連夜「おらぁっ！」
ズバァンッ
雨宮「………………」
卒業式を終えて皆、それぞれの新生活へ向けて準備を進める中、連夜は一人後輩に対し投げ込みを行っていた。
キャッチャーの元に直接行き、ボールを手渡されながら率直な感想を聞く。 やはり他人の眼から見ても明らかになり、俯いたところに人影が現れる。
慎吾「無茶な投げ込みは体壊すぞ」
ビシュッ
ズバァンッ
シュッ！
ククッ
連夜「それは別の話だろ……」
連夜「ん？」
左腕を見ながら寂しげな眼を見せる。 その姿に慎吾も適当なことを言っているわけではないと思わせられた。
これは野球人、漣連夜が初めて野球に対して努力しようとした一ページ。 そう最初で最後の自らのセンス以上の力を出そうとした一幕だ。
・
・
・
二章−試合１『輝く者、輝かせる者』
| 練 習 試 合 | ||||||
| 先 攻 | 後 攻 | |||||
| 光 星 大 学 | ＶＳ | 慶 倫 大 学 | ||||
| ３年 | ＣＦ | 八 代 | １ | 白 山 | ＣＦ | ４年 |
| １年 | ＳＳ | 如 月 | ２ | 月 見 里 | ２Ｂ | ２年 |
| ３年 | ３Ｂ | 藤 浜 | ３ | 佐 渡 山 | ＬＦ | ２年 |
| １年 | １Ｂ | 鞘 師 | ４ | 発 田 | １Ｂ | ３年 |
| ２年 | ＲＦ | 上 戸 | ５ | 水 野 | ３Ｂ | ４年 |
| １年 | ２Ｂ | 神 木 | ６ | 池 上 | ＲＦ | ２年 |
| １年 | ＬＦ | 佐 々 木 | ７ | 真 野 | ＳＳ | １年 |
| １年 | Ｃ | 虹 川 | ８ | 谷 | Ｃ | １年 |
| １年 | Ｐ | 漣 | ９ | 神 山 | Ｐ | １年 |
連夜「最初は先攻か……」
虹川「監督も言ってたけど、先攻か後攻かでも試合の流れは結構変わるからな」連夜「そうだなー。逃げ切りよりは乱打戦になりそうだからその点じゃ後攻が良かったけど」
八代「っていうか先発一年坊じゃん」
神木「神山か……どっかで聞いたことあんな」連夜「ってことは東東京出身か？」如月「あ〜あるかも……いや気のせいかな」虹川「ま、どっちにしろ大したことないってことか」如月「そういうことだな」藤浜「じゃあアップしようぜ」虹川「あ、漣」連夜「ん？」虹川「今日は必然的に乱打戦だ。点はとるからお前も本気は出すな」連夜「……りょーかい。キャッチャー様に従いますよ」…………*
後攻めの慶倫大学のスターティングメンバーがそれぞれの守備につく。 そしてマウンドに上がった一年神山が投球練習を開始した。
八代「サイドスローか」如月「コーナーワークが上手いんですかね」八代「かもね。まぁ先制パンチかましちゃおう！」如月「頼みますよ」先行、光星大学のトップバッターは八代衛太。 光星の諸事情により連夜が仕切ってはいるが、八代がトップバッターというのが普段のスタイルのため 唯一、常に自分のペースで打席に入れる選手である。
神山「いくぞぉ！」シュッ
カーンッ
八代「あまーい！」初球を叩き、センター前ヒット。
谷「おい……」
神山「いいんだ、いいんだ……どうせ俺は汎用扱いに近い男だよ〜っだ」谷「何の話よ？」神山「佐渡山先輩並みに地味な男ってことだよ」谷「………………」初球で八代が盗塁を決め、続く如月がきっちり右方向へ進塁打を放つ。
キィーンッ
佐渡山「（パシッ）」そして三番藤浜が外野へ犠牲フライを確実に打ち、八代がホームに生還。 効率のいい方法で先制をした。
藤浜「お前なら軽くヒット打てそうだぞ」
鞘師「買いかぶり過ぎですよ……って言いたいですが、そのようですね」ピキィンッ！
月見里「はっ！」バシッ！
鞘師「――！」右中間破ろうかという打球をセカンド月見里がタイミング良く、ジャンプし捕球。
神山「おぉ、さっすがツキミサトさん！」月見里「………………」神山「と言うと怒っちゃうぞ！ 皆、気をつけろ！」谷「………………」相手の好守に阻まれたが八代の足を起点に光星が一点を先制した。
虹川「一点守ろうとしなくていいからな」連夜「分かってるって。独り相撲出来るほどの実力もないしな」
佐々木「しかしセカンド、月見里の兄だろ？ 良い守備するな」虹川「月見里先輩は甲子園出場こそないけど、同学年の選手からは認められてるからな」如月「あぁ、俺が二年の時の朝里の大会だろ？」虹川「良く覚えてるな」如月「暁がけちょんけちょんに打たれたから印象に残ってた」虹川「そのチームに月見里先輩と瀬沼先輩っていうのが入っててね」連夜「あぁ、思い出した。あのチーム出身ってほとんどプロ入りしたよな？」八代「あの大会はドラフト後にやるからねぇ。結構、指名予定の選手も参加するから意外と盛り上がるんだよね」神木「聞いたことあるけど、皆参加経験あるの？」連夜「帝王はそういや参加してなかったな」八代「あれ、でも白鳥とか参加してなかった？」神木「えぇ、あの人たちは引退してたんで監督も許可出したみたいだけど」八代「なーる」鞘師「ま、話はそれぐらいにして守りますよ」連夜「おっとそうだな」カァンッ
一回の裏、先頭バッターの白山にヒットを浴びる。
シュタタタッ
コツッ
連夜「あっちゅーまにピンチになったな」藤浜「いくらなんでも盗塁に対して無警戒過ぎだろ」光星とまったく同じ展開で一死三塁というチャンスを作ると……
カキーンッ
佐々木「（パシッ）」三番佐渡山にきっちり外野まで運ばれ犠牲フライ。 まったく同じ展開で一点を取られた。
藤浜「飛んだポジションと言いまったく一緒だな」連夜「ってことは次はセカンドのファインプレーか」神木「いや、おかしいだろ」如月「神木、普通に捌くなよ。ファインプレーだからな」神木「いや、無茶言うたんな」ピシュッ
ピキィンッ！
連夜「神木！」如月「飛べぇッ！」バシッ！
神木「マジかい……」頭上を超えそうな打球をジャンプ一番掴んだセカンド神木。 ファインプレーでこのイニング、同点どまりでしのいだ。
虹川「ま、こういうこともあるよな」連夜「何が起こるか分からない、それが野球だよ」神木「………………」カッキーンッ！
ベンチ全員「…………え？」突如聞こえた快音にみな、呆然とする。 二回の表、光星大学の先頭バッター五番上戸の打球は綺麗な放物線を描いてスタンドへ。
上戸「わーはっはっは！ どうだ！？」連夜「つーことは次、俺ＨＲ打たれるわけ？」八代「水野だからな。可能性あるかも」
上戸「あの〜？ 称賛の言葉はないの？」連夜「冗談です。ナイスバッティング」虹川「つーか、もうピッチャー代わるみたいだぞ？」如月「早っ……」慶倫大学、ピッチャー神山から右腕エース猪倉に交代。
神山「見切り早い！」谷「十分すぎるわ。ここまで五人全員に芯くらってるくせに」猪倉「お前は二年ぐらいかけて一人前になればいいよ」神山「くそー……んじゃ後は頼んます」猪倉「はいはい」代わった猪倉の前に後続をあっさり断たれる。
神木「もう少しないんかな」佐々木「向こうのピッチャーの特徴すら出てないしね」虹川「俺、まだヒット打ってないんだけど……」連夜「愚痴ってねぇで早く守備についてくれ」二回の裏、慶倫は五番水野から。一発もある好打者のため、十分同じ結果になりうる。
カッキーンッ！
虹川「………………」連夜「いや、ちょっと詰まってたろ？」連夜の読み通り、打球は徐々に失速を始めた。 滞空時間が長かったため、俊足の八代が悠々落下点に入り捕球。
虹川「ふぅ……とりあえず、嫌な流れは断ち切ったな」連夜「まぁな」如月「あ、漣」連夜「ん？」如月「……いいや、何でもない」連夜「んだよ……」一死ランナーなし、ここで打席には六番池上が入る。
神木「（あれ、この人……確か赤槻の……？）」如月「（池上先輩は左投手打ちの天才。言っても言わなくても一緒だろ）」ピキィーンッ
如月の予感通り、池上に左中間を破られツーベース。
如月「（やっぱりね）」神木「（あの顔、絶対分かってたな）」虹川は連夜に慣れてきたが、神木もまた如月に慣れてきた。 良くも悪くもＷレンは似たような思考の部分があるようだ。
ガキッ
真野「ギャッ」カ〜ンッ
谷「くっ……」しかし後続の打ち損じにも助けられ、無失点で切り抜ける。
池上「よっ、久しぶりだな」如月「どうも、ご無沙汰してます」池上「何で光星にいったんだ？」如月「なんででしょうね、プロになれなくても潰しがききそうだからって理由ですけど……
まぁ意外と退屈してませんよ」池上「そっか」赤槻高校出身の二人、ベンチへ戻る際に軽く言葉を交わす。 そしてその光景を見ていたバッテリーが難癖をつけた。
連夜＆虹川「知り合いかよ！」如月「あぁ、高校の先輩」神木「……………」連夜「お前、だったら少しぐらい情報教えろよ」如月「いや、左投手打つのが凄く天才的なのよ」虹川「しかも重要な情報を……」如月「でも漣程度の投手に言っても変わらんかなって」連夜「そうかも知れないけど、そう思われてるのがなんか嫌だな」如月「あぁ、悪かった」神木「………………」…………*
その後、エース級のピッチャーに代わったため、光星大学の打線はヒットやフォアボールは出るものの後一本が出ない。 対する慶倫は四回、発田のツーベースを皮切りに四球を挟んで池上の二打席連続ツーベースで逆転。 更にその池上を送り、谷のスクイズで更に一点を追加した。
虹川「四対二か……一気に逆転されたな」連夜「ふぅ……ポカポカ打たれるのはやっぱ気分良くねぇな」八代「とにかく点を取ろう。ランナーに出ろよ」虹川「はい」五回の表、光星は八番の虹川からの打順。
猪倉「（シュッ）」ガキッ
虹川「くっ」左バッターの虹川、インコーススライダーを引っ掛けセカンドゴロ。 月見里が落ち着いて捌いてワンアウト。
虹川「そりゃあ、このメンツで言えば俺も大したことねぇけどよ」月見里「足だけの男がキャッチャーとは似合わないな」虹川「ほっといてください」続く漣も初球を引っ掛けセカンドゴロでツーアウト。 チャンスを作れず二死で一番の八代までまわってきた。
猪倉「ふぅ」八代「よ〜し、二死からでも点はとれることを見せてやる」猪倉「（確かにこいつを出すと一気にピンチだな）」ズバァンッ！
打たせて捕りにいった八・九番とは打って変わって三振を奪いにきた猪倉。 ストレートとチェンジアップの緩急で的を絞らせず……
ズバァンッ！
八代「あ――ッ！？」八代のバットは空を切った。
猪倉「良いリードするな、谷」谷「ありがとうございます」八代「くぅ……俺にも打たせてとるピッチングをしてくれればな」連夜「ドンマイです」虹川「守ればいいことですわ」佐々木「（元々、お前らがあっさりアウトになったせいで……）」神木「（八代さんが生かせなかったんだけどな）」しかし腐っても高校時代は名の知れた選手だった連夜。 投手じゃないとはいえ連夜にも意地があり、その裏の攻撃を三者凡退に抑える。
連夜「狙い通りいくと面白いもんだな」如月「まぁ投手はコントロールさえあれば、意外となんとかなっちゃう部分もあるしな」藤浜「それだけとは一概には言えないけどな」如月「えぇ。高校の時のエースもボールのノビやキレで勝負するタイプでコントロールはからっきしでしたし」虹川「暁が聞いてたら怒るぞ」如月「福岡にいるやつには何言っても聞こえないって」虹川「そういう問題じゃ……」鞘師「それより如月からです。出てくださいね」如月「へーい」六回の表、二点を追う光星大学は二番如月からの好打順。
如月「（初球からかましてやるかな）」猪倉「しっ！」ズバァンッ！
如月「おっと……」一打席目、セカンドへの進塁打だったが粘りに粘った打席だった。 如月は二番に良く入るため自慢のバットコントロールで佐々木同様粘るのを得意としている。
如月「（う〜む……もしかして池上先輩かな？）」しかし佐々木と違う点は裏をかくのが好きな如月は粘った次の打席、人が変わったように 初球から打ちにいったりすることだ。 とにかく相手の投手にとって嫌なことをするのをプレー上の生きがいとしている。
猪倉「しっ！」如月「こーなったら」キィンッ
カァンッ
初球攻撃が失敗したなら粘り続ければいいと言わんばかりにカットを続ける。 守備においても打撃においても身体能力って点では周りの選手より劣っている……
シュッ
如月「もーらい！」キィーンッ
猪倉「くっ！」そんな如月が自分自身、何が出来るかを模索し見つけた答え。 それが今の如月のプレースタイルだった。
藤浜「高卒のプロ選手は木製バットに代わって苦労してるって良く聞くけど難なく打ったな」鞘師「金属でもきちんと芯で打ってる選手にとっては一緒なんですよ」藤浜「そんなもんなんかな……」鞘師「チャンス、広げてくださいね」藤浜「あぁ」無死一塁、打席には三番の藤浜が入る。 ここでキャッチャーがタイムをとりマウンドに行く。
猪倉「ここで藤浜か……一年中心とはいえ嫌な打線を組むな」
谷「すいません、同世代の選手は多少、データがありますが上となると……」猪倉「好打者って感じだな。好きにリードしろよ。俺は結構お前のこと買ってるし」谷「あ、ありがとうございます」キャッチャーが守備位置に戻り、手早くサインを出す。 それに一回で頷き、セットポジションから投じる。
藤浜「くのっ！」キィンッ！
チェンジアップに体勢崩されながらミートする。
真野「ていやっ！」バシッ！
しかしショート真野がダイビングキャッチ。 弾道が低かったこともあり、如月が飛びださず様子を見ていたため一塁帰塁。
藤浜「良く捕ったな……」如月「あれぐらいやらなきゃショート失格」藤浜「お前と一緒にすんなよ」ランナーを進められず、一死一塁となりバッターは四番鞘師。
谷「（鞘師か……どう抑えるかな……）」猪倉「（谷が迷ってる……良いバッターのようだな……四番だもんな、当たり前か）」鞘師「………………」谷「（でも一打席目、会心だったようにみえるが鞘師ならヒットにしてる……木のバットが多少影響してるかも）」ここで谷はストレートを選択。 猪倉の球威ならいけると判断した。
シュッ！
ギィンッ！
鞘師「むっ……！」このストレートに鞘師はミート出来ず、打球はファールグラウンドへ。 打ちにいってミート出来なかった鞘師を見るのはこの間の上級生との試合を通じて初めてだった。
谷「うおぉっ！」鞘師「――！」バシッ！
そしてその打球をキャッチャー谷が滑り込んで捕球。 大ファインプレーにさすがに鞘師も目を見開いた。
猪倉「谷、セカンッ！」谷「えっ！？」ズシャアアッ
如月「ランナーいるんですよ」誰もが谷のファインプレーに気を取られている間に如月が二塁を落としいれる。 しかしこの如月の走塁に光星の一部の選手が違和感を持ち、一部は気付いていた。
連夜「……俺さ、見てなかったんだけど如月のやつ、ちょっとおかしくね？」佐々木「ん〜……確かにちょっとセカンドに着くの早かったな」神木「完全に早かったぞ。タッチアップじゃないな」連夜「見てたのか？」神木「あぁ」虹川「だとどうなんの？」神木「向こうが上戸さんに第一球投じる前に一塁に投げられアピールされたらアウト。逆に第一球投げたら進塁が成立する」虹川「またギャンブル的なことを……」しかし慶倫バッテリーはおろか誰一人気づかず、上戸に第一球が投じられた。 それほど谷のファインプレーは大きいプレーだった。誰もがそっちに注目するほど……
ズバァンッ！
如月「よ〜し！」真野「何が？」如月「いや〜一塁に投げられたらどうしようかと思ってね」真野「は？」如月「だってタッチアップしてねぇもん」
真野「何ィィッ！？」ちょっとした如月と真野の会話だったがそれは投手の猪倉に聞こえていた。
猪倉「（タッチアップしてなかったって……誰も気づいてなかったのかよ）」無駄な進塁を許しピンチとなってしまったことに少なからず動揺を見せる。 高校時代より緩急に弱かった上戸の弱点をつきながら、コントロールが定まらず歩かせてしまう。
コツッ
谷「なっ！？」隙を突く野球、それは強いチームでプレイし、相手が同等の力であればより重要になってくる。 高校野球では強豪に位置する帝王出身の神木ならではのプレーがそこにあった。
虹川「ここでセーフティするかねぇ」連夜「あいつもまた表舞台には立てなかった男だからな」虹川「あん？」連夜「スターチームには必然的に目立つ選手ってもんがいる。高校野球において帝王は少なからずスターチームさ。
昨年だって世代筆頭の高杉を始め、五人もの選手をプロに排出してるしな」虹川「ふむ」連夜「神木もそんな帝王のレギュラー選手だった。でも高杉らに埋もれ、陰で活躍する選手となった」虹川「………………」連夜「でも野球はチームプレー競技。いくら高杉を九人揃えても試合には勝てない。野球ってそういう風に出来てるんだよ」虹川「神木は……あえてその道を進んでるのか？」連夜「さぁな。だけど色々な経験をして神木も分かってるんじゃないかな。そして如月も佐々木も……」バシッ
審判『ボール、フォア！』
猪倉「くっ……」佐々木「よし！」如月「いい働きするね」七番佐々木は粘ってフォアボールを勝ち取る。満塁のため押し出しとなり、三塁ランナー如月が生還。
連夜「虹川」虹川「ん？」連夜「お前は表舞台に立てる選手だ。だけど同時に裏に徹することができる選手でもある」虹川「……買いかぶり過ぎだろ」連夜「頼むぜ」虹川「……あぁ」三対四、一点差を追う光星は二死ながら満塁のチャンスを作った。 打席には八番虹川が入った。
猪倉「しっ！」
虹川「らぁっ！」ガキンッ！
当たりは決して良くはないが打球は弾みピッチャーの頭上を越え、二塁ベース上を通りセンター前へ。 外野は前進守備だったため二塁ランナー神木は三塁に止まったが、三塁ランナー生還し同点に追いつく。
虹川「（グッ！）」連夜「……ふふっ」一塁ベース上の虹川が拳を連夜に向かって突き出す。 その得意げの表情につい笑みがこぼれた。
ズバァンッ！
猪倉「おしっ！」連夜「チッ」続く連夜は三振に倒れるもこの回、同点に追いついた。
連夜「あぁもう！ ここまで自分のバッティングが出来ないと歯がゆいな」八代「ドンマイドンマイ。次は俺からだから点とってやるよ！」連夜「お願いしますね」六回の裏、慶倫の攻撃は四番発田からの打順。 五番水野にヒットを浴びるも六番左キラーの池上をショート如月のファインプレーなどで併殺打に打ち取る。
池上「やってくれるな……！」如月「お互い様ー！」一方、光星の攻撃も七回よりマウンドに上がった左のエース大内の前に八代・如月・藤浜と左三人が抑えられる。 そして……
バァンッ！
審判『ボール、フォア！』
連夜「くっ……」先頭の真野を打ち取るも続く谷にフォアボールを与えてしまう。 続くピッチャーの大内は送りバントで二死二塁、更に一番白山にもフォアボールで塁に出してしまう。
虹川「タイム」ここでたまらず虹川がタイムを取りマウンドへ。 それに合わせて内野もマウンドへ集まってくる。
連夜「ん、何よ？」虹川「何よ、じゃねぇよ。明らかに肩が下がってきてるぞ」連夜「まぁ……キツくなるころだしな」虹川「無理に抑えようとするな。最初からお前が抑えれるとは思ってないから」連夜「だからそれも癪に障るって」如月「一端の投手でもねぇお前が変にプライドなんて持つな。余計なもん背負って自分が辛いだけだぞ」連夜「あーあ、似たようなこと言われたことある身としては成長してねぇようで嫌だな」鞘師「点ならいくらでもとるんで、とりあえず歩かせるのだけやめてくださいね」神木「鞘師の言う通り、フォアボールじゃ俺ら何にも出来ないからな」藤浜「だ、そうだ。言葉だけでもこんなに頼りになる内野陣はいないぞ」連夜「……ふふっ。じゃあお言葉に甘えますかね」一人ずつ連夜の体を軽く叩いて各ポジションに戻っていく。 そして数少ないサインが虹川から出て連夜はゆっくりと頷く。
連夜「（月見里の兄貴か……選手タイプは似てるって言ってたけど……）」そこまで考えてミットを構える虹川の姿が目に入った。
連夜「（月見里の兄貴については虹川の方が詳しいし、何よりリードとか
そんなんで打ち取れる投手じゃねーよな）」ついさっき、集まって言われたことをすぐに思い出した。 テキト―ながら、やっぱりどっかで負けず嫌いな面も持ってる連夜。 高校時代、とある同級生に言われたことがある。
連夜「（中途半端なプライド持つと痛い目あうか……）」その同級生もまた陰で連夜たちを支える役目を自ら担っていた。 本来なら表舞台で十分輝ける素質を持ちながら……
キィーンッ！
谷「よし！」虹川「ドンマイドンマイ。次で打ち取るぞ」連夜は野球を始めて以来、ほぼ自分のセンスに頼って野球をしていた。 つまり連夜はプレーヤーとして中途半端だったかもしれない。 だからプライドもどこかハッキリとしない……自ら声に出していえるほど頑固たるものではなかった。
カキーンッ！
神木「たぁっ！」バシッ！
この大学に入る前、連夜は初めて自分の限界を知り、その限界を越えようと努力した。 プレーヤーとしては前より落ちていようと、体の限界が近づいていようと 前の自分には出来なかった一歩を踏み出せたことに、連夜は今高揚感を抱いていた。
連夜「神木、ナイス」神木「…………あぁ」月見里にタイムリーを打たれながらも佐渡山の打球をセカンド神木が好守を見せスリーアウト。 四対五と一点勝ち越されるも、決して慶倫に流れが傾いたわけではなかった。
パッキーンッ！！！
大内「な……！？」鞘師「……これが私の仕事ですから」そして八回の表、先頭の鞘師が逆に流れを大きく傾ける一発をライトスタンドへ叩きこむ。 すぐさま同点に追いついた。
虹川「すげぇ……」佐々木「同期とは思えないな」神木「そういう選手は何人も見てきてはいるけどな……」ベンチが驚愕しているなか、鞘師がベースを周り戻ってきた。
鞘師「最低限の仕事はできましたね」如月「今のが最低限じゃ俺らの仕事ねーじゃん」連夜「マスコミがつけた高杉世代最高バッターはダテじゃないか？」鞘師「やめてくださいよ。私より良いバッターはたくさんいますよ」虹川「（なんかこの喋り方も聞き慣れてきたな……）」流れが傾いた光星だったが五番上戸が凡退に倒れるも六番神木が……
キィンッ！
真野「おしっ！」シュッ！
真野「あぁ――ッ！？」ショート真野の悪送球で出塁する。 続く佐々木は送りバントを決め二死二塁とし次のバッターにかける。
虹川「お前な……」佐々木「今日は振れてるみたいだしな。頼むわ」虹川「あんまり左は得意じゃねーんだけどな……」ビシュッ！
ズバァンッ！
ククッ
キィンッ
虹川「くっ……」谷「（タイミングはあってない。一気に攻めましょう）」大内「（了解）」二球で早くも追い込まれてしまう。
シュッ！
虹川「おっと！」追い込まれているため高めの釣り球に手を出しそうになる。 ここは大内の投球がやや高すぎたこともあり、見極めはなんとか出来たが……
虹川「（このままじゃみすみす打ち取られる……ぐらいならいっそ！）」シュルシュルシュル
ここで低めに伝家の宝刀であるカーブが来る。
虹川「てりゃ！」カツッ
二死ツーストライクからのセーフティバント。 一度、神木に決められているとはいえこの状況では慶倫バッテリーも無警戒。 三塁線に上手く転がした。
大内「このっ！」シュッ！
虹川「このぉぉっ！」ズシャアアァッ！
一塁審『セーフッ！ セーフッ！』
虹川の足……そして意地が勝り内野安打となる。 ここで慶倫側がタイムを取り、マウンド上に集まっている。
連夜「（サッ）」虹川「（マジか……）」その間に光星側もサインのやり取りを行った。 基本的に自主的に行動を行うがバントなど協力を伴う作戦の時のためにサインは決めてある。 そしてその主導は一応連夜となっているのだが……
如月「漣、なんのサイン出した？」藤浜「盗塁だったな」如月「盗塁？ ここで盗塁する必要性ありますか？」藤浜「ダブルスチールも警戒するだろうから一塁の成功率は高いかもしれないな」如月「でも二死ですし、虹川さえ刺せば終わりって点も否めませんよ」藤浜「そうだな……」鞘師「盗塁のサインは漣発信です。何か考えがあればいいのですが……」マウンド上に集まっていた慶倫の選手たちがタイムを解きポジションに散っていく。
大内「しっ！」シュッ！
バシッ
初球は様子を見て外角高めに外れる。 そしてキャッチャーが捕ったかというタイミングにスタートを切る。
ズダッ！
谷「なっ！」シュッ！
ダッ！
そして谷が二塁に投げ、投手がカット出来ないと判断すると神木がスタートを切る。
真野「（二塁間に合わないか……！）」谷の送球が悪いことも受け、ショート真野は二塁ベース上で待たずカットしホームへ。
ズシャアァッ！
谷「くっ……」しかしタッチより先に神木がホームへ滑り込んだ。 虹川、神木の機動力で勝ち越しの一点が光星に入った。
連夜「相変わらず速いスライディングだな」神木「唯一の武器だな。これだけは自信を持ってるよ」連夜「それ以外でも自信持っても良いと思うけどな」パチンッ
更に虹川が二塁へ進んだため得点のチャンスだったが連夜が凡退し光星の攻撃を終えた。
六対五と勝ち越し、イニングは八回の裏へ。
パッキーンッ！
連夜「あ〜……」四番発田からの打順、初球を打たれ右中間方向への大飛球。 打たれた瞬間は呆然としたがセンターの動きを見て、すぐに思い返した。
シュタタタッ！
八代「てりゃあっ！」パシッ
センター八代、驚異的な守備範囲を見せ大飛球を捕球する。
連夜「ふぅ……」どんなに良い当たりでも野球はこういうことがある。
シュッ！
カキーンッ
もちろんきっちり打たれる時もあるが。
虹川「（池上さんか……どうするかな……）」連夜「（いっそ歩かせるか？ 如月も左投手の池上は危険だって言ってるし）」虹川「（真野は今日良いところなしか……そうだな、歩かせるか）」虹川は立ちはしなかったが明らかに歩かせていると分かるボール球四つを投じる。 これで一死二塁一塁、慶倫は七番真野が右バッターボックスに入る。
真野「むっ……なめられてる」虹川「なめてはいない。池上さんを警戒しただけだ」真野「俺だって一年から期待され、オリックスに入団する男！ このままじゃ終わらん」虹川「（なんでオリックス……？）」ククッ
真野「なっ！？」虹川「（ここまでの打席、スライダーは投げてない）」連夜「もうバットは止まらねーだろ」真野「なめんなっ！」キィーンッ！
連夜「ギャッ！？」体勢を崩されながら、バットコントロールで上手く当て打球はしぶとく一・二塁間を抜けていく。 それを見て二塁ランナー水野は三塁を蹴ってホームへ。
上戸「いかせんわっ！」ビシュッ！！！
バシッ
ドガッ！！！
虹川「（バッ）」主審『アウトォッ！』
ホームクロスプレー、キャッチャー初めて一週間程度の男が懸命にブロックした。 すかさず主審にアピールし、アウトのコールが鳴り響いた。
虹川「さ、あとワンアウト」シュッ
連夜「虹川……」パシッ
上戸の好返球、そして虹川のブロックで一点を阻止した。 このプレーは他の選手にも伝わるものがあった。
キィンッ
藤浜「はっ！」バシッ！
八番谷の三遊間への打球、サード藤浜が横っ飛で捕球。 すぐに立って一塁へ。
シュッ
藤浜「あっ！？」ガッ
ビシッ
鞘師「………………」送球がショートバウンドになり、一塁未経験の鞘師が捌けず弾いてしまう。 その間にサードランナー池上が生還。六対六の同点に追いつかれる。
藤浜「悪い」連夜「普通ならアウトでした。ナイスプレー」鞘師「それは遠まわしに私を責めてますね？」虹川「いや想定範囲内だから大丈夫」鞘師「それはどうも」如月「次の回にまわしてやるし、取り返せば？」鞘師「そうさせてもらいますよ」同点に追いつかれながらも後続を断ち、九回の表の攻撃に移る。
八代「大内か〜！ 嫌いだなー！」大内「面と向かって嫌いっていうな」八代「まぁいい、後輩のために絶対打ったる！」この回は一番八代からの好打順。
大内「（シュッ！）」カツンッ
谷「セーフティ！」大内「くっ！」一塁線へドラッグバントを仕掛ける八代。ピッチャー大内のグラブをすり抜け投手・一塁手・二塁手の真ん中へ。 一塁の発田が捕球するもベースカバーより先に八代が駆け抜けた。
八代「自分のセンスが怖いくらいだぜ」大内「ここでドラッグバントかよ……」八代「はっはっは！ 水野が思いっきり突っ込んできたから一塁線へ変えたらミスって打球が死ななかっただけだ」大内「ミスかよ！」八代「いや、ドラッグバントを狙ったんだ！」大内「嘘つけ！」谷「………………」俊足の八代が出塁し得点のチャンス。 二番如月は送りバント。イニングも終盤のため盗塁はせず確実に送った。
キィンッ
月見里「よっ」そして藤浜はセカンドへのゴロ。きっちり最低限の仕事を果たし二死三塁。
鞘師「流石に一流どころが集まるだけありますね」虹川「でもさ、敬遠とかされないかな？」鞘師「練習試合でそこまでしますか？」連夜「ん〜……なんだったら敬遠されたボール打ったら？」鞘師「嫌ですよ」連夜「ばっさり否定されたな」虹川「そりゃそうだろ」勝ち越しのチャンスに四番鞘師。 その初球！
ズバァンッ
鞘師「……無用な心配でしたね」外角低めいっぱいにストレートが決まった。 外したボールと入れたボール、たまたまストライクが入ったかどうかなんて打席に立てば分かること。 このバッテリーは勝負に来ていた。
大内「（去年の甲子園見てたけど、実際みるといい構えするな。雰囲気が出てる）」谷「（次はこれを）」大内「（了解）」シュッ！
キィンッ
タイミングが合わず大きく三塁線へ逸れていった。
鞘師「（左腕が遅れて出てきますね……）」谷「（振り遅れてる、いけるな）」しゅるしゅるしゅる
鞘師「――！」真ん中から曲がり落ちる大内のカーブ。 振り遅れたため自然とストレート待ちになっていた鞘師の体勢が崩れる。
カァァンッ！
大内「なっ！」しかし並みのバッターではない鞘師。 高校生ですでに完成されていると評されたバットコントロールがカーブを逃さなかった。
八代「相手に嫌味なヘッドスライディング！」ズシャアァッ
谷「………………」三塁ランナー八代がゆっくり帰って来れるとこ自慢の快速を飛ばしてヘッドスライディングで生還。 九回の表、大きな一点が光星大学に入った。
連夜「ほんとすげー男だな」佐々木「雰囲気つーか、打席に入ったときの頼りになる感じは桜星や矢吹みたいだな」連夜「高校で言うとシュウや姿か？ やっぱプロになるやつってレベルが違うんだな」佐々木「お前もそっち側の人間だろ」連夜「俺はどっちかというと輝くよりは輝かせる方が好きなんだよね」佐々木「なんのこっちゃ」連夜「さ〜て後、一イニングだしバシッと抑えるか」九回の裏、慶倫もまた一番白山からの好打順。
コツッ
連夜「ゲッ……」八代と似たようにバントヒットを決め出塁を許してしまう。
如月「初回みたいなのはいらないからな」連夜「分かってるよ」しかし同じにはならず、更に白山に盗塁を許してしまう。
神木「もっとダメじゃねーか」連夜「ふぅ……追いつかれてもシャレにならんか」いざというとき、一応連夜がより本気を出すときのサインを決めていた。 そのサインを見た虹川は難色を示しつつ、意図をくみ取り軽く頷いた。
コツッ
虹川「ひとつ、確実に」連夜「あいよ！」一点を取りにきた慶倫、二番月見里の送りバントが決まり一死三塁。
連夜「間に合ったんじゃないか？」虹川「ギャンブルに走るよりは一つずつだ。何より本気出すんだろ？」連夜「……ＯＫ、初めて期待された感があっていいな」慶倫はクリーンナップ、三番佐渡山、四番発田と続く好打順。 しかしその前にレフトアロー、漣連夜が牙を剥いた。
ビシュッ！
佐渡山「――ッ！？」主審『ストライクッ！』
左バッターの佐渡山、内角膝元にストレートが決まる。 プレートの端から少しでも角度をつけて投げようとした連夜の工夫。
佐渡山「（なんだ球威が……）」連夜「（騙し騙しだが……二人にぐらい通用しろよ）」シュッ！
佐渡山「くのっ！」ガシャン
ストレートにタイミングが合い、バックネットへのファール。
虹川「（大丈夫。ファールになったということは球威が勝ってること）」連夜「（不思議なもんだな）」自分がキャッチャーの時はまさに虹川が言っているようなことを言っていた。 しかしいざ自分が投げたら、どっちかというとタイミングが合ってる方が気になる。 究極はやはり、その立場になってみなければ分からないものだ。
シュッ！
クククッ
佐渡山「す、スライ……」バシッ！
虹川「振った！（バッ）」外角低めへのスライダーにバットが止まらずハーフスイング。 虹川がアピールするも必要がなく、主審がスイングをとった。
虹川「おし、あと一人！」連夜「ふぅ……」佐渡山「発田先輩、球威やキレ、何もかも格段に上がってます」発田「ここまで力を隠してたってことか。なめやがって」二死ながら三塁にランナーを置き、四番発田との対決。
虹川「（スライダーの使いどころが重要だな）」連夜「（そうだな）」シュッ！
発田「はぁっ！」パッキーンッ！
連夜「――ッ！」虹川「初球のストレートを！？」佐渡山から情報を受けていたとはいえ、格段にレベルが上がったストレートを振り遅れず左中間への大飛球。 しかし打たれた時は驚いたバッテリーもホームランにはならないと判断すると一息ついた。 この試合でもいかんなく発揮している光星一の俊足が守っている方に飛んだからだ。
八代「オーライ！」パシッ！
八代が落下点へ一直線に走り悠々捕球。 この瞬間、ゲームセット。七対六で光星大学が勝利をおさめた。
連夜「ふぅ……最初からこれかよ……」虹川「ナイスピッチング」藤浜「次の試合は昼過ぎ、恐らく一時頃からだろ。少しでも休んでおけよ」連夜「分かりました」鞘師「……誰か代わりを見つけた方がいいかもしれませんよ」連夜「なんだよ、いきなり俺が信用できないってか？」鞘師「いえ、いくらなんでも肩に良くないでしょう。特にあなたは本職じゃない。危険度が高いです」如月「ま、とりあえず今日はどうしようもないんだ。明日考えようぜ」連夜「そうだな」虹川「………………」左右のエースピッチャーを揃える慶倫に乱打戦で制した連夜たち。 最初から大きく消耗する展開に皆、同様の思いだったが虹川はより一層、不安になっていた……
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