虹川と美穂子の出会いは高校の時だった。
虹川「だぁぁっ! 先輩、ストップストップ!」
瀬沼「は? 何を言ってるんだ?」
今の状況は瀬沼と虹川が自転車で二人乗りをしているところだ。
もちろん瀬沼がハンドルを持っている。
虹川「カーブ! カーブ! 曲がれない!!!」
瀬沼「ふっふっふ……俺のドライビングテクを舐めるなよ?」
虹川「絶対無理だって! ガードレール凹んでるじゃないですか!」
瀬沼は野球部の先輩であり、先輩の命令は絶対ってことで乗せられている。
ちなみにガードレールが凹んでるというのは過去に瀬沼が突っ込んだところだ。
瀬沼「必殺! 急転キックターン!」
虹川「うわわわわっ!?」
キキィッ!
瀬沼「てりゃ!」
ガンッ!
瀬沼「どーだ!」
虹川「先輩! 前! まえ!! マエェェェッ!!!」
瀬沼「え?」
ガシャァンッ!
瀬沼の計算通り、ガードレールを思いっきり蹴ってカーブを直角に曲がることが出来た。
しかし曲がってすぐ目の前に車が来て正面衝突してしまった。
瀬沼「痛たたた……生きてるか?」
虹川「何とか……」
運転手「君たち、大丈夫か!?」
瀬沼「ウィッス。恐らく打撲程度じゃないかと」
運転手「まったく……ここは事故が多いんだから気をつけろよ」
瀬沼「すんません」
虹川「だから言ったじゃないですか……」
美穂子「あの……一体どうしたんですか?」
運転手「あ、美穂子様、外に出てはいけません」
瀬沼「…………うわっ!? リムジン!? 痛ぇっ!」
虹川「何一人でやってんですか」
瀬沼「修理代どんくらいに……」
運転手「修理代はいい。これからは気をつけるように」
瀬沼「ありがとうございます」
美穂子「あの……これから病院行くんですし、ケガしてるなら乗せてってはどうです?」
運転手「し、しかし……」
美穂子「あたしの命令ですよ?」
運転手「し、失礼しました!」
美穂子「では行きましょうか」
瀬沼&虹川「………………」
美穂子「どうしたんですか?」
瀬沼「えっとこんな汚い恰好でリムジンに乗るなんて……」
美穂子「遠慮しなくていいですよ」
瀬沼「でもケガも大したことないんで……」
虹川「早くしないと監督怒ってますよ。赤槻との試合なんですから」
瀬沼「そうだね。ということで俺たちは大丈夫なんで」
美穂子「試合? 試合ってなんですか?」
虹川「あ、野球をやってるんですよ」
美穂子「やきゅう……?」
運転手「美穂子様、早くいかないと……」
美穂子「あなたたち、乗って。その行きたいところまで乗せていきます」
虹川「え?」
運転手「美穂子様!?」
美穂子「だってこの人たち面白いんですもの。色々と話を聞きたいなって」
運転手「……分かりました。君たち、ちょっと待っててな」
瀬沼「何かとんでもないことになったな」
虹川「そうですね……」
これが虹川と美穂子の初対面の出来事。
この後、再会するに辺り関係がより深いものになっていくのだった……
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三章『鐘を鳴らすべく……』
試合初日は慶倫、帝王とのダブルヘッダーに勝利をした光星の一年軍。
そして休みなしで今日もまたダブルヘッダーがあるのだが、連夜が虹川に呼ばれ大学前に来ていた。
連夜「ったく試合だっつーのに……」
集合場所は光星のグラウンドでやるため、現地集合となっている。
時間にルーズな連夜は自身の回復も兼ねてギリギリまで寝ていようと思っているところに
虹川から来たメールに起こされ、しぶしぶやってきた。
皆河「おぉ、頼んだ通り来るとは感心感心」
連夜「……皆河……何でお前が?」
皆河「虹川には俺が頼んだからだよ」
連夜「つまり用があるのはお前ってことか」
皆河「そういうこと。つっても鴻池や虹川も来るけどな。ひとまず俺から単刀直入に話があるんだ」
連夜「手短に頼むな。これから試合あることだし」
皆河「その試合のことだよ」
連夜「え?」
皆河「もう止めとけ。お前の肩、どうなっても知らねぇぞ」
連夜「虹川も言ってたけどな、俺は何ともねぇんだけど」
皆河「その投法つーか漠然と投げ方の方がいいか。それ、綾瀬から習ったろ?」
連夜「――!?」
皆河「元々は大地さんが綾瀬に教えたやつだ。投手として体が出来てないお前がその投げ方で投げても故障するだけだ」
連夜「ふ〜ん……知ってたんか」
肩のことに関して一貫して誤魔化してきた連夜が初めて肯定した瞬間だった。
そしてタイミング良く、虹川や鴻池が姿を現した。
虹川「漣、お前やっぱり……」
連夜「よぉ」
皆河「お前、“力”がなくなったから野球も出来なくなったと思ってるのか?」
連夜「思ってねぇよ」
皆河「は?」
連夜「力がなくなって出来なくなったのは主に投球面だ。ま、全然支障がないわけじゃないけど」
鴻池「……思ったより自分のこと分かってるじゃないか」
連夜「分かってるよ。だからお前らに心配されることじゃないの」
虹川「なぁ、今から故障しないようにする方法はあるのか?」
鴻池「肩の炎症は始まってるだろうから、今は体を休めてこれ以上のピッチングをしないぐらいだろうな」
皆河「もう止めとけ。お前が望むなら俺がこの後の試合、投げてやる」
虹川「え?」
連夜「ふざけんな。今更、力を貸してくれるってか?」
皆河「お前がそこまで無理するとは思わなかった。それだけだ」
連夜「お断りだ。これは俺と監督との勝負だ」
虹川「漣……」
連夜「それにお前ら、必ず肩が壊れるような方向で話を進めるな」
鴻池「……何で朝森大地は野球を辞めたと思う?」
連夜「知るか」
虹川「朝森大地って……」
連夜「ほら、知らんやつもいるんだ。余計なこと言うな」
鴻池「知らない? 漣朔夜もそうだが、世間的にちょっと野球をかじれば聞いたことある名だぞ?」
連夜「……虹川、知ってるのか?」
虹川「朝森大地って言ったら帝王で春・夏通じて五連覇を達成した時のエース投手だろ?」
連夜「へぇ、ほんと有名な人なんだな」
皆河「少しでも野球やってんなら知ってて当然だろ」
連夜「高校で活躍して辞めた人がそこまで有名かね」
鴻池「(ちょっと歴史というか遡れば普通に分かるけどな)」
連夜「で、どうしたって?」
鴻池「元である大地さんでさえ、高校時代にピークを迎え故障したってことだよ。中途半端に取得し投手としては半端もんの
お前が続けたら……誰だって察しつくだろ」
皆河「それにな、監督がなぜこのような野球部の現状を作ってるか、というのはただ単に監督の問題じゃないんだ」
連夜「知ってるよ」
皆河「――!?」
連夜「全部じゃねーけど大体な」
鴻池「理解できないな……だったら何でこんなこと続ける?」
連夜「解決法がまだ見つからないからだよ。ならせめて監督の意識だけでも変えなきゃいけない」
皆河「……そんなに黒瀬とやらの約束が大事か?」
連夜「大事だよ」
皆河「……分かった。これ以上は何も言わない」
鴻池「せいぜい頑張りな」
皆河と鴻池は説得に諦め、二人の前から去っていった。
連夜はようやく終わったと言わんばかりに一息ついていたが虹川は頭上に?マークが浮いていた。
連夜「さてと、俺らも球場行くか」
虹川「ちょっと待った」
連夜「ん?」
虹川「さっき監督のこと言ってたけど何なんだ?」
連夜「あぁ……まぁ、お前ならいいか。監督は朝里に借金があり、言いなりになってるようなんだ」
虹川「……え?」
連夜「朝里は知ってるよな?」
虹川「あぁ……あんなデカい会社、知らんやついないだろ。毎日のようにニュースで名前出てる感じすらするのに」
連夜「あーそうなんだ。ニュースは見ないもんでね」
虹川「お前な……」
連夜「この光星大学も朝里の管轄の大学だからな」
虹川「知ってるよ」
連夜「……あれ、結構有名なの?」
虹川「いや、有名かは知らんけど入学する際に説明あるぜ?」
連夜「ふ〜ん」
虹川「(ふ〜んって……)で……何で監督が朝里に?」
連夜「そこなんだよね。理由はまぁ興味本位なんだけど、金額が分かればそっち対処すれば済む問題だろ」
虹川「つまり、借金を肩代わりすれば朝里の言うことをきかずに済む。そうすれば野球部も変わるってこと?」
連夜「要約してしまえばそんな感じかな」
虹川「それは結構難儀な話だな」
連夜「そうなんだよね。だからちょっと無理してでも監督との賭けは何とかしなきゃいけないし」
虹川「……金の方は出来たら俺も動いてみる」
連夜「え?」
虹川「その代わり、野球で無茶は止めてくれ。体に危機を感じたらすぐ降りろ」
連夜「いや金の方って……」
虹川「ツテが一応あるんだ。聞いてみるよ。内容や金額の方は任せられるのか?」
連夜「あぁ、そっちは専門のやつがいる」
虹川「分かった。協力はする、だから俺との約束も守れ」
連夜「……ま、分かったよ。極力頑張ります」
虹川「頑張んなっつーの」
連夜「守れるように頑張ります」
…………*
前日同様、光星のグラウンドで行われる試合。
球場に入ってすぐ、上戸と会った。
上戸「おはよーさん」
連夜「どうも。他の皆は?」
上戸「グラウンドでストレッチとかしてるよ。後は着替えてたり、まちまちかな」
連夜「まぁ、試合までまだ時間ありますからね」
虹川「違うだろ。ミーティングするために藤浜さんが早い時間に設定したんだろ」
連夜「あ、そうなの?」
虹川「そうなのじゃねぇ……」
上戸「それじゃ皆、呼んできた方がいいかな?」
虹川「そうですね。お願いします」
上戸「オッケー」
タッタッタ
連夜「んじゃ、俺らは?」
虹川「ユニフォームにさっさと着替えるぞ」
連夜「……やっぱ私服じゃダメ?」
虹川「ったりまえだろ!」
ゆったりと動く連夜を虹川が急かし、手早く着替える。
そしてミーティング室に行くと、もう皆揃っていた。
虹川「すいません」
藤浜「気にするな」
連夜「それで今日はどことなんですか?」
藤浜「芯逢と宣秀だな」
如月「実力的にどうすか?」
八代「芯逢は慶倫と同等、宣秀は帝王と同等かな?」
藤浜「慶倫の方は今の戦力的には上で、宣秀はどうだろうな。メンツにもよるが宣秀の方が良いかもしれないな」
虹川「宣秀って新人戦勝ってませんでした?」
藤浜「そうそう」
八代「投打に安定感があるのは帝王だけど、爆発力があるのは宣秀だからな」
如月「ってことは対宣秀が山場か」
佐々木「どっちが最初か聞いてます?」
藤浜「芯逢だって」
佐々木「午後ですか……」
神木「確かに最初の方が全力出しやすいもんな」
連夜「な〜に、関係あんの俺だけっしょ? 皆は普段通りで結構ですよ」
神木「分かってるわ」
虹川「つーか、このミーティングも結構俺らのためだったりするしな」
連夜「ん? 野手だって投手のデータが必要だろ?」
虹川「そうだけど……」
如月「まぁ、お前らのための援護だしな。結局はお前らのためだ」
連夜「なーるほど。そういう見方もあんのね」
虹川「………………」
上戸「芯逢っつったら国定や山里がいった大学だな」
佐々木「山里さん、野球続けてんですか?」
上戸「見たいだよ。国定が説得したらしいし」
佐々木「へぇ、久々に会いたいな」
上戸「きっと来るでしょ」
連夜「国定さん相手ならうちは左が多いしやりやすいかもね」
藤浜「対照的に宣秀には須山がいるからな。左が多いうちは辛いかもな」
連夜「須山って……聞いたことあるね」
上戸「高校の時、やったな。高校名忘れたけどお前の弟いたじゃん」
連夜「あー! そうだそうだ」
八代「新人戦で戦ったけど、シュートが厄介なんだよね」
佐々木「更にスラーブも投げるしな。苦労しそうだな」
連夜「んじゃ、宣秀に力を蓄えるべく芯逢戦はゆら〜りといきますか」
佐々木「ゆら〜りね……」
ミーティングを終えそれぞれ準備をした後、グラウンドへ。
対戦相手の芯逢の到着が少し遅れているということで軽くアップを始めてる。
シュッ
連夜「ふぅ」
虹川「肩重くないか?」
連夜「ん〜昨日よりは若干な」
シュッ
連夜「――!?」
虹川「漣!?」
投げた瞬間、肩を抑える連夜に慌てて詰め寄る。
声が大きかったため、他の選手やスタンド観戦の部員も自然と視線がそっちへ向いた。
連夜「バカッ、声がでけぇよ」
虹川「いや、肩大丈夫なのか?」
連夜「ちょっと痛みが走っただけだ。気にすんな」
虹川「気にするなってお前……」
連夜「大丈夫だ。投げなきゃいけないんだからな」
虹川「……約束忘れてないよな?」
連夜「忘れちゃいないが、大丈夫だ」
虹川「……絶対無理はするなよ」
連夜「了解」
早くも肩に不安が出てきた連夜……
そんな連夜を見て、虹川は過去を思い出していた。
そしてその想いは虹川がキャッチャーとして大きく成長する一歩となるのだった。
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