。  待望の勝ち越しランナーがノーアウトで出た。


虹川「よくあの低めのフォークを打ったな」

鴻池「皆河は典型的なローボールヒッター……つーか基本低めしか狙ってないんだ」

虹川「そ、そうなんだ……」

鴻池「それはともかく、展開的に神木はバントだろ。佐々木とお前で決めることになるぜ?」

虹川「分かってるよ。俺で決めてやる!」

鴻池「その前に佐々木が決めたら笑うよな」

虹川「複雑だけど、それはそれでいいだろ……」


カツンッ


神木「やべっ」

楽留「二つ!」

菊咲「(ビシュッ)


バシッ


土澤「(ビシュッ)


ダンッ


一塁審『セーフッ!』


神木「危ねぇ……」


 神緑のプレスに打球を上手く殺せず、二塁封殺。  しかしバッターランナーの神木は俊足を生かしてなんとか一塁に生きた。


皆河「あの下手くそめ。バントも出来ねぇか」

鴻池「神緑の内野陣は皆、俊足。ホットコーナーですら俊足なんだ。バントプレスなんかは脅威だな」

虹川「あのプレッシャーで決めるのも中々難しいかもな」

佐々木「虹川」

虹川「ん?」

佐々木「頼んだぜ」

虹川「へ?」


コツッ


菊咲「――!」


 セーフティ気味に構え意表をつく送りバント成功。  ツーアウトとしながらもスコアリングポジションにランナーを送った。


佐々木「んじゃ、よろしく」

虹川「お前……」


 肩をポンと叩き、ベンチに戻っていく佐々木を軽く睨みつつ打席に向かう。


菊咲「(二死にしても送ってきたか)」

楽留「(今日当たってないが足があったな。バントヒットとかやられるとキツイな)」


 虹川の次はトップに戻って菊咲と相性が抜群の八代。  神緑からすればここで切りたいところ。


楽留「(サードはバント警戒しろ。そして球種は……)」

菊咲「(了解)」


 セーフティも頭に入れ、これまでの虹川の成績を考えた結果……


ビッ!


 神緑バッテリーは内角のストレートから入ってきた。


カキィーンッ!


虹川「しゃあっ!」

楽留「なっ!?」


 しかし虹川の一点集中、狙い打ち。  完璧に芯で捉えた打球は守備範囲の広い外野の間を抜ける。


ダンッ


神木「よし!」


 二塁から悠々神木が生還し、勝ち越しの一点が光星に入った。


虹川「おっしっ!!!」


 俊足バッター、特に左打者は自分の特性を生かすために逆方向へのバッティングを意識する者が多い。  だが虹川は俊足でありながら、それが苦手なプルヒッターでもあった。  確実性はかけるが、力強く長打を打つ力は十分に持っていた。


楽留「くっ……読み間違えたか」

菊咲「ドンマイ。今のは仕方ない。俺も投げ切れなかったしな」

八代「まだ終わりじゃないんだぜ」

菊咲「あいつの言う通りだ。裏に点をとればいいだけ」

楽留「……そうだな」


 続く八代は敬遠し、如月をフォークで内野ゴロに打たせてとり一点で凌いだ。


八代「空気読もうよ」

楽留「誰が勝負するか」


 しかし光星に大きな大きな勝ち越し点が入った。


…………*


 十回の裏、守備に就こうとする光星ナインだったが、ここで意外な人物が制止をかけた。


沢村「皆河、悪いけどこのイニング、俺に投げさせてくれないか?」

皆河「はい?」

青南波「沢村、お前……」

沢村「すいません、監督。ですけど俺もこいつらと一緒に野球がやりたくなったんで」

皆河「でもここであんたに代わると漣の狙いが成立しないぜ?」

沢村「逆だよ」

皆河「あ?」

沢村「漣、皆河と好投手に続いて、俺が健在ということをアピールできると思うぜ」

鴻池「確かにうちは三日間ダブルヘッダーという過酷な試合を同じメンバーでやってきた……」

虹川「ってことは?」

如月「レギュラー陣に負傷があり、急遽レギュラー選手を探してるように見えるかもね」

沢村「そして俺がここで投げ、後半はレギュラー陣とお前らが混合したチームで戦う。これが目論見じゃないのかな?」

皆河「あいつがそこまで考えてるかねぇ」

虹川「どっちにしろ、沢村先輩が言ってることは一理あるぜ?」

鴻池「そうだな。俺もあんな場面で言うこと聞いてくれないピッチャーよりマシだと思うし」

皆河「………………」


 と言うことでピッチャーが皆河から光星のエース沢村に代わった。  当然、これには神緑ベンチもザワめきだす。


八神「な、ここで沢村が出てくんのかよ!?」

陽原「てっきり、ここじゃ出てこないと思ったがな」

八神「そもそも、沢村は出す予定なかったはずじゃないのかよ!?」

陽原「お前、それ色んな意味入ってるだろ?」

八神「しかもこんなカッコイイ場面で……」

大山「ほっとけ」

陽原「あぁ」


 十回の裏、神緑の攻撃は六番の水木から。  光星は皆河と沢村が直接交代したため、守備に変更はなし。


ビシュッ!


ズバァァンッ!


水木「相変わらず良いボール投げるな……」

鴻池「(球速は皆河以上だし、ノビも負けず劣らずか……流石というべきか)」


グググッ!


ガキッ


水木「くっ……」

沢村「流石だな」


 沢村の決め球、縦のスライダーを当てるのが精一杯。  セカンド神木がボテボテのゴロをランニングスローで捌いてワンアウト。


沢村「よぉ、一年。いい守備するな」

神木「ありがとうございます」

沢村「今度の大会、藤浜もどうだか怪しいし、頼りになるな」

神木「どうも」


キィーンッ!


パシッ


如月「よっ」


シュッ!


 七番利剣の痛烈な打球を軽く捌いて一塁へ転送しツーアウト。


如月「守備だったら俺も負けてないっすよ」

沢村「みたいだな」


グググッ!


ブ――ンッ!


土澤「くぅ……」

沢村「(パチンッ)

鴻池「(完璧だな……)」


 最後は縦のスライダーで空振り三振を奪いゲームセット。  五対四、光星大学が勝利を収め、三日間ダブルヘッダー計六試合、全て勝利した。


虹川「監督」

青南波「なんだ?」

虹川「試合には勝ちました。全てとは言いませんが、漣との賭けも考慮してもらえませんか?」

如月「俺らからもお願い出来ますか?」

佐々木「あいつのことだから自分だけ処分を受けると言ったと思いますし」

八代「俺らもそうなるって分かってて漣と一緒に試合したわけだしね」

青南波「……安心しろ。あんな賭け自体無謀だったんだ」

虹川「それじゃあ――」

青南波「正式には後で……だ。だが、GW後半の試合は混合チームで戦う。疲れは大丈夫か?」

上戸「全然余裕っす!」

鞘師「問題ありません」

神木「高校の時、似たようなこと経験してますしね」

虹川「それは帝王だけだろ」

如月「あ〜、出たよ。俺、帝王出身ですけど、何か? 的な発言」

神木「は? してねぇよ!」

如月「オチ要員として覚醒し始めてるんだ。自信を持て」

神木「意味わかんねぇよ!」

佐々木「………………」


 正しくは監督と連夜の賭けは監督の勝利だが、六試合全て勝利したのもまた事実。  裏事情もある監督が一体どんな結論を導き出すのか?  また、連夜がある決意を決める。その決意とは一体……?


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