虹川「痛い痛い! いたたたたっ!!!」

美穂子「もう、動かないでよ」

虹川「いや痛いんだって!」

美穂子「動いたらシップ貼れないでしょう」

虹川「いや、だからもう少し穏便に」

美穂子「そんなこと言ってたら終わらないでしょう」

虹川「ギャァァァッ!!!」

美穂子「はい終わり」

虹川「………………」

美穂子「でも何でこんなに傷だらけなの?」

虹川「いやだから野球やってて」

美穂子「こんなに打撲するスポーツだっけ?」

虹川「ちょっと事情もあって」

美穂子「もう、見てる方が痛々しいよ」

虹川「俺は実際、その倍くらい痛いけどね」

美穂子「この子もこんなのが父親だなんて思いたくないでしょうね」

虹川「それは酷いでしょ」

美穂子「クスクス、冗談よ」

虹川「そういや病院での結果、聞いてないけど」

美穂子「うん、順調らしいよ」

虹川「予定日今月だよな」

美穂子「うん」

虹川「あー緊張してきた……俺、野球やってる場合じゃないよな」

美穂子「いいよ、麗美子お姉ちゃんも時間が空いては来てくれてるし。お父さんやお母さんたちも電話くれるし。 あ、近いうち来てくれるって」

虹川「じゃあ尚更だよ。俺だけただ学生やってる場合じゃないじゃん」

美穂子「それがお父さんとの約束でしょ?」

虹川「だけどな……」

美穂子「それよりさ、お友達出来たんでしょ? 今度紹介してよ」

虹川「あぁ、もちろんだよ」

美穂子「あたしも学生生活送りたかったな……」

虹川「過去形にするなよ! まだいけるって!」

美穂子「あ、そうだよね、ゴメンゴメン」

虹川「………………」


 いつも気を遣っている美穂子からたまに出る将来を不安視させる言葉。  それはまさしく本心だということに虹川は気付いていた。
 気づいていてなお何もできない……何も言えない自分に苛立ちながら  終焉へと向かう時計は刻一刻と止まらずに動き続けている。








二章『誰がために鐘は鳴る』


 午前の講義を受け終え、昼休み。  もはやいつもの場所と化したところに昨日紅軍として試合をしたメンツが集まっていた。


佐々木「お前ら、見てて痛々しいぞ」

連夜「何が?」

佐々木「歩き方がぎこちない」

連夜「それは虹川だろ。湿布臭いし」

虹川「仕方ないだろ、至るところ打撲してるんだから」

如月「でも漣もじゃないのか?」

連夜「俺はこいつほどヤワじゃない」

如月「ほぉ」


ポンッ


 いや〜な含み笑いをして連夜の左肩に手を置く。  その瞬間、連夜の断末魔のような叫びが大学中に響き渡った。


如月「うるせぇよ」

連夜「お、おまえ……」

如月「変に強がらなきゃいいんだよ」

佐々木「………………」

神木「今、凄い声聞こえたけど?」

如月「あぁ、漣。それより買ってきてくれた?」

神木「そらよ。金払ってからとれよ」

如月「うむ、御苦労さま」


ジャラッ


佐々木「ありがとさん」


ジャラッ


連夜「どうも」


虹川「サンキュウ」


ジャラッ


神木「ちょっと待て、一人払ってねぇぞ」

連夜「気のせいだ」

神木「お前だよ、払えよ」

連夜「お前、今月厳しいこと知ってか?」

神木「始まったばっかだよ」

連夜「チッ、バレたか。そらよ」


ジャラッ


佐々木「というか一人暮らしなんて高校からやってんだからもう慣れただろ」

連夜「まーそうなんだけどね」

如月「高校からやってんの?」

連夜「まぁね。お父ちゃんが元プロっていう恩恵を得てね」

如月「あ、軽くカチンと来たぞ」

佐々木「でも長期休みとかにバイトはしてたよな。練習サボって」

連夜「まーね。夏は甲子園あったから中々できなかったけど」

虹川「高校球児が夏にバイトしようとするなよ」

連夜「俺、練習しなくても上手いもん」

虹川「あ、軽くカチンと来たぞ」

神木「………………」


 全員、神木が買ってきたパンを加えながら他愛のない雑談をしつつ、話は徐々に野球部のことに発展していった。


虹川「で、結局どうなんのかな?」

連夜「このまま事が済むわけはないでしょ」

虹川「いやお前が言うなよって言いたいんだけど」

神木「でもそうだよな。監督の指導方針だもんな、昨日の一戦程度じゃどうしようもないだろうね」

虹川「じゃあ何で試合したん?」

連夜「まぁ逆に監督だからこそ、監督の意識さえ変えればどうにでもなるってことでしょ」

虹川「長い年月かけてこうなってるのにか?」

如月「でもさ、ちょっと考えればこんなの非効率って分かるじゃん。何でだろうね?」

連夜「ん〜……それは確かにな」

佐々木「まぁ、ここで考えたって分かることじゃないだろうな」

如月「あーあダメだな、佐々木っち。その発言は空気読めてないぞ」

佐々木「悪かったな」

虹川「大学の監督やるってことは高校・大学と野球やってた人だろうしな」

神木「現役時代、そういう感じだったんじゃないか?」

虹川「反動でってこと?」

神木「そう。そういう仕打ちを受けてた人って案外他の人にやり返すってこともあるだろ?」

虹川「なるほどな」

如月「それはあれか、経験談か?」

神木「やかましい。大体、俺はこっち側に来てるだろ」

如月「これは失敬」

神木「………………」

連夜「まぁ、何だかんだで新入部員の俺らに負けたのは事実なんだ。まったく変わらんってことはないだろ」

佐々木「上戸さんや八代さん、藤浜さんと上級生入れちゃったし、そこ突かれたらどうする?」

連夜「言うてもバッテリーは一年、しかも二人ともメインじゃない。大体昨日は如月と鞘師のおかげだ。 もちろん先輩たちの貢献度は高いが、内容を見ればそんなの言えるわけないだろ」

佐々木「ふむ……そうだな」

如月「願わくば、これで決着することを願いたいね」


…………*


 練習が始まる前、昨日紅軍(一年軍)で出た選手九人と谷澤、桜坂は監督室に呼ばれていた。


青南波「良く来たな」

連夜「呼んどいてそれもおかしいでしょう」

谷澤「漣!」

連夜「はいはい……」

青南波「今日、呼んだのは昨日の試合を受けてだ」

谷澤「申しわけありませんでした」

青南波「なぜ謝る? 一年たちの実力が分かったというのはむしろチームにとってはいいことだろう」

連夜「……?」

青南波「だが、長年こういうスタイルでやってきたせいか急に変えるのは難しい」


 だろうね、っと連夜は如月は心の中で悪態をついた。  口に出さなかっただけ良かったと佐々木や神木は  真っ先に言いそうな二人の様子を伺いながら安堵していた。


青南波「だからもう少し結果を出してほしい」

連夜「……は?」

青南波「ご存知の通り、新メンバーが増えるこの時期、GWに試合を一気に行うのは知ってるな?」

連夜「……えぇ」

青南波「前半の試合をお前らのチームに任せる。それに勝ってみせろ」


 流石にその予想はしておらず、全員が絶句した。  光星はGW、一日二試合のダブルヘッダーを集中的に行う。  つまり、最初の三日間の試合は連夜たちが試合をやり、勝てということだ。


虹川「前半と言っても六大学の相手もいるんですよね?」

青南波「いや、五つの相手校、全て前半に組んでもらった」

虹川「なっ!?」

青南波「相手には主戦力を隠せ、君たちの実力も把握できる。まさに一石二鳥だ」


 そうかなっとそれぞれが疑問を抱きながら、これに対し異議を挙げたのは意外な人物だった。


桜坂「ちょっと待ってください」

青南波「ん?」

桜坂「自分は良いですが、谷澤ら三年はまだ実践不足の点もあります。六試合もこいつらに渡すのはいかがでしょうか?」

青南波「今年は後半もダブルヘッダーを組んである。いつもと勝手は違うかも知れないが、それで許してくれ」

桜坂「……分かりました」

連夜「追加メンバーは?」

青南波「いるなら追加して構わない。采配面も全てお任せしよう」

連夜「……了解」

青南波「桜坂や谷澤には悪いが、各自伝えてほしい」

桜坂&谷澤「分かりました」

青南波「では練習に行ってくれ。後、漣は残るように」

連夜「へーい」

虹川「え?」

連夜「行ってろ」

虹川「あ、あぁ……」


 名指しで残された連夜以外、監督室を出る。  こう露骨にされたら誰でもそうだろうが虹川は少し嫌な予感をしていた。


…………*


 その後、何事もなかったように連夜も練習に参加した。  練習中は中々話す機会がなく、結局連夜とまともに会話が出来たのは練習を終えてからだった。


虹川「おい、待てよ!」

連夜「早いな」


 しかも終えてすぐ帰ろうとしていた連夜を虹川が追った。  目の前に立たれ、仕方なく連夜も足を止めた。


虹川「漣、監督になんて言われたんだ?」

連夜「あ?」

虹川「練習の前だよ。しらばっくれるな」

連夜「気にすんなよ」

虹川「……投手として投げ続ける気か?」

連夜「俺が投手じゃ心もとない、ということか?」

虹川「誤魔化すなよ!」

連夜「何だよ、ムキになって」

虹川「……肩……いつからだ?」

連夜「――!?」

虹川「分かるんだよ……昔の知り合いと同じなんだ。だから嫌でも分かった」

連夜「……そっか。でも大丈夫だよ」

虹川「最近だろ?」

連夜「……春休みに無理し過ぎたんだろうな」

虹川「何をそんなに焦って? 大体、お前高校時代はキャッチャーだったろ」

連夜「高校時代より力が落ちてるんだ……いや、なくなったと言うべきかな? でも力なしでも俺はどこまで出来るのか試したかった、ただそれだけだ」

虹川「力がなくなった?」

連夜「俺のピークは高校の時だったってこと。でも練習すれば何とかなるんじゃないかなっとやってみた結果がこれさ。 慣れないことはするもんじゃないね」

虹川「漣……」

連夜「いやこうなるって分かってたんだ。ただちょっと時期が早かっただけだ」

虹川「もう止めておけ。本気で壊すぞ」

連夜「……ここで退けるかよ……!」

虹川「お前がここまでする理由がねーだろ!」

連夜「はっ、壊す直前かどうかなんてお前には分からない。知り合いと似てるだけだろ? 一緒にすんな」

虹川「漣!」


 やや強引に会話を打ち切って歩み出す。  その後ろ姿に向かって呼びかける。


連夜「……悪いな……俺にとっては為すべきことなんだ」


 視線を斜め下に振り返るまではいかず、表情までは読み取りづらかったが  ふと見えた寂しげな眼だけは虹川の印象に残っていた。


…………*


 翌日、紅白戦をやったグラウンドにその紅白戦に出た二十人が揃っていた。  出るのは実質九人だが、相手の大学のことも考えてベンチ入り人数は普通に集めた。


青南波「今日は慶倫と帝王に来てもらっている。先発だが……漣、決めたか?」

連夜「最初はどっち?」

青南波「慶倫だ」

連夜「っというと?」

藤浜「猪倉、大内の左右二枚看板を擁するチームだな。打撃は小粒チームだから打てるかがカギだな」

連夜「なるほど」

谷澤「そんなもん、前にやっとけよ」

連夜「すいませんね、中々藤浜さんと会う機会がなくてですね」

虹川「(そうでもないよな?)」

佐々木「(そこはあんまり突っ込むなよ)」


 藤浜の意見を参考にオーダーを組み、監督にオーダー表を出す。


連夜「ほい」

青南波「じゃあ精々頑張れよ」

連夜「んじゃ、頼むぜお前ら」

佐々木「いや、一番はお前だからな」

虹川「………………」

連夜「ちなみに先行、後攻ってどう決めるんですか?」

青南波「基本的にはうちが後攻でやってるが、練習にならないからGWの時だけはその場で決めている」

連夜「なるほど」

青南波「それに分かってると思うが、木製バットだからな。金属もあるが使うなよ」


 紅白戦では金属バットを使ったが大学では金属が禁止されている大会もあり  強化試合では対戦相手との合致もあり使用していない。  主力のほとんどが高卒上がりのため、少し不安を持っていた。


虹川「慣れなかったな、結局」

鞘師「ミートポイントが少し狭まっただけです。問題はありませんよ」

虹川「そりゃ君はね」

如月「まぁ慣れてるバッターが上位に固まってるし、大丈夫でしょ」

虹川「おっ、その上位を打つもの。余裕だね」

如月「チッチッチッ、一番八代さんが出れば俺の役目は決まってる。つまり木製の方が楽ってこと」

虹川「最初から打つ気はないのね」

如月「昔から守備で貢献する男だからな」

神木「紅白戦、良いところで打ってたくせに良く言うよ」

八代「まぁ、守れば勝てるっというわけで頑張ろう!」

連夜「そういうことですね」

佐々木「だから八割はお前にかかってるわけだけど……」

連夜「野球は一人では出来ん!」

上戸「ここまでハッキリ言われたら言い返せないね」

佐々木「………………」


 練習試合と言うよりは監督との賭けに近い勝負。  六大学でしのぎを削る対戦相手との三日間、六連戦を制することが出来るのか?


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