麗美子「遅いわよ」

虹川「すいやせん」


 連夜との特訓のため帰宅が遅れた虹川、美穂子の姉である麗美子に大目玉を食らっていた。


麗美子「美穂子を放っておいてあなたは何をしていたのかしら?」

虹川「すいません、野球部の騒動に巻き込まれてまして……」

麗美子「ホントに……大学に行くとかはこっちが巻き込んでることだからとやかく言うつもりはないけど もう少し美穂子に気を遣ってもいいんじゃないかしら?」

虹川「はい、すいません」

美穂子「お姉ちゃん、和幸は色々とやってくれてるよ?」

麗美子「それは分かってるわよ」

虹川「でも言い方キツイっすよ」

麗美子「でも大事な妹を預けてるわけだから、ちゃんとしてもらわないとね」

虹川「えぇ、分かってますよ」

美穂子「クスクス、和幸ってばお姉ちゃんの前じゃ形無しだね」

虹川「そりゃあ、そうだよ」

麗美子「じゃあ和幸くんも来たし、私は帰るわね」

虹川「え? もうちょっと休んでってくださいよ。夕飯とか全部やってくれたんですよね」

麗美子「えぇ、誰かさんが遅いもんだから」

虹川「………………」

美穂子「何だったら泊まっていったら?」

麗美子「せっかくの二人っきりの時間を壊すのもあれじゃない?」

虹川「でも美穂子は妊娠中で別にすることないですからね」

麗美子「和幸くん?」

虹川「すいませんでした」


 ニッコリと微笑む麗美子が酷く怖く見えたらしく、咄嗟に謝りの言葉が出た。  その光景を美穂子は嬉しそうに見ていた。  そう遠くない未来、この日常を歩めないと知っているからこそ……







一章−試合『期待する者、応える者』


 紅白戦当日、参加メンバーは練習が終わる一時間前に上がりそれぞれミーティングに入っていた。


連夜「じゃあうちもオーダーを決めたいと思いますが」

佐々木「結局増えなかったか……」


 一年軍は結局、その後参加する選手は増えず九人で挑むことになった。


連夜「まずバッテリーは俺と虹川がやる。ってことで人数が多い外野から――」

佐々木「待て待て待て。なんだって?」

連夜「いきなり話の腰を折るとは良い度胸だ」

佐々木「いや、バッテリーって重要だからな」

如月「それに虹川は投手にせよ捕手にせよ経験がないだろ」

佐々木「何ィッ!?」

連夜「俺がピッチャー、虹川にはキャッチャーをやってもらう」

佐々木「いやいやいや、お前がピッチャーって……」

連夜「不満か? このメンバーじゃ妥当だろ」

佐々木「ん〜……まぁ、そうか」

八代「良いんじゃない? 漣っていいピッチャーだったじゃん」

如月「問題は虹川に捕手が出来るか、だな」

虹川「試合になったら分からないが、短い期間にしてみれば出来るほうだと思う」

連夜「センスはあるぜ。大丈夫だろ」

藤浜「どっちにしろ今日が試合だ。練習してたというなら二人に任せるしかないだろ」

連夜「さすが、話が分かりますね」

藤浜「(さすがと言われるほど話したことはないけど……)」

八代「で、外野でしょ? 俺、センターね」

連夜「すいませんがセンターは佐々木です。八代さん、ライト出来ますか?」

八代「あん!?」

連夜「レフトは上戸さんですし、佐々木は中高と一貫してセンターやってきましたからね」

八代「あれ、上戸っちライトでしょ?」

連夜「え?」

上戸「そうそう。大学に入ってから、身体能力の高さを買われてライトやってんのよ」

連夜「あ、そうなんすか……じゃあレフ――」

八代「………………」

連夜「――トは佐々木、出来るか?」

佐々木「あんまり経験はないけど出来るでしょ」

連夜「よし、じゃあこの布陣で」

虹川「そういや神木も外野だろ? 内野出来んのか?」

連夜「あーそうか、鞘師も外野だもんな」

神木「俺は元々内野手だから大丈夫だ。外野は帝王時代のポジション事情で守ってただけだし」

連夜「そういやセカンドやってたもんな」

虹川「鞘師とやらは?」

鞘師「外野しかやったことないですね」

連夜「一塁手もいねぇんだよな……上戸さん、桜花時代一応経験ありますしお願いできます?」

上戸「あぁ、いいよ」

鞘師「いえ、私がやります」

連夜「え?」

鞘師「聞けば上戸先輩は外野向きとのこと。外野守備もそれほどでもない私が一塁にまわった方が守備力が上がるでしょう」

連夜「それは確かにそうだが……」

虹川「経験あんの?」

鞘師「ありませんよ」

虹川「………………」

鞘師「なので内野の皆さん、ショートバウンドでの送球は勘弁してくださいね」

連夜「ま、まぁ仕方ないか……」

如月「それで内野は?」

連夜「あぁ、三人の本職は?」

如月「高校時代はショート。でも内野全般いける」

神木「俺も内野全般かな。まぁ二遊間が主だけど」

藤浜「主にセカンド。他もやったことある程度だな」

連夜「また固まってること」

如月「まぁ俺の場合、赤槻でたまたま空いてたのがショートだからそうなったけど、どこでもいけるぜ」

連夜「あーキヨと外国人がセカンドとサードやってたもんな」

神木「と言っても藤浜先輩はセカンド本職、俺も近年はセカンドと外野ばかりやってたし、それ考えたらショートは如月がいいんじゃないか?」

連夜「だな。じゃあ藤浜さん、サードお願いします」

藤浜「了解」

連夜「セカンド神木な」

神木「あぁ」

連夜「んじゃこういう布陣でよろしく」

虹川「あー流石に緊張してきたな」

連夜「ま、なるようになるさ」


ガチャ


青南波「そろそろ準備しろ。始めるぞ」

連夜「分かりました」


 監督の言葉に九人が真剣な眼に変わり、そしてロッカールームを後にした。  未来を勝ち取るのは一年か? それとも上級生か?



…………*



紅   白   戦
先   攻 後   攻
紅    軍 VS 白    軍
3年CF八   代 細   川CF3年
1年SS如   月 谷   澤SS 3年
3年3B藤   浜 桜   坂3B4年
1年1B鞘   師 今   居LF4年
2年RF上   戸 金   井 1B3年
1年  漣   帯   蛇RF2年
1年LF佐 々 木 岡   本2B 2年
1年2B神   木 堂   本 2年
1年虹   川 田   越 2年


 試合は特設グラウンドで行っており、参加する部員以外は解散しているがほとんどのものがスタンドで観戦していた。


青南波「主審は俺が行う。各塁審は各学年から選出した」

連夜「一塁、一年のようですがいいんですか?」

青南波「俺が主審するからな。審判で難癖つけられても困るんでな」

連夜「そこまで考えなくていいのに……」

谷澤「ではこれがオーダーです」

連夜「はいよ」


 それぞれのオーダー表を青南波と相手側に渡し、ベンチへと戻る。  試合前の挨拶などは特になく、高校の白軍、上級生チームがそれぞれの守備位置へと走る。


連夜「ほらよ、オーダーだ」

神木「先発は田越先輩か……」

藤浜「うわ、桜坂さんや今居さんも入ってんのかよ」

虹川「というかこっちが九人ギリに対してレギュラーが守備についてもベンチに選手いるもんな」

連夜「んで神木、あの田越ってどんな投手よ?」

神木「変化球をコーナーに投げて打たせてとるタイプだな。後、内角に投げるシュートみたいなのに気をつけろ」

連夜「みたいなの?」

神木「右バッターの内に入ってくるボールなんだけど捉えたと思ったら芯から外れるらしい」

連夜「……お前、実際見たことあるんだろ? なんで他人事なん?」

神木「俺は左だし、そもそも打席に立っては見たことないからな」

連夜「あーそうなん?」

鞘師「だけどその年、帝王は甲子園出てないのでしょう?」

神木「あぁ」

鞘師「二流高校に負ける投手です。大したことはないでしょう」

連夜「ま、そうだな」

神木「………………」

八代「でも、低めに変化球を決められると大変だね」

虹川「どうでした?」

八代「手元でグッグッ、グッグッ、動く嫌な投手だな」

虹川「神木の情報通りだな」

佐々木「というか八代さん、練習とかで一年間やってたんですから対戦と言わなくても何度か練習でないんですか?」

八代「ないよ」

藤浜「いや、あるから」


 ベンチで田越の攻略を話しあってる中、紅軍は二番如月が左バッターボックスに入る。


如月「さてと……」


グッ


キィン


ククッ


カァン


シュッ


カキンッ


 カウントは2−0と追い込まれていながらも来る球を悉くカットする。


如月「(凄いね、ボール球を投げてこないなんて)」


 正確に言えば際どいボール球らしきものは多々あったが、見逃してストライクにでもとられたらたまったもんじゃないと  そういう球は全てカットしており、それは追い込まれてからのボール全てがそこに制球されたボールと言う意味になる。


田越「しっ!」


シュッ


キィーンッ!


如月「ふぅ……何とかなったか」


 センター前ヒットでワンアウトから如月が塁に出た。


ガキッ


藤浜「あっ……」


 しかし続く藤浜が変化球を引っ掛け内野ゴロ、併殺打となりこの回を終える。


虹川「あっさりとしてるな」

連夜「紡ぐ未来の試合はテンポをモットーに頑張っております」

虹川「あん?」

連夜「さ、テンポよく抑えたろ」

虹川「お、おう……」

佐々木「………………」


 続く裏の白軍の攻撃、トップバッターの俊足細川が打席に入る。


細川「よーし打ったりますよ」

連夜「いっくぜ!」


シュッ!


サッ


連夜「バントか!」


ズバァンッ!


 バントの構えを見せそのまま見逃す。


細川「藤浜、サード出来んの?」

藤浜「バント阻止ぐらいは出来るよ」

細川「そうかい」


シュッ


カァンッ


細川「これでどうでしょう?」


 二球目、バントの構えは見せず軽く合わせるヒッティング。  打球は外野前に落ちそうなテキサスな当たり。


如月「チッ、面倒な当たりを……!」

佐々木「オーライ!」

如月「ん?」


 しかしレフト佐々木が前進守備を敷いており、難なくキャッチ。


細川「むっ……!」

谷澤「佐々木にしてやられたな」

細川「あの男、どっかで見たことあると思ったが中学の時のか!?」

谷澤「そうだが、お前最近絡みづらくなったな」

細川「こっちにもこういうキャラいるでしょ?」

谷澤「………………」


キィーンッ!


 二番谷澤の打球は左中間へ。


八代「てりゃあぁっ!」


シュタタタタタッ


パシィッ


 センター俊足の八代が自慢の足を生かして捕球。


連夜「やるぅ」

虹川「(何とかなるもんだな)」


 守備の助けもあり、順調にツーアウトをとる。  ランナー無しで打席には三番桜坂。


連夜「いきますよ!」


シュッ!


桜坂「このっ!」


キィーンッ!


連夜「サード!」


バシッ


 打たれた瞬間、ピッチャーの連夜の声と同時にサード藤浜が打球へ横っ飛び。  ワンバンで捕球し、素早く立ち上がり一塁へ。


連夜「おぉ、守れるじゃないですか」

藤浜「経験は一応あるからな」


 バックに助けられ、ランナーを出さず無失点に抑える。


神木「サード経験あるって大学でですか?」

藤浜「そうだけど、何で?」

神木「いえ、サードは桜坂さんがいるのに……と思いまして」

藤浜「あぁ、今シーズンからサードやってるけどあの人、元々ショートなんだ。 で、一回試合で当時サードを守っていた先輩は体調悪くて俺がやったんだ」

神木「なるほど」

連夜「じゃあなんでサードに?」

藤浜「谷澤の台頭と打撃に専念するためかな。まぁ谷澤は早い段階でセカンドレギュラーとして出てたんだけど」

連夜「監督に媚売って……か」

佐々木「へぇ、谷澤さんセカンドも出来たんだ」

藤浜「というよりあいつショートが本職だけどな。セカンドも卒なくやってたけど」

佐々木「え? そうなんですか?」

藤浜「佐々木は確か中学が一緒だっけ?」

佐々木「えぇ。中学の時は投手とサードを兼任してたんで」

藤浜「ふ〜ん」

連夜「まぁ中学なんて4〜5年前だろ? そんだけの月日経てばポジションも変わるさ」

佐々木「(一貫してセンターしかやったことなかった俺はどうなんだろうな……)」

藤浜「というか漣、この回打席がまわってくるだろ」

鞘師「先頭の私が出塁したんですが、漣が併殺に倒れて終わってますよ」

佐々木&藤浜「早っ!」


 二回の表、早速急造バッテリーに試練がやってくる。


連夜「しっ!」


パッキーンッ!


連夜「あー……」

佐々木「(まぁストライクが常時入るだけでも奇跡だもんな)」


 打球はレフト佐々木の頭上を悠々超えスタンドへ。  白軍、上級生チーム、四番今居の一打で先制。


連夜「う〜ん……運ばれたか」

如月「切り替えろ。誰も完封で勝てるとは思ってねぇから」

虹川「そういうこと」

連夜「それも寂しい話だな」

虹川「とにかく気にせず投げろってこと」

連夜「了解」


シュッ!


金井「なめるな!」


ピキィンッ


 更に続く金井にもヒットを打たれ無死でランナーを出してしまう。


連夜「ん〜……やっぱそれなりにレベル高いんだな」

帯蛇「よくそんなピッチングで相手しようと思いましたね」

連夜「たかが一点とっただけで随分余裕だこと」

神木「………………」


シュッ!


帯蛇「一点で終わると……思ってるんですか?」


キィーンッ!


連夜「思ってるよ」


神木「このっ!」


バシッ!


帯蛇「神木!?」


 セカンド神木が極端に一、二塁間を詰めており捕球。流れに逆らいながら反転し二塁へ。


如月「良い働きするじゃん、元帝王」


シュッ


 カバーの如月が受け取りワンアウト、そのまま一塁へ転送しダブルプレーとなった。  続く岡本の打球もセンターへ抜ける当たりを神木が逆シングルで捌き、アウトとした。


虹川「よく併殺打が出る試合だこと」

如月「ほんとだな」


 現在、二回の裏、つまり互いの攻撃を合わせて四回やったことになるがもう併殺打が三回も起きている。


連夜「ゲッツーって一イニング一回しか出来ないもんな」

虹川「当たり前だろ」

如月「乱打戦になるだろうし、さっさと点取り返そうぜ」


 三回の表、紅軍の攻撃。  七番の佐々木からだったが粘りに粘った末、変化球を引っ掛けて内野ゴロに終わる。


キィンッ!


神木「よし!」


 しかし田越を良く知る男、神木が三遊間を破るヒットで出塁する。  九番虹川は内野フライに打ち取られるも……


八代「くらえ!」


カツッ!


田越「なっ!?」

堂本「二死からだと!?」


 相手の意表を突くセーフティバントで八代が繋ぐ。


如月「そらよ!」


ピキィンッ!


 そして一打席目、粘りに徹した男が初球攻撃で二塁ランナー神木をホームに迎え入れる。  すぐさま同点に追いついた。


連夜「さすがにレベルが高いな。俺らの高校じゃすぐ追いつくなんて稀だったよな」

佐々木「まぁ……あっさり凡打するときはホントにあっさりしてて、点取るときは一気にだもんな」

虹川「関心してないでお前は投げる方しっかりな」

連夜「はいよ」


 味方が攻撃でリズムを作ってくれたおかげでピッチャー連夜も調子に乗った。  神木の助言もあり、堂本、田越、細川と三者凡退に抑える。  初心者ピッチャーといえど連夜は高校時代、投手経験がありその時は見事な結果を残した。


佐々木「なぁ、高校の時より球威落ちてないか?」

連夜「練習もしてなければ落ちるさ」

佐々木「そりゃそうか」


 その投げたとき、出来過ぎた結果だったため佐々木にはやたら印象強く残っており  いくら相手が大学生とはいえ打たれ過ぎではないかと思ったが連夜の言い分には素直に納得できた。


ピッキィンッ!


鞘師「ふぅ」


カキーンッ!


上戸「おーし!」


 更に四回表、四番鞘師、五番上戸の連続ツーベースで勝ち越しに成功する。  これでリズムを崩した田越は連夜に四球を与えたところでマウンドを降りる。


連夜「お前が一塁審なんてどういうつもりだ?」

皆河「半端な一年なら逆に先輩に脅されたとかでろくなジャッジしないかも知れないだろ? 俺だったらお前らもまだ安心だろ」

連夜「まぁ……そう言われればな」

皆河「それよりお前が投げてる以上、一点リードなんてないようなもんだ。 曲がりなりにもこの大学のエースを打つことだけ考えな」

連夜「エースね……」


 白軍、マウンドに立ったのは実質エースとして投げている四年の猪俣。  無死ということもあり佐々木が送りバントで連夜を二塁に送る。


藤浜「神木、初球から行け」

神木「え?」

藤浜「追い込まれたらフォークがある」

神木「……了解」


 更に追加点を挙げたい紅軍は一死二塁で七番の神木。


猪俣「ったく一年如きに戸惑ってんじゃねーよ」

神木「如きとは言ってくれますね」

猪俣「如きだよ、お前らは」


ビシュッ!


ズバァンッ!


神木「(……言うほどでもないな)」

堂本「神木、直らないな」

神木「え?」

堂本「消極的すぎる性格……入部時よりは口調とか大分変わったが根っこの部分はそう変われないものさ」

神木「それは先輩も一緒ですよ」

堂本「何ッ!?」

神木「あなたは投手をリードするとき、十中八九決め球をツーストライクに持ってくる!」


スットーンッ!


神木「――ッ!?」


 狙い球が来たが、予想範囲外の変化に神木のバットは空を切る。


堂本「読みは良いが、果たしてお前に打てるかな?」

神木「(藤浜さんが忠告するわけだな……)」


 結局、フォークに対応出来ず神木、そして虹川と連続三振に倒れ追加点を奪えなかった。


虹川「俺って一応紡ぐ未来の主人公だよね?」

連夜「自分で言ってちゃ世話ねぇけどな」

虹川「試合での扱いって酷くない?」

連夜「周りにはお前以上の選手がゴロゴロいるし、主人公ってストーリーを進めればいいだけだから」

如月「試合は俺らに任せとけってこと」

虹川「うわー、やる気なくなるわ」

連夜「捕ってさえくれれば問題ないよ」

虹川「………………」


 二対一と勝ち越しに成功した紅軍だったがその裏の守り。  先頭の谷澤をツーストライクと追い込む。


連夜「しっ!」


ピシュッ!


谷澤「くっ!」


ビシッ!


虹川「しまっ!?」


 左ピッチャーの連夜、右打ちの谷澤の膝元へ決め、空振りを奪うも虹川が捕逸。  ノーアウトでランナーを出してしまう。


連夜「やる気なくなっても良いけど、プレーに支障きたすな」

虹川「すいません」


 続く桜坂には三遊間を破られ、無死二塁一塁のピンチを迎える。


連夜「(さすがにここで点取られるのはマズイよな……)」


 一般野手以上投手以下といったレベルの連夜。四隅へ決められるほどコントロールをつけられるわけではない。  厳しいところへ投げようとすればするほど、ボールは不思議と外れていく。


バシッ!


青南波「ボール、フォア!」

連夜「チッ!」


 四番今居にはストレートのフォアボールを与えてしまい、満塁のピンチを迎える。


藤浜「打たれてもいい、入れていけ」

鞘師「あなたに完璧な投球は望んでいませんよ」

連夜「(分かってんだけど……ここって不思議な場所だな)」


 自分がキャッチャーの時は周りが言っているのと同じことを言っていた。  だけど、いざ自分が同じ立場になってみれば、体が正直に反応する。  打たれたくないと……


虹川「漣! 弱気になってんじゃねぇよ!」

連夜「虹川……」

虹川「お前の妙な強気にみんなやる気になったんだ。そんな面下げて投げてんじゃねぇ!」

連夜「………………」

虹川「投げんのは本職じゃないだろうが、打つ方では全員本職なんだ。取られた分、すぐ取り返してやる」

連夜「…………OK」


 今ならピッチャーの思いも分かった。  だけど自分は本職じゃない。変にプライドを持つことは……


連夜「高校時代にもう止めてんだよ!」


ビシュッ!


金井「くっ!?」


ガキーンッ!


 甘いボールだが球威に押された形となった。  それでも技術で外野まで運ぶ。


パシッ


上戸「いかせるかぁっ!」


ビシュッ!


ズシャアアッ


青南波「セーフッ」


 ライト上戸の懸命な返球も間に合わず犠牲フライで二対二の同点に。


カキーンッ!


八代「抜かせーん!」


シュタタタタッ


パシッ


 先ほどの金井の打席で二塁ランナーも三塁へ進塁しており、帯蛇のセンターフライの間に生還。  二対三と勝ち越しを許してしまった。  しかし八代の足が生きて、一点で済んだといえる場面でもある。


虹川「(こういうこともある。思いっきり来い)」

連夜「おし!」


ビシュッ!


連夜「あ……」


ドグッ


岡本「ってぇ……」

青南波「デッドボール、一塁へ」


 すっぽ抜けてしまい右打者岡本の左肩に当たる死球。  二死二塁一塁で八番、帝王時代には四番も経験している堂本にまわってくる。


連夜「(神木の話だとバッティングは中々らしいしな……)」

神木「漣」

連夜「ん?」

神木「虹川も来い」

虹川「なんだ?」


 ここで二塁の神木がタイムを取り、虹川もマウンドへ呼ぶ。  ほんの数秒だったが、何やらバッテリーに何かを指示しているように見えた。


堂本「俺の苦手コースでも聞いたか?」

虹川「さぁ、どうでしょうね?」

堂本「あいつが入れ知恵することぐらい分かってるよ」

虹川「………………」


 連夜がプレートを踏み、セットポジションで構える。  いつもより若干セット時間が長いと堂本が感じた瞬間だった。


バッ


如月「ナイスタイミング!」


シュッ!


今居「しまった!」


バシッ


連夜「オッケッ!」

堂本「牽制だと!?」


 二塁ランナーを刺し、ピンチを脱した。


虹川「神木がマウンドに行って勘違いしたでしょう? 神木自体がフェイク。 本当は如月が牽制に入るタイミングのサインを俺らに伝えてたんですよ」

堂本「――!」


連夜「しかし、やるな如月」

如月「昔からなんだけど、どうも守備でポジショニング変えるときとかバレないんだよね。 今も今居さんは俺が牽制に入ったのに気づくのが一歩遅かったし」

連夜「それほど自然に行ってる。名手としてのステータスじゃね?」

如月「存在感がないみたいで嫌なんだけどな」

連夜「それは考え過ぎだろ」


 如月の起点により、最少失点で済んだと言える。  しかし二対三と勝ち越しを許してしまい、早く追いついておきたい紅軍の攻撃は  五回表、一番八代からの好打順。


猪俣「これ以上はやんねーよ!」


スットーンッ!


八代「ギャフゥ……」


 エース猪俣のフォークに対応できず三者凡退に抑えられる。  一方の連夜も……


カキーンッ!


如月「いやほんと忙しい……なっ!」


バシッ!


キィンッ!


佐々木「オーライ!」


 二死から細川にセーフティ&盗塁とアキレス腱であるバッテリーを攻められるが……


キィンッ!


八代「センター前ポテンはあり得ません!」


ズシャアッ


 バックの堅い守りで、ランナーを還さず無失点に抑えきる。  そして六回表、紅軍の攻撃に移るところで主審をやってる青南波監督が声を挙げた。


青南波「言い忘れていたが、この試合は七回までだ」

虹川「なんだと!?」

如月「うわ……ってことは後二回しか攻撃チャンスがないのか」

八代「試合前に言ってほしいよね」

連夜「大方、良い勝負になってるから上級生が勝ってる時点で終わらせようってことだろ」

藤浜「有り得ない話ではないな」

虹川「だけどどうすんだ? 後、二回で猪俣さんを打つなんて……」

連夜「大丈夫だろ」


カッキーンッ!


虹川「……え?」


鞘師「同点なら延長九回までやるんですか、監督さん」

猪俣「な、なんだと……」


 高杉世代最高の打者とマスコミからは称されながら大学に進学した鞘師。  そのバットが猪俣の決め球、フォークを完ぺきに捉えた。


連夜「な?」

虹川「打ったのフォーク?」

藤浜「みたいだったな。上手く打ったよ、ほんと」


 HRで奮起した猪俣に後続が断たれるも六回、鞘師の一発で三対三と同点に追いついた。


連夜「さ〜て、ここから一点もやるわけにはいかないな」

虹川「ん?」

連夜「虹川、逸らすなよ。逆球はないようにするから、構えた付近のボールは根性でとれ」

虹川「お、おう?」


 守備に就く前にふと言われ、連夜の言っている意味を深く理解してはいなかった。  しかしその意味をすぐさま知ることとなる。


連夜「しぃっ!」


ビシュッ!


虹川「へっ?」


ビシッ


 格段にスピードもキレも上がったストレートに弾いてしまう。


連夜「しっかり捕れって」

虹川「わ、悪い」

桜坂「(……何なんだ、こいつは……)」


クククッ


虹川「キャ――ッ!」


ビシッ


 唯一投げていた変化球、スライダーも変化量すらも変わりまた弾いてしまう。


連夜「あーあ、これはスライダーは決め球に使えないな」

桜坂「ってことはストレートか?」

連夜「そういうことだね」

桜坂「……なめんなよ」

連夜「あんたこそ、今までの俺と思うと痛い目見るぞ」


ビッ!


ズッバァンッ!


桜坂「んなっ!?」

虹川「捕った……というより入った……?」


 右打者、桜坂の膝元に決まり空振りを奪った。


連夜「良く捕ったな」

藤浜「(ほんとに高校の時投手じゃなかったのか?)」

如月「へぇ、やるじゃん」

連夜「休んでていいぜ、疲れただろ」

如月「おっ、言うね。じゃあ気ぃ抜いてるから飛ばすなよ」

連夜「了解」

神木「(本気か……?)」


ズッバーンッ!


今居「ぐぅ……!」


ズビシッ!


金井「くっ……」


 神木の不安を余所に四番今居、五番金井と三者連続三振に抑えた。


八代「おぉ〜ようやくエンジンかかったか」

連夜「やっぱ前よりは落ちますけどね」

藤浜「でもあれだけ投げれれば十分だって」

連夜「七回までって言うんで点取りましょう」

八代「よし、ランナーに出ろよ!」


 七回の表、紅軍の攻撃は八番の神木から。


猪俣「もうこれ以上、好き勝手にはさせねーよ」

神木「(とにかくランナーに出て上位打線にまわす!)」

猪俣「シッ!」


ビッ!


神木「ハァッ!」


キィーンッ!


 追い込まれる前に来るストレートを狙い打ち。  打球は三遊間へ。


谷澤「はっ!」


シュッ!


 ショート谷澤が逆シングルで捕球、そのまま踏ん張り反動なしで一塁へ。


皆河「アウトッ!」

神木「くっ!?」


 送球はショートバウンドになったが、金井が難なく捕球しワンアウト。


神木「すまん」

虹川「大丈夫。俺が活路を開く!」


スットーンッ!


 続く九番虹川はフォークに空振り三振、ツーアウト。


虹川「もうちょっと扱いっつーものがあるよね?」

連夜「目立っていないがキャッチャー初めて一週間も経ってないのに目立ったパスボールもあんまりない。 それだけで十分貢献してるぞ」

虹川「うぅ……分かりづらいところを挙げてくれてありがとう」

佐々木「………………」


如月「八代さん、お願いしますね」

八代「おう!」


 二死となったが、打順は一番へ。俊足の八代が塁に出れば二死であろうと得点のチャンスは十分にある。


猪俣「(八代か……ちっとは気をつけるか)」

八代「(セーフティは一度やったし……後はそうだな……)」


シュッ!


八代「ていやぁっ!」


パッキーンッ!


猪俣「なにぃっ!?」


 思いっきり振り切った打球は右中間へ。


細川「あまーい!」


バシッ!


 普段、俊足同士で左中間を組んでいる細川が俊足を生かして捕球。  紅軍の攻撃も結局ゼロで終わった。


八代「くくくっ! 会心の一撃だったのにな!」

細川「甘い甘い。お前がいなければ一番センターは俺のポジションなのだからな!」

連夜「ってことは全体的に八代さんより悪いってことか」

細川「先輩に対する口の利き方には気をつけぇよ」

連夜「だってよ、佐々木」

佐々木「お前だよ、お前」


 その裏の攻撃は六番の帯蛇から。


神木「漣、帯蛇先輩は内外広角に打てる選手だ。緩急が使えれば良いんだが」

連夜「ねぇよ、そんなもん」

神木「………………」

連夜「悪いが頼むぜ、ショート」

如月「へーい」


キィーンッ!


 外角へ投じたストレートを上手く捉え、ライナーで三遊間へ。


ダッ!


如月「ほっ!」


バシッ!


帯蛇「――!」


 この試合、再三好プレイを見せている如月が横っ飛びで捕球。


ガキィン


如月「来るときはとことんだな」


サッ


シュッ!


皆河「アウト!」


 七番岡本はスライダーを引っ掛けショートゴロ。打球が死にながら三遊間の真ん中へ転がったが  逆シングルで軽くグラブでトスする感覚で空中に上げ、すかさず素手でとって一塁へ。


連夜「おぉ、上手いな」

如月「褒められたもんじゃないが、身体能力って点では清村たちに劣ってたからな。 俺がショートで生きる道を探したら、まぁこんな些細なことしかなかったわけよ」

連夜「十分十分。頼りにしますよ」


カキーンッ!


バシッ!


如月「チェンジね」


 最後はショートライナー。  この回、全てショートに打球が飛び、如月が無難に捌ききった。  しかし、どの打球も連夜の球威に押されており、前半だったら全部ヒットになっていただろうと思わせるものだった。


如月「虹川が捕れない以上、コントロールは甘くなって打たせるしかないってね」

連夜「……大した洞察力だこと」

如月「くくっ」


 終了予定だった七回を終え、三対三の同点。  白軍キャプテンの谷澤が監督と何やら話していた。


虹川「どうすんだ?」

鞘師「やるでしょう。そうじゃなきゃ実質こっちの勝ちのようなものですしね」

連夜「鞘師の言う通り。善戦じゃ上級生の負けだよ」


 話し合いが終わり、白軍が守備に就きはじめる。  監督も先頭バッターである如月に打席に入るように指示する動作を見せた。


如月「やるみたいだな」

連夜「決めちゃおうぜ」

如月「あぁ」


 試合は九回まで延長し、それ以降同点の場合は決着がつくまでの延長戦となった。  八回の表、紅軍の攻撃は二番如月からの好打順。


猪俣「お前らに勝ちはないよ」

如月「野球に絶対はないんですよ。俺たちアマチュアがプロに勝つことだってある。 野球なんてどこでどう転ぶか分からない、スポーツ」

猪俣「しっ!」


シュッ!


如月「だから止められないと思いませんか?」


カキーンッ!


猪俣「くっ!」

堂本「ふ、フォークを!?」


 低めに決まったフォークを捉え、レフト前ヒット。  先頭の如月がヒットで出塁した。


藤浜「(次は三安打の鞘師だ。ここは確実に行こう)」


 三番藤浜は早くも送りバントの構え。  守備もバントと決めつけ極端な前進守備を取る。


カツン


堂本「一塁へ」

桜坂「チッ」


 その中できちんと決め、一死二塁のチャンスを作る。


金井「情けないな」

藤浜「……?」

金井「先輩が送ってまで一年にかけるのか?」

藤浜「俺と鞘師とじゃレベルが違う。そもそもあいつは主力打者、俺は脇を固めるのがやっとの選手だよ」

金井「プライドすらないか……情けない」

藤浜「何とでも言え」

皆河「………………」


鞘師「上戸さん、漣、繋ぎますからお願いしますよ」

連夜「そう言わず決めて来い」

鞘師「それは無理ですね」

連夜「何だよ、弱気だな」

鞘師「見てれば分かりますよ」


 チャンスに今日三安打、スリーベースが出ればサイクルヒットの鞘師が打席に入る。  ここで白軍は鞘師を敬遠する策をとり、キャッチャー堂本が立ちあがる。  それを見てから鞘師はベンチを見て、意味ありげな微笑みを見せた。


連夜「なるほど、そういうことか」

虹川「これで一死二塁一塁か」

佐々木「延長なんてやったら不利なのは明らかにこっちだぞ」

連夜「そうだねぇ……」

佐々木「そうだねぇ……って……」

虹川「あの外野陣、あんまり前に来ないけど肩良い方なんですか?」

八代「今居さんと細川はそんな強くないけどね。外野手としては及第点だと思うけど」

神木「帯蛇先輩は結構強い方だと思う」

虹川「ふ〜ん、如月の足を考えてかな?」

連夜「もあるかもしれないけど、上戸さんだからじゃない?」

佐々木「そうかもな」


スットーンッ!


ブ――ンッ!!!


上戸「無念……」


 しかしストレートには滅法強いが変化球には比較的脆いところがある上戸。  真ん中から低めに落ちるフォークに手を出してしまい空振り三振に。


上戸「悪い、漣。後、頼むわ」

連夜「えぇ、何とかしますよ。長引いても嫌ですしね」


 二死二塁一塁、打席にはバッターとしては今日良いところのない連夜。


連夜「そろそろ打っときたいな」

猪俣「それで打てたら苦労しねぇよ!」


ビシュッ


カァンッ


スットーンッ!


キィンッ


堂本「(コイツ……)」

連夜「(今の俺じゃ、打てそうにないんだよな、偉そうなこと言って)」

猪俣「このっ!」


ズバァンッ!


連夜「………………」

青南波「……ボールッ! フォア!」

猪俣「――なっ!?」

連夜「ナイスジャッジ」


 粘りに粘った末、フォアボールで出塁。  これで二死満塁、勝負の行方は七番佐々木に委ねられた。


佐々木「あ、あのやろう……」

虹川「頼むぞ!」

佐々木「頼むぞって言われてもな……」

神木「無理して打とうとするな。漣みたいに出来ることをやればいい」

佐々木「出来ること……」

神木「俺が見る限り、その点においては如月や漣でもお前には敵わないと思うけどな」

佐々木「……ったく、俺はそこまでじゃないっつーの」


堂本「(この男はこのメンバーにおいて、それほど脅威とは言えないな。谷澤先輩によると守備は良いみたいだが)」

猪俣「(パッパと終わらせよう)」

堂本「(そうですね)」


 連夜に粘られた揚句、フォアボールを与えてしまったことで猪俣の精神状態は決していいとは言えなかった。  そして佐々木相手にはすぐ打ち取ってやろうという気になっていた。


シュッ!


キィン


猪俣「(こ、コイツもか……ッ!!!)」


 佐々木は決して目立つ存在ではなかった。  でも打者としての粘り、センターとしての守備力はずば抜けており中学、高校と  タレント揃いのチームにあって貴重な存在だった。


スットーンッ!


カァン


佐々木「………………」


 佐々木だって人の子、必然的に目立つ存在に対して憧れなども抱いたこともあった。  そして自分のプレースタイルを見失っていた時期もあった。  でもそれを乗り越え、自分の生きる道を見つけた。


猪俣「こんのぉ!」


スットーンッ!!!


ビシッ!


堂本「しまった!」


 ムキになり、抑えがきかなくなったフォークが手前でワンバウンド。  捕球できずに、大きく弾いてしまう。


如月「ナイス粘り!」


ズシャアッ


 滑り込みながら佐々木に向かって称賛の言葉をかける。  こんな小さなことでもチームのためになるのなら、そんな考え方が佐々木をまた一つ大きくしていた。  そう考えれるようになった時点で佐々木もまた十分前に立てる選手に育っていた。


ズビシッ!


佐々木「どうも」

青南波「ボール、フォア!」


 あからさまなボール球というわけでもなかったが、自信を持って見逃し打席を外す。  一歩一塁へ向かって歩いた瞬間、青南波がボールのコールをした。


猪俣「ぐっ……このぉ……」


 もう気持ちの抑えがきかなくなってきた猪俣に対し後輩の堂本はリードすることができず……


神木「初球、ストレート!」

堂本「――ッ!」


キィーンッ!


 堂本のリード傾向を完ぺきに読み、神木の初球攻撃で右中間へ。  俊足、細川が長打を防ぐも三塁ランナーはもちろん、二塁ランナー漣も生還。  ワイルドピッチで如月が生還し勝ち越しを決め、更に二点追加し六対二と点差を広げた。


ガキンッ


虹川「主人公をアウト要員とはね……」


 九番虹川が続けず、この回の攻撃を終える。


連夜「アウト要員でも何でもいいが、守備は頼むぞ」

虹川「分かってるよ。何かキャッチャーの楽しさが分かってきたし」

連夜「まだまだ……と言いたいが、楽しいと思えるのならお前は良い捕手になるよ」


 八回裏、白軍の攻撃は九番の猪俣からだったが代打菅谷を出してきた。


連夜「おぉ、ガタイのいいやつ出てきたな」

神木「え……菅野先輩?」

連夜「帝王の先輩か?」

神木「あ、あぁ……だけど、高校時代と全然違う……」

連夜「ふ〜ん……大学入って変わってことかな? でも代打なら大したことねぇだろ」

神木「高校時代のままなら守備だけの人だ。だけど多少の変化はあると思う。 スタメンじゃないのもポジションはサードだからだと思うし」

如月「なるほど。サードは桜坂さんだもんな」

連夜「……っていうことですけどどうです、藤浜さん」

藤浜「良くは知らないが、打てるイメージは俺もあんまりないな」

連夜「そうですか、まぁ当たれば飛びそうですから油断はしないようにですね」


ピキィーンッ!


連夜「やぁ……」


 高めのストレートを振りぬいた打球はフェンスダイレクトの大飛球。  打った菅野は二塁へ。


連夜「入らなくてラッキーだと思うべきかな」

虹川「前の回の球威はどうしたんだよ」

連夜「ちょっと気合入れ過ぎてね、最後まで持たないかなっと思って」

虹川「一イニング限定かよ」

連夜「ほぼ、そう思ってもらって構わないな」

如月「で、どうすんだ? 点差はついけるけど」

鞘師「塁を埋めましょう」

連夜「おっ?」

鞘師「そうすれば谷澤は送りでしょう。そして更に桜坂を敬遠、今居をゲッツーにとりましょう」

藤浜「一点守りにいくような感じだな。バントしてくるかな?」

如月「まぁしてこなくても谷澤で併殺、桜坂を敬遠すれば形としては一緒でしょう」

連夜「そうだな。それでいこう」

虹川「そう上手くいくんかね」

連夜「いかせるようにするんだよ」

虹川「え?」

連夜「真ん中からスライダーを投げる。俺のスライダーはちょっと変化が違ってね。引っ掛けるだろうよ」

虹川「(確かに何球か投げてるが、沈む感じだったな……)って桜坂さんたちに使ってたでしょ?」

連夜「一応、変化量、スピードぐらいは調整できる。まぁ見てなって」

虹川「……分かった、信じるぜ」


 ここで予定通り、一番細川を敬遠し塁を埋める。  無死二塁一塁で打席には二番の谷澤。


連夜「せいやっ!」


ククッ


カツッ


連夜「おっと」


 セーフティ気味にバントを決めてくる。  ここは併殺、及びバントと思っていたため、一塁は落ち着いてアウトにし一死三塁二塁。


連夜「四点差で送るかね」

鞘師「それほど後の先輩を期待しているってことでしょうね」


シュッ


連夜「期待なのか、依存なのかは分からねーけど」


パシッ


 鞘師からボールを受け取り、三番桜坂は予定通り敬遠で塁を埋める。  一死満塁で四番今居が右打席に立つ。


今居「ここでホームランが出れば同点だが?」

連夜「漫画じゃあるまいし、あり得ませんよ」

今居「だが繋がれば満塁のチャンス、四点なんてあっという間だ」

連夜「まぁ、そうっすね」

今居「急造投手が運で抑えられると思うなよ」

連夜「運ね……あんた、俺に三振食らってること忘れてんのか?」

今居「だが急造捕手がとれないことも分かってんだよ」

連夜「捕る必要はないさ。一球で仕留める」

今居「なにっ!?」

虹川「(上手い……今居さんは漣の掌で踊らされている……)」


シュッ!


今居「この程度の変化球で抑えられるだと!」


ググッ


ガキィンッ


今居「――!」


如月「(あれほど挑発されて、そして甘い変化球。四番じゃなくても打ちに行くぜ)」


パッ


 打球はショート真正面、セカンド神木へトスしそのまま一塁へ。  まさに紅軍が描いた通りの展開で八回の裏を抑えた。


連夜「ふぅ、これで勝ったようなもんだな」

虹川「油断するなよ。一イニングでひっくり返ることもあるんだから」

連夜「そういう試合なら何回もやってきたな」

佐々木「国定さんたちがいたらドツかれるぞ」

連夜「本当のことだろ」

八代「でも、点差はあるに越したことないし追加点といきましょうか」


キィーンッ!


 光星のエース猪俣を攻略した以上、それよりもレベルの高い投手が控えているわけもなく  波に乗った紅軍を抑えるのは至難の業だった。


シュタタタタッ


八代「はっはっは〜」


キィーンッ!


如月「決まりかな」


 八代、出塁後盗塁を決め如月のタイムリーで生還。  更に藤浜もヒットで続き……


ピキィンッ!


鞘師「ま、こんなもんかな」


 鞘師の長打で一塁ランナー藤浜も生還する二点タイムリーツーベース。  後続の桜花トリオが凡退し、この回を終えるも九対二と大きく差を広げた。


上戸「何か虹川じゃなくても扱い酷いね」

連夜「やっぱ初登場や他でも触れづらいキャラを扱いたいだろうからね。主役校出身はそんなもんっすよ」

佐々木「なんの話だよ……」


虹川「それよりラスト、一イニングビシッとしめろよ」

連夜「分かってるって。マジで行くから本気でとれよ」

虹川「捕れる気はしないが、後ろに逸らす気もねぇよ」

連夜「いい返事だ」


 一矢報いたい白軍だったが七点差に戦意喪失し、本気になった連夜のボールを打つことは出来ず三者連続三振に抑えられる。  結局、九対二、紅軍……連夜率いる一年軍が勝利をおさめた。


虹川「ナイスピッチング」

連夜「お前こそ、良く頑張ったな」

如月「何だかんだで今日の功労者は虹川かな」

佐々木「そうだな、体を張って逸らさないようにしてたもんな」


 試合中、決して目立った活躍をしたわけではなかったがつまらないミスで点を取られなかったのは  振り逃げやワイルドピッチといった点を素人ながらに虹川が抑えていたことが大きな要因だった。


青南波「紅白戦は九対二、紅の勝利だ」

谷澤「申しわけありませんでした」

青南波「上級生はなぜ負けたのかきっちり反省し、大会に生かせ」

連夜「で、たったこれだけのことで方針を変えるわけないですよね?」

青南波「……それについては明日、きちんと発表する」

連夜「へいへい」

佐々木「ま、今日のところは疲れたし帰ろうぜ」

如月「親睦も兼ねてどっかで食おうぜ」

連夜「いいね、誰か奢ってくれない」

神木「なんでだよ」

連夜「虹川も行こうぜ」

虹川「あ、悪い。俺早く帰らなきゃいけないんだ。じゃあな」


 他の皆が帰り支度をしながら雑談をしてる中、真っ先に球場を後にする。


連夜「あいつ、付き合い悪いよなー」

如月「大方、彼女がいてデートしてるんですよ」

連夜「なるほど……それは後でとっちめなアカンな」

佐々木「(このWレン、二人セットだと恐ろしいな)」


…………*


 そして誰もいなくなり陽も落ちた頃、球場の外で二人の影が話していた。


青南波「朝森さん、仰っていた漣って男……確かに厄介な男ですね」

朝森「あぁ、あの漣朔夜の血を継いでいた男だからな」

青南波「どうしましょう?」

朝森「高校の時から気に食わなかった……一度地獄を見てもらおうか」

青南波「と仰いますと?」

朝森「どうやら高校卒業してから、厄介な事件を追うことより野球に目覚めたようだからな。 その野球を奪ってしまえばいい」

青南波「――! 大地くんはなんて言ってるんですか?」

朝森「俺はもう大地すらもアテにはしない。息子を助けてほしかったら黙って言うことを聞くんだな」

青南波「……分かりました」


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