部屋から出てきた虹川、その後を追って椎名と呼ばれていた執事も出てきた。  虹川が明らかに玄関に向かって歩いているのを見て執事が後ろから声をかける。


執事「虹川様、美穂子様はご自身のお部屋にいらっしゃいますが?」

虹川「流石に女性の部屋に直接行こうとは思わないよ」

執事「なるほど、それは失礼致しました」

虹川「ちなみに聞くけど、この家って池みたいなのとかあったりする?」

執事「はい、それはもちろん」

虹川「あぁ、そう……」


 入口やら家の中やらあまりにも漫画の金持ちの家といった感じだったので  試しに聞いてみたのだが本当にあったことに、もはやここまで来ると驚きも半減だった。


虹川「そこって綺麗?」

執事「えぇ、もちろんでございます。美穂子様もお気に入りの場所ですよ」

虹川「そっか。じゃあ悪いけど、そこに呼んできてもらえるかな?」

執事「……分かりました。私めにお任せを」


タッタッタッ


虹川「いや、ちょっと待って!? 俺を案内してから!」


 しかし虹川の声も届かず、執事は素早く任務を遂行しにいった。


虹川「どないせい言うんや……」


 とりあえず池ということで一度外に出てみようと玄関に向かう。  もちろん、そこから無事辿りつけるわけもなく彷徨い続け、三十分が経過した。


執事「いた! 虹川様、どこいってたんですか?」


 執事と何とか合流することが出来た……と言うより発見された。


虹川「どこ行ってたって俺をまず案内してくれよ!」

執事「あっ……なるほど、裏庭にいけなかったんですね」

虹川「そうだよ! 何、裏庭って外からいけないの?」

執事「そりゃ行けませんよ」

虹川「いや、外って言っても玄関にも広場みたいなのあるじゃん。だからてっきり繋がってるのかと思ったら……」

執事「家の大きさ考えればすぐ無理だって分かりませんか?」

虹川「悪かったな!」

執事「とにかく美穂子様がお待ちです。早く行きましょう」

虹川「りょ、了解」


 それから執事に案内され、ようやく裏庭の出入り口に着くことができた。  それまでの道のりは一度も歩いてなかった道で、どんだけ広いんだ……とは  もう考えないようにしたとかしないとか……


執事「ここから迷うことはないと思うので、私はここで」

虹川「いや、人を方向音痴みたいに言わないで」

執事「では美穂子様のことお願いしますね」

虹川「もちろん」


ガラッ


虹川「いや、どんだけ……」


 裏庭に出てみての一言、これに今の想いが全てが詰まっていると言ってもいいだろう。  漫画の世界どころか、もはや夢の世界にいるかのような美しさだった。


虹川「っとそれは置いといて美穂子さんはっと……」


 入口のところで辺りを見渡すと池に浮いている花を微笑みながら見つめる美穂子を見つける。  それは病院で再会した時のデジャブのように感じた。


虹川「美穂子さん」

美穂子「和幸くん! ……さん? どうしたの?」

虹川「いや、失礼な話だけど年上……なんだよね? ずっと年下だと思ってたので……」

美穂子「何か変だよ。私は気にしてないから前と同じでいいよ?」

虹川「うん、まぁ……じゃあお言葉に甘えて」

美穂子「ところで椎名さんの話では和幸くんが待ってるって話だったけど?」

虹川「うっ……すいません。でもそれは俺が悪いんじゃなくてあの執事が悪いの」

美穂子「どういうこと?」

虹川「俺としてはまず俺をここに連れてきてから美穂子ちゃんを呼んで来てもらう予定だったの」

美穂子「あーそっか。和幸くん、私の家に来るの初めてだもんね」

虹川「ほんと、なんつー家だよ……一、二度来た程度じゃ絶対迷うって」

美穂子「そうだよね。私でもたまに迷うもん」

虹川「………………」

美穂子「もう! 冗談だよ!? 何、その顔は!」

虹川「いや美穂子ちゃんならリアルに有り得そうだから」

美穂子「失礼だよ!」

虹川「くくっ、ゴメンゴメン」


 それからお互い笑い合った。  他愛のないこと、だけどこれが今の美穂子の支えになってると成仁は言う。  虹川は考えていた。本当にこの程度のことでいいのか、と。


美穂子「和幸くん?」

虹川「ん?」

美穂子「そういえばお父さんの用事って何だったの?」

虹川「うん、まぁここに来てもらったのもそれと関係あるんだ」

美穂子「え?」

虹川「君のお父さんから頼まれたんだ。『ずっと君の傍にいて欲しい』ってね」

美穂子「え?」

虹川「何か君のお父さん曰く、俺と会うようになってから君の状態も良くなっていったって」

美穂子「もう……お父さんってば……そんなこと言ったんだ……」


 俯いて少し頬を赤らめる美穂子。だがその様子に気づいていない虹川は淡々と話を続けた。


虹川「美穂子ちゃん自身はどうなの?」

美穂子「え? えっと……」

虹川「君のお父さんに懇願はされたけど断ったよ。親がどんなに望んだって 本人が望まなきゃ意味がないからね」


 そう、部屋を出る前に言った『お断りですよ』にはそういう意味があった。  もちろん、あの後に成仁たちにはきちんと理由は話したが……


美穂子「和幸くんは……?」

虹川「え?」

美穂子「和幸くんはいいの? 聞いたんでしょ、私のこと……」

虹川「病気のことだったら気にしていない。むしろ支えてあげられるのなら支えてあげたい。 俺は君のお父さんに言われてから疑問に思ったんだ。俺程度の人間で君に幸せを見せられるかってね」

美穂子「そんなことないよ!」

虹川「だから君の口からしっかりと聞きたいんだ」

美穂子「ふみゅぅ……」

虹川「くくっ」


 これだから年上に見えねぇんだよな、と心の中で苦笑した。  ポンっと頭の上に手を乗せ優しく撫でた。


虹川「俺がお前にいくらでも幸せ感じさせてやる」

美穂子「私……幸せ感じてもいいのかな?」

虹川「誰だって幸せを感じる権利は平等にあるはずだよ」


 そういって後ろから美穂子の首に手をまわす。  その虹川の手を両手で優しく包むように掴む。


美穂子「……うん、そうだよね」

虹川「(パクリだけど、この時ばかりは見逃してくれよな……)」


 虹川の言った言葉はとある小説の一文だった。  『アオの世界』という誰が書いたか明らかになっていない謎の小説。  しかし噂が噂を呼び、知る人ぞ知る名作となっている。


美穂子「僅かな間ですけど、よろしくお願いします」

虹川「バーカ、僅かじゃねーよ。嫌というほど幸せ感じてもらうんだからな」

美穂子「うん、よろしくね!」


パンパンッ


執事「美穂子様、そろそろお部屋に戻られた方が……風はお身体に良くありません」


 タイミングよく執事が登場し、虹川は慌てて離れ、美穂子は複雑な顔で執事を見つめる。


美穂子「……そうだね、分かった」

虹川「(……にゃろ……)」

執事「何かな、和幸様」

虹川「何でもないですよ」


 美穂子を家に招き入れ、それを確認してからまだ外にいる虹川に声をかける。


執事「しかし和幸様は読書するようなタイプには見えませんけどね」

虹川「は?」

執事「私も読みましたよ。『アオの世界』、面白いですよね」

虹川「あぁ……そうなんだ」

執事「今度、美穂子様にも勧めてみましょうかね」

虹川「勘弁してください」

執事「くくくっ。これからよろしくお願いしますね、和幸様」

虹川「あんた、意外と性格悪いみたいだからよろしくしたくないが、様はやめてくれない?」

執事「私は一応、美穂子様専属ですからね。その彼氏様に様をつけないわけにはいきません」

虹川「じゃあ茶化すのやめてくれない?」

執事「なんのことでしょう?」

虹川「………………」


 ここから正式に虹川と美穂子の付き合いが始まった。  家族ぐるみでの付き合いになっていく中、虹川はより美穂子の病気の深刻さを知り  そして美穂子は虹川から希望をもらっていく中、ある決心を固める……







五章『鐘を鳴らして』


 GW後半戦の位置付けている試合。今年、前半が連夜との賭けに無理やり日程を組んだため  いつものように多くの実戦をレギュラー陣に積ませるために後半戦もダブルヘッダーとなっているが……


パッキーンッ!


雷仙「うしっ!」


シュタタタッ


ズシャアッ


二塁審『セーフッ!』


佐野「ふぅ」


 一年軍との対決に出てなかったレギュラー陣に加え……


キィーンッ


カキーンッ!


桜坂「………………」

今居「オッケー」


 出場したレギュラー選手。  更には……


大川「しっ!」


ググッ!


ガキッ


パシッ


如月「ほいっ(サッ)

泉川「ナイスッ」


シュッ!


 連夜の元、活躍した面々も加わり連夜が理想とするチーム像に近づいていた。


カキーンッ!


鞘師「………………」


グググッ!


ブ――ンッ!


沢村「しゃっ!」


 全ての選手の力が合わさり、強行日程ながら全ての試合勝利を収めた。


皆河「ふぅ、中々いいまとめ具合じゃないっすか?」

青南波「一年のやつらには如月、神木を中心に色々守れる選手もいるし使い勝手がいいのもあるな」

皆河「しかし大丈夫なんすか? まだこっちで動ききってるわけじゃないのに勝手なマネして」

青南波「どっちにしろ俺は任務を遂行できなかった。だから一緒だよ」

皆河「任務?」

青南波「漣を野球の出来ない体にするってこと」

皆河「……だからあんな無謀なことや日程を組んだんだな」

青南波「あぁ」

皆河「それだけだったら任務遂行したかもよ?」

青南波「……そんなに悪いのか?」

皆河「ん〜、まぁ左腕はかなり疲労が溜まってて野球どころか私生活に影響出るほどだって」

青南波「そうか……」

鴻池「監督、一つ聞いてもいいですか?」

青南波「何だ?」

鴻池「どうしてこんな野球部になってるんですか?」

皆河「ん、どういうこと?」

鴻池「朝里……いや、あの人に逆らえないってことはあの人の指示でこんな管理型にしていたってことだろ? 野球部に口を出す、あの人のメリットが分からなくてな」

皆河「あーなるほどね。桜花じゃ野球部潰そうとしていたみたいだしな」

青南波「それだったら簡単だ。金になるからだ」

皆河「金?」

青南波「漣が指摘した通り、このやり方では上は目指せない。だがプロに排出できるほどの選手は指導できる」

皆河「まぁ現に毎年出てるもんな」

鴻池「その指導力を売りに新入部員を集めるってことか」

青南波「そう。勝ちすぎると余計な出費もあるが、この方法なら実践不足がたたり強豪とやる上では間違いなく負ける。 つまりいつもいい線に行きつつ、プロも輩出する大学が出来上がるってわけだ」

鴻池「なるほど、納得できましたよ」

皆河「あの人にとって利益が全てなんだろう」

鴻池「漣は敵にしている相手は少し大きすぎるな……」

皆河「あいつが選んだ道だ。心配するだけ無駄じゃねーの?」


…………*


 時と場所が代わってGW明けの月曜日。  都内のとある病院に虹川は美穂子を連れてきていた。


虹川「で、何だって?」

美穂子「うん、順調だって」

虹川「そっか……もうすぐか……」

美穂子「ふふっ、楽しみだね」

虹川「楽しみはいいけど、お前は体調管理しっかりな」

美穂子「分かってるよ、もう……」

虹川「今日、産婦人科の方には行くのか?」

美穂子「ううん、それは明日」

虹川「予定日が延びるってことないかな」

美穂子「何言ってるのよ。予定日はあくまで予定日、早まったり遅くなったりは当たり前なのよ?」

虹川「え、じゃあ明日生まれることもあるの?」

美穂子「そうね。十日ほどだったら十分考えられるんじゃないかしら」

虹川「なっ……!?」

美穂子「もう……大丈夫かしら……」

虹川「そっか……そうなんだ…………ん? あれは……」


 虹川がふと前方に視線を向けると、連夜が見知らぬ男性が話しているのを見つける。


??「ほんとに野球辞めるのか?」

連夜「まぁ、いい頃合いじゃないかな?」

??「いい頃合いねぇ……最初っからこのつもりだったんだな」

連夜「何のことだ?」

??「肩、壊れてもいいなんて冗談半分、言わば脅しのつもりだったんだけどな。 本気でここまでやるとは思わなかったよ」

連夜「ま、気にすんなよ」

??「野球辞めてどうするんだ?」

連夜「朝里を……母親を追うよ。それが俺の役目だ」

??「はぁ……お前みたいなのが兄だと下は大変だろうな」

連夜「くくっ……かもな」


虹川「漣?」

連夜「ん? おぉ、虹川、どうした?」

虹川「やっぱお前かっと悪いな、話し中に」

連夜「んにゃ、いいよ」

??「じゃあ俺は行くよ」

虹川「あ、いやいいですよ」

??「いや、もう行くところだったから。じゃあな」

連夜「あぁ、またな」


 連夜と話していた男性は虹川に微笑を浮かべながら、軽くお辞儀をし去っていった。


虹川「カッコイイ人だな」

連夜「同い年だぜ?」

虹川「へ? 誰と?」

連夜「俺らと」

虹川「マジで!?」

連夜「んと、そちらのお嬢さんはお前の連れ?」

虹川「あ、そうそう。そういや美穂子、前に紹介しろって言ってたな。コイツ、同じ野球部の漣連夜」

連夜「漣です。よろしく」

美穂子「あ、はじめまして。虹川美穂子です」

虹川「お前……」

連夜「虹川? あぁ、お前の姉貴か」

虹川「いや、えっと……」

連夜「ん?」

虹川「実は俺、コイツと結婚してるんだよね」

連夜「…………なんだって?」

虹川「だから言葉通り」

連夜「いや、だってこの人、お腹……」

美穂子「今月、予定日なんです」

連夜「なっ!?」


 普段から冷静な連夜も流石に驚いたようで、そのまま固まってしまった。  まぁ、同じ大学の同級生が結婚していて子供も生まれそうと言われたら誰だって驚くだろうが。


虹川「あ、そうだそうだ。大事なこと忘れてた」

連夜「これ以上、大事なことあんのか?」

虹川「これとは違う意味で大事なことだよ」

連夜「なによ?」

虹川「金の件だけど何とかなりそう」

連夜「は? マジで?」

虹川「何、その反応……お前が頼んだんだろ」

連夜「いや、確かにそうだけど……億単位だぜ? 大丈夫なのか?」

虹川「こいつの親がさ、大企業の代表取締役でね。相談に乗ってもらったんだ」

美穂子「和幸、この間お父さんと話してたのってその話なんだ」

虹川「そうそう」

連夜「分かった、ありがとな」

虹川「気にするなよ」

連夜「だが一つ聞いていいか?」

虹川「あん?」

連夜「お前、逆玉狙いじゃないよな?」

虹川「あん?」

連夜「うん、良かった。安心したよ」

虹川「ったくなんてこと聞きやがる」

連夜「一応さ。お前がそうじゃないのはその娘を見て分かるよ」

虹川「そりゃどうも」

連夜「でもサンキュウな。関係ないといえばないのに、そんな大金動かしてもらって」

虹川「それを言うならお互い様だろ。お前には感謝してるしな」

連夜「感謝?」

虹川「俺、キャッチャー続けるよ。昔は向江の支えたいからとか思ってたけど 案外そうじゃないって気づいたんだ」

連夜「そっか」

虹川「俺はただ単にキャッチャーというポジションに憧れを抱いていただけかもしれないな。 俺は誰かを支えるのが好きみたいだからな」

美穂子「…………?」

連夜「なるほどな。ま、深くは聞かないけど、幸せにな」

虹川「ありがとよ」

連夜「じゃあ俺行くわ」

虹川「あ、後さ……野球どうすんだ? 肩、酷いんだろ?」

連夜「悪いな。約束は守れそうにないかもな」

虹川「そっか……でもお前なら右でも出来るんだろ?」

連夜「亨介……佐々木が言ってたか? 出来るかもしれないけど、潮時かなって」

虹川「……分かった、これ以上は何も言わないよ」

連夜「……悪い」

虹川「ただいつでも戻ってこい。皆、待ってる」

連夜「……あぁ。んじゃお幸せに」


 そう言って連夜は美穂子に先ほどの青年同様、お辞儀をして病院から去っていった。


美穂子「あの人、肩悪いって言ってたけど……?」

虹川「ちょっと俺らのために無理してな。お前みたいに相当無理するやつだよ」

美穂子「酷っ……私、そんなに無茶する?」

虹川「するから少しは自分を労れ。もう少し、周りに甘えるべきだよ」


 虹川の言葉は、連夜がいるときに伝えたかった言葉でもあった。  一人で頑張ろうとしている人は時によっては周りの人は歯がゆい思いをする。  虹川はその思いを良く分かっていた……


…………*


 また場所が変わり、連夜はその足で埼玉にある実家に向かっていた。


ピンポーンッ!


鈴夜『あ、開いてるよ、どうぞ』


連夜「あ? …………んじゃ」


ガチャッ


鈴夜「いらっしゃ……連夜?」

連夜「なんつー格好……どこか出かけるのか?」

鈴夜「いや、そういうわけじゃ……」

連夜「……とりあえず上がっていいか?」

鈴夜「お、おう。いいぞ」


 なぜ出かける予定もないのに奇妙な格好(鈴夜にとっては出かけ用)をしているのか不思議だったが  とりあえず、今は連夜自身に用事があるため家に上げてもらうことにした。


鈴夜「しかし、どうした? 急に帰ってくるなんて」

連夜「ん、ちょっと長期休みってことで帰省を」

鈴夜「GW明けてますやん」

連夜「冗談だよ。ちょっと報告な」

鈴夜「まぁ嫌でも目に入るよな、それは」


 連夜は治りが早くなるようにと左腕を吊るしていた。  何かあったかはともかく、何かがあったかは安易に想像はできる。


連夜「単刀直入に言う。野球部辞めます」

鈴夜「………………」

連夜「本当は悩んだ。昔、親父に矯正されたおかげで右腕は使える。肩さえ治れば バッティングは元に戻せる自信もある。けど……」

鈴夜「けど?」

連夜「我儘言うけど、今本当にやりたいことを優先させたいと思う」

鈴夜「……それは?」

連夜「朝里を……母さんを追う。親父には悪いけど、やっぱり俺、諦めきれない」

鈴夜「………………」

連夜「これは長兄としての俺の義務なんだ。そして朝里のやり方は許せない」

鈴夜「止めても無駄か?」

連夜「俺が漣朔夜と同じ考えだったとしたら無駄だろうな」

鈴夜「……分かった。何も言わない。だが、本当に未練はないのか?」

連夜「ない。って言ったら嘘になる。けど、それ以上に俺はこっちをやりたい、やらなきゃいけないって思うから」

鈴夜「そうか……好きにしろ」

連夜「ありがとう」

鈴夜「よせよ。お前の人生だ。お前が決めたんなら俺がどうこう言う権利はないさ」

連夜「ま、プロ入りはすでに日夜が叶えてくれてるし、今年ビャクもかかるだろ。親父の夢も叶ってるし俺ぐらいいいだろ」

鈴夜「一夜や宙夜もかかってもおかしくないと思ったんだがな」

連夜「宙夜は地区で帝王に負けたからな。出てくれば面白かったと思うけど。一夜は元々願望ないみたいだぜ?」

鈴夜「そっか。まぁ一夜はあんまり上を目指さない、良く言えば現実主義者だからな」

連夜「ある種、ビャクと似てるよな。ビャクは俺や光って兄姉がいたから自己主張も出来るけど」

鈴夜「思えば一番一夜に苦労かけてたからな……」


ピンポーンッ


連夜「ん?」

鈴夜「あっ……」

連夜「いいよ、俺が出る」

鈴夜「ちょ、待て! 連夜!」


 話している中、聞こえてきたチャイムに連夜が鈴夜の制止を無視して立ち上がる。  当然、慌てていて来る前にカッコつけていた理由が分かると思ったからだ。


連夜「はい?」


ガチャッ


??「あ、こんにちは」

連夜「……どうも……?」

??「あれ? えっと……漣さんのお宅ですよね?」

連夜「そうですけど……」

??「あ! もしかして連夜くん!?」

連夜「はぁ……すいません、どちら様で?」

まどか「あ、ごめんごめん。私はまどか。前崎まどかよ。よろしくね」

連夜「……よろしくお願いします」


 未だに頭の上に?マークが浮いている連夜に対し、女性も?マークを浮かべている。  この状況の打開策は一つ。


連夜「さて、説明願おうか」


 後ろを振り向かずに、後ろにいるであろう父親に投げかける。  その言葉をくらった本人はビクッっと体を強張らせていた。


まどか「鈴夜さん、いたんだ。ねぇ、連夜くん今日いるって聞いてなかったんですけど」

鈴夜「俺も聞いてなかった」

連夜「まぁ、知り合いみたいだしとりあえず入ってください。それなりに親しいみたいですし 色々と聞きたいこともあるんで」

鈴夜「………………」


 女性を家に招き入れ、三人の面談が始まった。第一声はその女性だった。


まどか「ねぇ、鈴夜さん。もしかして連夜くんに喋ってないんですか?」

鈴夜「うん」

まどか「もう! 大事なことなんですから、ちゃんと話しておいてくださいよ!」

連夜「で、結局この方、誰なんだ?」

鈴夜「えっとな……実は、結婚するんだ」

連夜「へぇ〜、誰と? 俺の知ってる人?」

鈴夜「俺と……」

連夜「…………は?」


 妙な緊張感が居間を覆った。  暫しの無言の中、固まった思考を何とか動かし、連夜が口を開いた。


連夜「悪い。もう一回、きちんと言ってくれ。何だって?」

鈴夜「だから、俺とこのまどかさんが結婚する予定なの」

連夜「………………」

まどか「ほら、白夜くんや光ちゃんと同じ反応じゃない」

連夜「……それはまた急な話だな……」


 ただでさえ、虹川の一件もあったというのにと心の中で続くもんだなと呆れ半分だった。


連夜「女性に聞くのも何なんですが、いくつで?」

まどか「私? 私は26歳よ?」

連夜「……俺の方が年齢近いじゃねーか」

鈴夜「いや、それは……まぁね」


 ちなみに鈴夜は今現在44歳である。  息子の呆れにも近いような皮肉も今の鈴夜には交わす余裕などなかった。


連夜「まぁ、俺からどうこう言わないけどさ。さっき親父が言ってたけど俺の人生だから俺が決めていい。 それは逆にも言えることだろ? 本人たちがいいなら何も言わないよ」

鈴夜「連夜……」

連夜「それに本音いうと安心した。母さんがいないから必要以上に親父は俺たち子供を想ってくれてたからな。 ようやく自分のための行動してくれたんだなって」

鈴夜「……お前……」

まどか「ほんと、聞いてた以上に大人な子ですね」

鈴夜「うん、ちょっと問題がありすぎるぐらいにね」

連夜「……まどかさん」

まどか「はい?」

連夜「ビャクや光は知らないけど、俺はあなたのこと“母さん”とはまだ呼べない。自分の産みの親との 決着をつけなきゃいけないから」

まどか「………………」

連夜「だけどこれだけは言わせてほしい。決して認めてないわけじゃないから。 俺のけじめとして理解してもらえたらなって……」

まどか「うん、分かった」

鈴夜「まどかさんも朝里に関しては無関係じゃない。いい協力関係になるかもよ」

連夜「え?」

まどか「うちの弟も朝里を追ってるの。前崎翔斗って言うんだけど……恐らく近い将来、連夜くんも出会うと思うよ」

連夜「前崎……翔斗……分かりました。覚えておきます」


 連夜はコップ半分くらい入っていた麦茶を飲み干すと、スッと立ち上がった。


鈴夜「ん、もう行くのか?」

連夜「あぁ。お二人のお邪魔しても悪いしな」

鈴夜「変な気を使うな」

連夜「ま、気にするな。じゃあまどかさん、何にも出来ない情けない親父ですけどよろしくお願いします」

まどか「いえ、こちらこそよろしくお願い致します」

鈴夜「………………」


 どっちが父親なんだろう、と一人複雑な心境な鈴夜だった。


…………*


 翌日、連夜は監督の元を訪れていた。  その手には退部届と書かれた封書を持って。


青南波「辞めるのか?」

連夜「肩が元のぐらいに戻るのは一年以上かかるらしいですからね」

青南波「……こうなるって分かってたんだろ?」

連夜「まぁ、無理をすればなるとは思ってましたし、釘も打たれてましたからね」

青南波「なのに俺が青南波麻衣子と結婚したという言わば他人なのに救ったというのか?」

連夜「母ならこういうでしょう。『麻衣子が選んだ人だから』って……俺も同じ気持ちです」

青南波「………………」

連夜「それにあなたは光星を強くするに必要な人だ。ここで失う訳にはいかない」

青南波「……お前……」

連夜「朝里の無理な要求に対し、あなたはその中で結果を残している。そして彰規さん……黒瀬彰規を はじめとし、プロ入りする選手も輩出している」

青南波「それは選手が元々持っていた実力だ」

連夜「黒瀬彰規はあなたに感謝していた。そんな人を切るなんて考えられなかった」

青南波「ただ切るだけなら簡単というわけか。だが俺ももう辞めさせられるだろう」

連夜「なぜ?」

青南波「この間の練習試合で方針に逆らったのだからな。すぐに指示が来るだろう」

連夜「……息子さんの件ならカタをつけました」

青南波「――!?」

連夜「あなたは自由の身です。もしそれでも切られるなら、それは学校側の判断になりますが…… ここまで結果を残しているあなたを切る理由はないでしょう」

青南波「………………」

連夜「皆河たちに聞けば、あなたは朝里と言うより個人に言われていたみたいですしね。 もう安心と言えるんじゃないでしょうか」

青南波「あんな大金……どこから?」

連夜「それは虹川に言ってください」


コンコンッ


ガチャッ


虹川「ま、保証はお前だけどな」

連夜「グッドタイミング」

青南波「虹川、どういうことだ?」

虹川「金のことなら心配しないでください。漣が全部払ったことになってるんで」

連夜「と言う訳です。気にしないでください」

青南波「そういうわけにはいくか! 俺は……」

連夜「息子さん助けたいならガタガタ言うじゃねぇ!」

青南波「――!」


ガシッ


連夜「助けたいんだろ!? 今まで必死に耐えてきたんだろ!? 簡単に助けられる道があっても その道を選ばずに、プライドも捨てて今までやってきたんだろ!? だったら今になってプライド見せんなよ!」

青南波「………………」

虹川「(漣……)」

連夜「とまぁ、今日は退部届出しに来ただけですので、この辺で」


ガチャ


青南波「虹川……俺はどうしたら……」

虹川「俺から言えることは二点。まずは息子さんを助ける。そしてあなたは光星野球部を強くする。 全国制覇を見せることが、漣への恩返しじゃないですかね」

青南波「………………」

虹川「お金は落ち着いたらゆっくり漣に返してやってください。まぁ受け取らないでしょうけど…… どうしてもと言うなら僕が受け取りますよ。一応あいつから受け取る役目は僕なんで」


ガチャッ


 それだけ伝えると虹川も監督室を後にした。  廊下には先に出た連夜が携帯片手に虹川のことを待っていた。


連夜「あぁ、ありがとな、綾瀬


プツッ


虹川「誰と電話してたんだ?」

連夜「ん? 監督を言わば脅していた人を金で説得してくれた人。頼りになるやつだよ」

虹川「ふ〜ん」

連夜「お前もわざわざありがとな」

虹川「ん?」

連夜「お前が来てくれなかった落ち着いて監督に想いを伝えられなかっただろう」

虹川「伝えてなかっただろ」

連夜「くくっ。お前が代わりに言ってくれただろ?」

虹川「はぁ……まったく……でもあれマジで言ってたろ? らしくねぇな、どうした?」

連夜「ん? まぁ、強いていうなら言葉通りだったけど、朝里という味方をつけられたのに、それを避け 逆に言いなりになってたのに、俺やお前みたいな一端の学生に救われるのが嫌っというプライドが見えたのにイラってきてね」

虹川「まぁ、普通は思うだろうけどな」

連夜「状況が普通じゃないんだ。プライドも捨てたやつがそこでプライド見せたのが嫌なんだよ。 『中途半端なプライド持ってると痛い目みる』ってことだ」

虹川「ふ〜ん、確かにそうかもな」

連夜「受け売りだけどな」

虹川「受け売りかい!」


 雨降って地固まる。  連夜が光星大学野球部を去り、新生光星大学野球部の始まりを告げた。



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