〜込み上げる想い〜


−1−


 私、日法子は、現在十九歳。佐藤先輩が卒業してからは、佐藤先輩の約束を忠実に守ろうと努力してきた。
 それでもやっぱりあの人が居なくなってからは非常にさびしかった。
 学業で日商の一級を取得したから、いろんな経理事務所からお誘いがあったけど、踏み切れないでフリーターで毎日バイト三昧の日々を繰り返していた。
 兄さんからあんなことを言われるまでは……

「先輩、今日も大活躍だな……それに比べて私なんて……」

 未だに先輩に未練たらたらで先輩を忘れることが出来ずいつか先輩に会ってまた話したいためにフリーターになってる。
 本当に情けないくらい馬鹿な女だとは思う。それでも先輩を忘れることが出来ない。
 あの優しい瞳の先輩に……最もそれより前に好きになった切欠があるんだけど……そんな時だった。
 ある日スポーツ番組を見ているときだった。
 もちろん、あの先輩の活躍が放送されると知っていたからだ。
 ちょっとした応援団の気分だった……そのとき……


ピンポー――ン


 とここで、来訪者が出てきた。誰だろう???
 もう、午後の八時。普段だとこんな遅い時間には……
 誰も来ないはずなのに……そんなことを思いながら、私は玄関の扉を開けた。

「よっ、電車で帰ったから遅くなっちまった」

「に、兄さん??? 確か明日帰ってくるって……」

 ここで現れたのは全く予想もしてなかった兄さんだった。
 私の大事な兄さんであり、私が困ったときにはいつも優しい表情をして、私の肩を優しく叩いて私を導いてくれるそんな兄さんだ。

「いや、急遽今日、帰る事になってな、それでこんな時間だけど帰っちまった」

「どうして??? なんで急遽帰る事になったの?」

「お前に嬉しい知らせがあったからな。それで急遽、別に何もすぐことが無いから帰ってきた」

 私に嬉しいこと。兄さんのことだ。よほどのことが無い限りはそんなに無いはず。
 ましてや私のことを一番知っている兄さんだ。よほどのことだろう。

「あいつが別府にやってくるぞ。巨人の選手としてなサイン会に……」

「あいつって……?」

「修だよ。修が今年の成長選手として凱旋して来るってよ。お前確か、あいつには何かしら世話になったんだろ? なら、驚ろかす意味で行ってみて来いよ。 お前がこんなに可愛くなったなんてあいつは知らないだろうから驚くんじゃねえの???」

「た、確かに驚くだろうけど……私なんか行って、迷惑かかんないかな。貴重な時間を割いて……」

 とここでも建前を使う私の悪い癖。
 本当はむちゃくちゃ嬉しいくらい飛び跳ねたいくせにそんな私のことを知ってか知らずか兄さんは優しく言う。

「サインだからそんなわけねえだろ。どうなんだ? 嫌って言うなら、あいつにこのことはなして行かないって伝えるけど……」

 でも、佐藤先輩に嫌な印象ももたれなくないし、どうせその日は何も無いんだし

「ううん、そんな話しないで、私行くから……」

 結局、私はその日に行くことを決めた。
 これが兄さんの策略で、行くのを決めたのを決めてうっすらと笑みをこぼしていたと知ったのは、かなり後になってことだったとも知らずに……





 そして、当日別府市にある場所へと私は赴いた。
 ただでさえ田舎の別府。おまけに松井秀二さんという大スターそして地元出身で今年ブレイクした先輩プロ野球選手が来るということでかなり盛り上がっていた。

「(す、すごいなぁ……普段は人気の無いのが嘘みたい……さすが、先輩だな)」

 さすがに、松井さんの所は人気抜群、かなりの人がサインを求めて長蛇の列を作っていた。
 一方の先輩も地元ということもあり負けていなかった。当然私も先輩のサインを求めてならんでいた。
 先輩は果たして私が来るなんて思っているだろうか、また私のことをまだ覚えていてくれているのだろうか?
 そこが一番怖かった。忘れる=興味がないってことなのだから。

 先輩のサインを求める人から色々な噂話があった。そんな仲でなぜサインを求めているかも聞けた。

「だって、童顔っぽくてかわいいんじゃない。それに照れたときの顔が最高」

 みたいなミーハ―な理由でサインを求める人がほとんどだった。

「(やっぱり、私みたいな人はそんなにいないかな。でもいいや、先輩は先輩だし。まだ松井さんがいるから光ってないだけそう思っておこう)」

 と勝手にそんなことを思いながら待っていると、ついに私の番が来たようだ。

「佐藤選手、サインお願いします」

「はい、ありがとうございます」

 私は平静を装って、先輩に近づいた。しかし気付いているのか気付いていないのか、先輩はあの時と変わらない笑顔で優しく接する。
 その後地元の話、高校のときとの話をするが全く気付く気配は無い。
 私が高校時代と印象が変わったからなのかはたまた、先輩は私なんか来る訳ないと思って、話しているかなんだと思う。

 しかし、全く気付く様子もなく、業を煮やした私はついに、高校のときの教えを話した。

 すると、先輩からは今までの話からか急に恥ずかしくなったのか顔を赤らめてついには白状したかのように言い放った。

「お、お前……まさか、法子か???」

 前と変わらない天然さと優しさそう思うと今まで悩んでいたことが馬鹿馬鹿しく思い、つい、笑いが自然と込み上げてしまった。

「わ、笑うな。3年も会ってなかったんだぞ。それに高校のときと違ってなんか雰囲気変わってて分からなかったんだよ」

「しょうがないじゃないですか。そっちは東京でこっちは大分なんですから」

「しかし……あえて、嬉しいよ。こうしてまた高校のときと同じように顔をあわせられたんだから」

「はい……私も嬉しいです」

 その後は人気もまばらになったと会って、懐かしさも込み上げ昔話に華が咲いていったが時間にもなってきて私が帰ろうとしているときだった。

「どうした? 法子?」

「色々昔話で話してくれるのは嬉しいんですけど、そろそろ時間になってきましたし、何より 松井選手が後ろでオーラはなってにらんでますよ」

「(だよねえ?)」

「うーん、そっか参ったなぁ……」

「別に良いんですよ。先輩の都合が悪ければ私のことはどうでも……」

 とここでもお得意の波風をたてないことをしようとするがこの先輩に惹かれる理由はこの強さでもあった。

「……なーに、松井さんだ話せば分かってくれるさ……」

「でも、大丈夫なんですか?スポーツ世界って縦社会強いんでしょう。 私のことに気を使って無理なんか……」

「いいから、見てろって。俺はやると決めたときは実行してるのを、お前は知ってるだろ?」

「まあ確かに……」

 そんなことで、結局折れた。私が先輩を慕っている理由はこの芯の強さでもある。
 弱そうに見えて、その実強そうな心を見せて、私に大事なことを何度も高校のときに教えてくれた。
 そんな先輩が私は本当に好きだった。

 そして、そんな後姿を見ながら私は、こんなことも思っていた。

「(先輩、何一つ変わってないよ。真っ直ぐなところから何もかも……)」

 そんなことを思っている間も終始、先輩と松井さんは話し合いをしているように見えた。
 松井さんは腕組みをしながらじっと先輩の話を聞いていた。

「(どうして、私を突き放せば済むのに、しないんだろう……)」

 そんなことも頭に過ぎりながら、松井さんは、最終的には笑みを見せて私とのことを認めたような気がした。
 そうんなことがあり、良かったのか先輩は笑顔で私の元に返ってきた。

「(人のためになら一生懸命な先輩なんだろうなきっと……だから、私は慕ってるんだきっと)」

 そんな先輩の思いを確かめながら、思っていると先輩が帰ってきた。

「どうでした?」

 と先輩の顔を見れば一目瞭然なのに聞く私。そんな馬鹿な質問にも笑顔で答える先輩。

「いいってよ」

「そうですか……しかし、先輩も私は変わってないって言いましたけど、先輩も十分変わってないですよ。 真面目って言うか誠実って言うか、高校時代とひとつも……」

「そんなことないよ。そうしないと人付き合いって言うのはダメなんだし、俺が嫌なんだから、じゃあさ時間できたからさ あそこに行ってみないか?」

「あ、あそこって……?」

 急にあそこって言われても分からない、狭い別府あそこって言われてもたくさんあるんだから。

「あそこは、あそこだよ学校からも近いしいきゃあわかるんだから」

 引っかかるところはあったけどせっかく先輩が誘ってくれるんだし、チャンスだし……

「それじゃあ、そこでお願いします」

「うん、じゃあ行こっか」

 そうして、先輩は早速車を走らせた。
 どこへ行くのだろうと思いながら、徐々に見覚えのある風景が流れてきて私は先輩に聞いてみることにした。

「先輩、まさか……行くところって?」

「さぁ……まあ行きゃあわかるって」

「それはそうですけど……」

 結局、かわされながら運転をしながら待っている私。
 そうするとなぜ、先輩が隠そうとしているのがこの場所について段々分かり始めた。

「やっぱり……先輩がいつもと違うからおかしいと思ってたら……こんなところに……でも分からないどうしてこんな?」

「どうしてだと思う?」

 私は理由を考えているが全然分からない。
 久しぶりで遊びだというのに、普通映画とかカラオケとかそんなところに行くのにどうしてこんなところに行ったんだろうか?
 本当に分からなかった。

「どうしてですか?」

 というと先輩は……頭をぽりぽりかきながら行った。

「約束しちまったからな。もし一軍に定着できたら、今まで奢れなかった分ここで奢ろうって」

 そういわれて私はハッとした。そういえば、そんなこと言って、卒業式泣きながら見送ってた私を見送ったっけ。

「そ、そんな昔のこと……まだ覚えててくれたんですか?」

「だって、約束しちゃったんだしそれが人間として当たり前だろ」

 何もそんなに恩義を感じなくても見たいな顔で私に言う先輩。
 でも、そんなちっちゃなことを今の今まで覚えてた先輩が嬉しくて……つい、涙ぐんじゃいそうになるのをグッとこらえていた。

「………先輩……」

「……どした、法子入らないのか?」

「ああ、すいません、ちょっとぼーとしちゃって」

「おいおい、大丈夫かよ?」

「ええ、大丈夫です。それじゃあ行きましょう」

 きっと先輩は「??」見たいな感じだったんだろう。
 でも、意図に気付かれるわけにも行かなかった。こんなお互いまだあまり知らず、しかも先輩が好意を持っているとも知らないのに、私だけなんてこともありえるから気持ちを抑えていた。

 そうして、高校のときとほとんど変わらない店内で、さっそく先輩に甘えてメニューを取ろうとするが……

「いや、法子のメニューは俺のほうから言っておくから」

 といって、どうしてもみせてくれなかった。
 ちょっとがっくりしていた。なんで先輩勝手に決めちゃうんだろ……

 そんな中、先輩が次に話したのはこの次の内容のことだった。

「法子、まだこれ終わっても時間あるんだし、どっか行くところ希望とかある?」

 ちょっと、膨れっ面になっていた私はぶっきらぼうにちょっと意地悪く答えた。

「別に、どこでもいいですよ」

「や、やっぱし、メニュー見せなくて勝手に決めたから怒ってる?」

「…………」

「心配すんなって絶対大丈夫だから……」

「まあいいですけど……それじゃあ学校の野球部行きません? 結構思い出深いものがありますから」

「うーん、そうだないいんじゃないかな」

「あの、すいません、注文の方持ってきました」

 そんな話をしているとバイトの子が注文をもってきてくれたらしい。
 まずは、先輩にコーヒー。そして私のほうには……

「あっ……」

 私の前に出されたのは、高校のときお金をあんまりもらえなかったら高くて食べなかったものだった。
 私の好物のイチゴのミルフィーユだ。これが先輩の隠していた理由とも知らずに私ったら勝手に怒って……

「せ、先輩。ごめんなさい。先輩の考えていること知りもしないで、勝手に怒って……」

「なーに、あんなことされたら、普通怒るよ。ごめんな言えば良かったな。どうだった? この演出」

「古いですよ、先輩」

「だよな……こんな芸のないことして」

「でも……」

 そう言って、先輩の心遣いを悪いようにしないように……

「このミルフィーユとってもおいしいです」

 最高の笑顔を先輩には見せたつもりだ。先輩はどういうわけかどぎまぎしてたみたいだけど何かあったんだろうか?

 そして、その後すっかり話が盛り上がり会計に行こうとしているときだった。当然私も出すつもりだったのに……

「法子、お金ならいいっていいって、早く外で待ってて」

「でも、せっかくこうして私の好きなものを諦めていたのに、思い出させてくれて凄い嬉しかったのに申し訳ないですよ」

「馬鹿だな。俺は腐ってもプロ野球選手だぞ。千円くらいの負担じゃあどうってことないんだから大船に乗った気でいればいいんだよ」

 そのままもちろん出すことも出来た。
 でも普段はやわらかい人なのに、こういう男を見せるっていうところでは私もよく兄から頑固って言われるけど、先輩も全然負けてない。
 そして、先輩は私よりも年を食っていてその経験を生かして、駆け引きも上手だった。

「じゃあ、わかった。今度何かお願いあったらお願いして、それで穴埋めしてくれたらいいから。今回は俺に奢らせて」

「う〜ん……わかりました。それではよろしくお願いします」

 とこんな風に上手な駆け引きも上手い。関係ないかもしれないけど、強打者の要素なのかもしれない。
 私はしょうがなく、外で待たせてもらうことにした。

「よっ、ごめんごめん、ちょっと代金払うの遅れちゃって、寒くなかった」

「いえ、私のほうこそすいません、長くしちゃってそれより、冬は夜になるのが早いんですから早く行きましょう」

「よし」

 そしてその後は車を走らせた。そして別府学園の校門の前で車を止めて。そこからは徒歩でいくことにした。
 ここを歩いていると本当にあのときの楽しい思い出ばかりが蘇る。

「(よくここで、桜の花を見ながら、声からして応援してたな先輩達を……)」

 そんな、桜の木を見ていると、つい口に出てしまった。

「ここ、覚えてます? よくここで坂道ダッシュしてて、声からして私が応援してたこと。そして 練習が終わったら、よくみんなで花見みたいにジュース飲んでたのを」

「ああ、よく覚えている……法子桜は好きか?」

「ええ、とっても散っていく花びらがとっても好きなんです」

「いつか、いつかだよ。桜を見れる機会があればさ、見に行かないか?」

「ここにですか?」

「ああ、そのとき俺だけじゃなくてみんなでさ……」

「はい……是非」

 その後はいろいろ会ったけど、先輩には良い思い出を思い出させてくれたし、何より先輩と居ると本当に楽しくて嫌なことがあったのを吹き飛ばしてくれる要素が先輩にはあった。
 本当に充実して久しぶりに一日があっという間にたった。

「本当に今日は、サインを申し込んだだけでこんなにさせてくれてありがとうございました」

「サイン求められたんだから、当然だろ。それにしても法子ちょっと食べさせすぎたかな」

「本当ですよ。これでも一応身体には気を使っているんですから、何かあったら先輩の所為ですよ」

「そういうなって、それに家の直前までこうしてくるまで送ったんだから」

 もちろん、バスでも使って帰るからいいっていったんだけど、先輩は本当におせっかいがすぎて車で送ってくれた。

「でも、ちょっと遅くなりすぎちまったかな。これでも早くしたつもりなんだけど、あいつごらんのように過保護すぎるだろ」

「まあそうですよね。本当ごめんなさいね」

 その兄さんがサイン会に行けっていったんだけどって言おうと思ったけどやっぱり止めた。
 そんなこといって、がっくりこさせたら悪いと思ったし。

「本当に今日はありがとうございました。一日とっても楽しかったです」

 私は、高校と変わらない引きつった笑顔で先輩に笑って見せた。
 もちろん引きつった理由はひとつ。これで当分先輩と会えないんだなって思って。

 先輩は私を見送ると車に乗り込もうとした。
 でも私はやっぱりどうしても、先輩ともっともっと話したくて込み上げる想いを抑え切れなくて口にしたくてもしなかったことをついに口にした。

「先輩」

「どした?まだ大丈夫か?」

「もし、もしですよ。今度暇な日でもいいんで、これに……その電話かけてくれませんか?」

 そう言って私は携帯の番号、メールを教えて精一杯の好意を多分出したんだと思う。
 先輩はどう思っているだろうか。じゃじゃ馬みたいな女と思っているのだろうか……何の前触れもなくこんなこと言って……

「ご、ごめんなさい……その、受け取れないなら受け取らないで」

 なかなか返事をしてくれないので、我慢できずについ謝ってしまった。
 本当に返事を聞くのが怖かったから……

「なんだ、そんなことでいいって……これ俺の番号とかね」

「ということは……?」

「ああ、今度暇になったらまた行こう」

 そう聞かれると今まで出したくても出せなかった感情を出してよかったという充足感に浸り本当の意味での笑顔がつい出てしまった。

「おいおい、大げさだな。そんなに笑顔でしなくても」

「す、すいません私ったら大げさに喜んだりしちゃって」

「?????」

「すいません、それじゃあそういうことで。今日はありがとうございました」

「あ…………ああ」

 先輩は訳がわかんない感じだろう。
 こんなに笑顔で入れることなんかきっと、まさか私が先輩に好意を持ってるなんてきっと知らないだろうし理由も分からないだろう。
 でもやっぱり私は先輩のことが好きなんだ。
 小さいときから抱えている想いを。久しぶりに夜空の星星が私に笑いかけているように見えた。
 それがつかの間の幸せとも知らずに……





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AYAさんより頂いた込み上げる想い第1話でした。
以前、佐藤夫妻の絵をもらったさいに小説書いたんですが、そのお礼らしく……
いやはやすいません、もらってばっかりで><;
記載したように『小さな主砲』の1章での法子さん視点のテキストverです。
そちらも合わせて読まれると面白さUPでしょう。
連載形式ですので、まだ続きますよ〜。
                                サス





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